第11話
「名前はなんて言うの?」
湿地帯から助け出し連れて歩きながら千代は尋ねた
「孝明・・・遠野孝明(トオノタカアキ)と言います」
そう答えた男性に彼女は人差し指を顎に当て考えると
「どんな字!? あなたの名前ってどんな字なの?」
千代の質問に彼は右手の手のひらに左手で1字ずつ丁寧に書いて教えた。
「そうかぁ・・・やっぱりそうなんだ!」
嬉しそうな声で意味も無くはしゃぐ千代に彼は何のことかもわからず呆気にとられて見ている。
「孔明(コウメイ)よ! あなたは今日から孔明と名乗って私を助けてくれない!?」
彼にしてみればこの世界に迷い込み目覚めてみたら数名の屈強そうな男たちに囲まれハイテンションな若い女性から勝手に名前を決められ手伝ってと言われたのだ!
この世界のことを何も知らない彼にとって何のことか?
意味がわからないのは当然であった。
「あのぅ・・・手伝うって僕が何を手伝うんですか?」
たった今、孔明と名付けられた男性が千代に尋ねると
「我が主君の頼みをお前は利けないと言うのか!?」
すぐ隣りにいた張飛が顔を突きだし不機嫌そうな顔をしながら訊いて来た。
ここに居る全員が千代の為なら喜んで命を投げ出す者ばかりである!
張飛の言葉に応じるかの如く全員が詰め寄らんとする。
千代は尚も凄む張飛の頬っぺたを右手で押しやると
「私もこことは違う世界から来たの、この世界は無慈悲で凶悪な奴らに支配され多くの人々が苦しんでるわ!」
そこで彼女は歩みを止め彼に向き直ると
「あなたがどれほどの者かはまだ私も知らない、だけどこれが運命だとするならきっとあなたは私の大きな力になってくれると思って信じたの! だから・・・」
きっと彼女自身がギリギリの所で踏ん張り続けながらここまで来たのだろう?
最後まで言葉が続かず涙ぐんでしまった。
「わかりました! 実戦の経験は有りませんが戦い方の知識だけなら多少は心得も有ります、それにもと居た世界ではどうせ終わってしまってた命です!」
彼は直立不動の姿勢をとると敬礼し
「役に立てるかわかりませんがこれからはあなたの力になりましょう!」
彼の力強い言葉に全員が歓声を上げた。
部下の服を借りて着替えた彼を伴い、行軍を続けた千代たちは日も暮れて来たのを見計らって適当な場所を探し野営の準備に入った。
守るに適し逃げるに適した場所を探し夜を明かすのがこの世界に於いて最も重要なことである!
この世界には昆虫と言うか虫らしきモノは何もいないので野営するには危険さえクリア出来ればさして苦になるようなことは無かった。
見張りを置き一同は固まって夜を過ごす
千代はクラリスを傍らに孔明に対しこれまでの経緯や敵との戦い、今後の予定などを話して聞かせた。
「よくこれまで生き残って来れましたね!?」
「普通の女子高生がこんな危ない世界で仲間を率いて一軍の大将となり、ここまで戦って来たのは奇跡としか言いようがないほどのことです!」
「敵が多数、居るのなら何か強力な兵器を作る必要が有りますね・・・考えてみましょう」
千代の話を一通り聴いた彼はそう言った。
「ところでどうせ終わってしまってた命とは一体、どんな意味で言ったのですか?」
彼女はずっと気になっていたことを彼に訊いてみた。
クラリスは2日間に渡る行軍で疲れてしまったのか千代にもたれながらウトウトしている・・・
千代は笑い顔を浮かべながら自分の懐に抱き寄せた。
その光景を見ながら優しく微笑んだ彼は
「僕がここに来る前に居た世界では地球という星に人類が住んでいるのですが今朝、巨大隕石が地球に接近していて衝突するという情報が流れて世界中が大騒ぎになっ
てしまったんです!」
遠い過去を思い出しているかのような口調で話す。
「その隕石は地球にぶつかってしまうんですか!?」
彼の話を聴いた千代は驚きながら呟くように訊いた
「僕がここに来たのは衝突すると知ってすぐのことですが衝突まで1年ぐらいしか無くて突然、現れたようなことをニュース番組でやってました・・・」
「巨大な隕石というより惑星のように巨大なモノで間違いなく人類滅亡どころか地球そのものが砕け散ってしまうそうです」
彼にも家族はきっと居るだろう?
暗い表情で話す彼の言葉に千代も家族を思い出して何だかとても悲しくなってしまった。
「地球と言ったけど私もその星の日本って国に住んでいたんだけどあなたが居た時代って西暦で言うと何年?」
遠い未来には地球も消滅しちゃうのかと思いながら千代は彼に訊いてみた。
「千代さんも僕と同じ国に住んでいたんですね?」
「僕がその国に存在していたのは2×××の×月×日ですよ」
ここに来て長く暮らして来た千代は現代から来たばかりの彼にとってどんな姿に見えたのかはわからないが意外そうな顔を見せた後にそう答えた。
「エェーッ!!!」
千代が出した大声に全員が何事かと即座に起き上がり戦闘態勢に入ると彼女を取り囲み守ろうと身構えた!
先程まで千代に抱かれて眠っていたはずのクラリスまで細い剣を抜き出し恐ろしいほどの眼差しで周囲を警戒しながら彼女の前に立っている。
何も話さず声を掛けることもなく千代を守るというだけの徹底した防御姿勢であった・・・
その素早い動きに孔明は驚いて呆気にとられた。
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