第8話

「一体、どうしたと言うのだ黄忠殿!?」

千代が傷の具合を確かめながら声を掛けると

「申し訳ありませぬ・・・多くの者を死なせてしまいした・・・」

彼は意気消沈しながら答える。


どうやら足に深い傷を負ってしまったらしく歩けなくなり、ここに自分を置いて行くように命じたようだ!

もとから人々に慕われている黄忠を命令されたとて従うはずもなくここで問答を繰り返していたのだろう。


力なく笑ったのは責任感の強さから多くの人命を失ったことに対する詫びの言葉がみつからなかったのだ・・・

この状況で誰が全員を無事に逃がすことが出来よう?

千代は黄忠に肩を貸し立ち上がらせようとするが動けなくなった自分が足手まといになるのを恥じて立ち上がろうとはしない。


罠を全て取り払ってしまったのか?

周囲には敵の歓声が上がり始め段々と近付いて来るのが感じられる!

これ以上、ここに留まるのは危険なのだが歩けない彼を担いで走るにも本人の協力が無ければ上手く行かない。


困った千代は張飛に助言を求めるべく周囲を見回すが彼の姿がどこにも無かった・・・

この大事な時にどこに行ったのかと気を揉んでいると何やら担いで張飛が走って来た!

「一体、どこに居たのだ!? 心配したぞ」

頼るにはとてつもなく大きい最強の男である、彼が居ないと千代は本当に泣いてしまうだろう。


「有り合わせの木を拾い集めて大急ぎで作って来たんだが座り心地は期待しない方がいいぞ」

張飛は黄忠に背負ってる物を見せながら笑った。


何のことか意味がわからず呆気にとられる黄忠に

「背中に縛り付けてりゃ弓ぐらいは引けるだろう!? 俺が背負って行くから背後の敵は任せるぞ!」

そう言いながら有無を言わさず部下に黄忠を縛り付けるように催促する。


「黄忠殿、矢はたくさん持ったか? 俺の周りは不思議となぜか敵が多いんでな」

背中に担いだ黄忠にそう声を掛けた張飛に

「張飛殿、済まぬ・・・精一杯、活躍させて頂く!」

感極まった声で張飛に礼を言った。


周囲の木々が騒がしく小刻みに揺れている

敵はすぐそこまで来ているしこの様子から考えて相当な人数であることは間違いない!

「全力で駆けよ! 一気に走り抜けて橋を渡ります」

千代の命令で全員が森の出口を目指して走り始めた!

まさに命懸けの全力疾走である。


後方と左右から敵軍の威嚇するような声が森全体に響き渡る、特に左側は距離も近く数も多い!

木々が密集しているので矢は放って来ないのか、飛んで来ないが追い付かれてしまえば戦闘を繰り広げる間にも一気に囲まれてしまうだろう!?


やがて予想通り左から敵の姿が見えた!

黄忠を背負った張飛が槍を薙ぎ払いながら次々に倒してくれるが続々と敵の姿が増して来る。


他の仲間も応戦しながら進む為に当然、走っていると言うより歩いている状態に成りつつあった・・・

一体、味方は何人ぐらい残っているのか?

次々と繰り広げられる消耗戦で随分と少なくなったことは確かだが、驚くことに千代の周囲に敵は現れない!

味方全員が彼女を守る為に盾となり戦っているのは明白で巨大な敵に戦いを挑むことを宣言した自分が結局は皆に助けられながら逃げている。


そんな事実が・・・現実が・・・千代を苦しめた!

「強くなりたい! 1人でも多くの仲間を救う為、笑顔で平和な暮らしが出来るように・・・強くなりたい!」

彼女は悔しさに溢れ出す涙を拭きもせず、懸命に森の出口を目指して進んだ。


ここで自分が死んではならないのだ!

信じる者の為に命を捨てて戦ってくれた者たちの為にも生き残り、軍を再編し強くなり彼らが自分と同じ夢に描いた世界を作り上げなければならない・・・

目の前の光景が明るく広がり正面の橋が見えて来た。


無事にとは言えないまでも森を抜けたのだ

だがそこに見えたのは正面の橋だけでは無かった!?

左側には無数の軍勢・・・数万の敵軍が待っていた!

躊躇する間もなく馬に飛び乗ると走り出す。


大地を揺るがす咆哮とともに敵軍が動き出した

間に合わない・・・辿り着けはしないとわかっていた!

しかし、ここで諦めても結果は同じである・・・

ならば奇跡を信じて進むしかないのだ。


遅れて森を出て来た敵も右側と後方から追って来た

川向うにはすでに渡り終えた仲間たちが岩陰のあちこちに身を隠しながら待っているのが見える!

「なぁに、心配いらねぇ! 俺たちが千代殿をあの橋の向こう側へと送り届けてみせます」張飛が走りながら隣に馬を寄せて来ると千代に言った!


「我が主君に近づく敵はこの弓で必ず射抜きますぞ」

背中でくくりつけられた黄忠がそう言って笑った。


きっと彼らは私の為に死ぬつもりに違いない・・・

敵はもう、すぐそこまで押し寄せているのだからここで覚悟を決めても不思議では無かった!

実際、千代も頭の中は無意識に死を考えていたのだ。


その時・・・!

「ジャーン! ジャーン! ジャーン!」

激しい銅鑼の音が響き渡り、少し小高くなった丘の上から真っ赤な装束に身を包んだ軍勢が次々と姿を現しながら迫る敵軍の横っ腹に突っ込んで来た。


あの装束をつい近頃、見たことがある!

「あれは趙雲の軍勢じゃないのか?」

張飛の驚いたような口ぶりに背中の黄忠が尋ねる

「趙雲!? それは一体、どこから現れたんじゃ・・・?」

2人の問答を聴きながら千代の顔はあまりの嬉しさゆえクシャクシャに歪みながら

「趙雲よ! 彼が私たちを助けに来てくれたのよ」

2人に向かって叫ぶように言った。

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