第5話
張飛を伴った私は城門に向かい手を上げた
城壁の上では黄忠が心配そうな顔で祈るように手を振り返してくれた。
城壁の上から見ると目指すべき城はそれほど遠く感じなかったのだが、こうしていざ大地を踏みしめてみると城は遥か彼方に霞んで見えていた。
何より千代を不安な気持ちにさせたのは城壁という身を守るべき物がここには無いということだった!
そんな彼女の不安を知っているかのように
「なぁーに俺がそばに居るし連れて来たのは城内の精鋭ばかりだから少数でも心配するこたぁないですよ」
馬を傍らに寄せた張飛が陽気に笑い掛ける。
総勢約100名・・・これが我らの限界である
城内に残る者は老人や子供を除いて戦える者を合わせて300人余り、城壁もやや老朽化し守るには心許ないが黄忠ならば何とかしてくれるだろう。
「よし! じゃあ出発します!」
千代の掛け声に呼応し全員が馬に跨り目標の城を目指して進軍を始めた。
「ところで主殿、後ろに乗っけてるクラリスは何の為に連れて来たんですかい?」
張飛の問い掛けに千代の後ろに乗ったクラリスは舌を出して彼に反撃するが千代には見えない。
「城外に連れ出すのは確かに危険だけど向こうの城に着いて戦う意思が無いことを示すにはクラリスが居た方が伝わり易いし、彼女は頭がいいから指揮に迷った時はきっと的確な助言をしてくれるわ」
そう言った千代にやや仏頂面をした張飛に続けて言う。
「張飛がそばに居てくれるから私もクラリスも大丈夫だと思うんだけど力になってくれる?」
千代にすれば素直に頼んだつもりだったのだがまじまじとみつめられた張飛は照れ臭そうに大笑いすると
「わかりました! 主君の頼みならばこの張飛が命に代えても2人をお守り致します」
そう言うと列の先頭に馬を走らせて行った。
「千代・・・ごめんね」
背中に顔を押し当て申し訳なさそうに言ったクラリスに
「いいのよ、誰だって1人ぼっちになるのは怖いわ」
そう言いながらクラリスの右ひざを優しく叩く。
千代には大切な家族や仲間を失った経験は無いが彼女はそんな経験を何度も繰り返して来たのだ・・・
まだ幼いと言えば幼いこの年齢でいくつもの悲しみを積み重ねて来た彼女が千代を失うことを怖れる気持ちは嬉しくも有り憐れでも有る。
この決死の行軍を始めるまでに千代は猛烈に訓練を重ね、身を守る術を張飛や黄忠から学んだ!
彼女を悲しませない為に、皆んなを守る為に、千代は決して死んではならない・・・
戦いは行軍を始めたこの瞬間に始まったばかりなのだ。
少数で目立たぬように進軍している為か幸いにも敵軍に遭遇することも無く、1日目の行程を終えたが肝心なのは夜間の宿営である!
何も身を隠す物が無い、この原野で動きを止め休息するには余りにも危険過ぎる。
千代は土を周囲に盛り上げ雑草でカモフラージュさせるとその中に固まって休息させた
攻撃するのではなく身を守る為ならば固まって置いた方が反撃するのにも動きが速い!
敵に囲まれた場合、1ヵ所を全員で突き破り目的の城へとひたすら向かうことを全員に伝えてある。
この人数ではいくら精鋭とは言っても張角が構えるあのとてつもなく巨大な城から繰り出される軍勢を相手に戦っても生き残れる可能性は無いに等しい
しかもどんな魔術を使っているのかはわからないが敵にはあの恐ろしい巨人まで居るのだ!
騎馬ならばやや動きが鈍い巨人からは逃げ切れるだろうと考え全員が馬に乗って来た。
固まりの中で馬が時々落とす糞尿には閉口したが命懸けであるこの状況でそんなことに構ってられない!
東の空が白み始めた頃、全員で盛り上げた土を元に戻し平たくすると再び移動を開始する。
土を元に戻したのは身を隠す術を敵に知られたく無かったからだ・・・これで終わりではないのだ!
やがて城壁から見た目指す城が近くなって来た
ここまで何事も無く来れたのは奇跡に近いのだが接近するごとに城壁の上に立つ人数が増えて来る!
もしかしてこちらを警戒しているのではないかと思った瞬間、法螺貝を吹く音と高らかな鐘の音が響き渡り城門が徐々に開き、鮮やかな鎧をつけた男が白馬に跨りながらこちらに向かって来た。
「張角の軍勢がそこまで来ている! 早く城内に入らないとここは危険です」
近づきながら大声で叫ぶ男の声に後方を振り返った千代は砂塵を上げながら迫る軍勢と自分の城から舞い上がる狼煙が同時に見えた。
すぐ傍らまで走り寄った騎馬武者に千代は言った
「ご厚意、感謝します!」
「でも私は城に残して来た仲間を助けに参ります・・・この娘を宜しく頼みます」
下馬した千代はクラリスを彼の前に押しやる。
「今から行っても無駄になるどころか貴女の命も危ないのですよ!?」
「無謀な真似はやめた方がいい」
そう言いながら千代の腕を掴んだ男の手を微笑みながら押し退けた彼女は彼に言った
「無理かどうかはやってみなくちゃわからない!」
「たとえ無謀だとわかっていても私は仲間を見捨てたりは決してしません・・・宜しくお願い致します」
馬に乗った千代はクラリスに笑顔でVサインをした。
「そこの貴方はなぜ彼女を止めないのですか!?」
もどかしそうに張飛に問い掛ける彼に
「我が主君の向かう場所がたとえ地獄で有ろうとも俺はどこまでもついて行き守り抜く! そうであろう?」
豪快に笑った張飛は彼に尋ねた。
「お主、名を何と申す?」
「僕は趙雲(チョウウン)です・・・貴方のお名前は?」
聞き返した彼に張飛は槍を地面に突き刺すと
「俺の名は張飛! 趙雲殿だな・・・覚えて置こう!」
突き刺した槍を引き抜くと踵を返し
「運よく命が有ればまた会おう! 我が主君はここに必ず生かして帰すゆえ頼んで置くぞ」
そう言うと先に走り出した千代を追って行った。
「何という気持ちの良い豪傑だ・・・」
そう呟きながら見送る趙雲にクラリスは
「とっても強い張飛だから千代を連れて必ず生きて帰って来るよ・・・」
目に涙を浮かべながら祈るように言った。
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