タンポポの種をオシリ型に改良してみた(KAC20204)

つとむュー

タンポポの種をオシリ型に改良したのは博士です

「つ、ついに完成したぞ、薫クン!」


 歓喜あふれる表情で、博士が実験室を飛び出して来ました。

 手にしているのは、小さな植木鉢。

 植えられている葉っぱの上には、なにやら白いふわふわが付いてます。


「それって、タンポポ……ですか?」

「そうじゃよ、しかも新種の」

 

 この一か月間、何をやっているのかと思いきや。

 実験室に籠りっぱなしで、そんなものを作っていたとは!?

 思わず博士を殴りたくなってしまいました。


「そんなに恐い顔をせんでもええ。このタンポポは、すごい発明なんじゃ!」


 私はその一輪のタンポポに顔を近づけます。

 ギザギザの緑の葉から上に伸びた一本の茎の上の、ふわふわの白い綿帽子。

 どう見ても、普通のタンポポと変わりありません。


「このタンポポのどこがすごいんですか?」

 私が質問すると、博士は大きなルーペを取り出しました。

「種をよく見たまえ。形と色が全然違うじゃろ?」


 博士からルーペを受け取ると、種の部分を拡大して見てみます。

 その形は、ピンク色で、丸みを帯びていて、どこかで見たことがあるような……。


 こ、これは!?

 そうです。それは子供の頃、昔話の絵本で見たモモタロウの――


「桃型ですね?」

「オシリ型じゃ!」


 二人の声が重なったその時、窓から入り込んだ春の風が私の髪を揺らしました。

 私たちはすっかり忘れていたのです。

 タンポポの種は風で拡散することを。



 ◇



「大変じゃ、薫くん!」


 博士が慌てて研究所を飛び出します。

 私も後を追いかけました。


「あれはまだ開発途中なんじゃ。特許申請もしておらん」

 そう言いながら、地面に這いつくばる博士。

 タンポポの種を探しながら時折こちらに顔を向け、助けを求めるのです。


 ええっ、私も探すんですか?

 あんなにちっぽけなタンポポの種を!?

 そもそもオシリ型の種なんて、一体何の役に立つのでしょう。

 本当に特許が取れるとは、私には思えないのです。


「おじいさん、何かお探しですか?」

 呆然と立ち尽くす私の後ろから、通りがかりの女子高生三人組が博士に声を掛けます。

「タンポポの種を探しておるんじゃ。春を感じたくての」


 何を言っているのでしょう。このじいさんは。

 春の陽気で、すっかり頭がおかしくなってしまったようです。だって、オシリ型なんですから。

 しかしすっかり騙された女子高生たちは、地面にしゃがみこみ、博士の手助けを始めました。


「タンポポの種、タンポポの種……」


 地面に這いつくばる博士と女子高生。

 まるでコンタクトレンズを探しているような光景です。

 私も仕方なく、しゃがみこんで地面に目を向けたその時――


「うわっ、このタンポポの種、ピンクで超可愛い!」


 えっ、可愛いって?

 オシリ型なのに?

 百歩譲って、ピンク色の美しさだけは認めてあげますが。


 女子高生はスマホを取り出し、種の拡大写真を撮っています。

 まさかこのことが、これから大事件に発展するとは。

 その時の私は、これっぽっちも思っていませんでした。


 ――ハート型の可愛いタンポポの種。


 ネットに掲載されたその写真は、瞬く間に世界中に拡散しました。



 ◇



「全くけしからん! ハート型じゃなくて、オシリ型と言っとるじゃろ!」

 

 ぶつぶつ言いながらも、博士は世界中にタンポポの種を配送しています。

 ネットの力は、こんなに大きいとは思いませんでした。

 研究所は予想外の特需で、私も大忙しです。

 博士が改良したタンポポの種は、こうして世界中に広まっていったのです。


 ある日、テレビカメラがやって来ます。

 頑固な博士は、全世界生中継を条件に取材を受けました。

 そして持論を展開し始めます。


「どうしてハート型の種を開発しようと考えられたのですか?」

「あれはハート型じゃない。オシリ型と言っとるじゃろ?」


 本当に頑固じじいです。

 しかしその後のインタビューで驚きの真実が明かされるとは、私も思っていませんでした。


「どちらも同じじゃないですか? 上下が逆さまになっただけで」

「じゃあ、逆に訊くが、ハート型に無くて、オシリ型にあるものってなんじゃと思う?」

 考え込むキャスター。私にも分かりません。


「それは、へーじゃ!」


「へー?」

 キャスターが首をかしげたその時でした。

 博士は彼女からマイクを奪い取り、世界中に号令を発したのです。

 

「へー! オシリ!!」


 ヤバいです、この呪文は。

 世界中のスマホが、いや実際は、オシリ型タンポポの種が反応しました。

 へーを拡散し始めたのです。プゥという可愛らしい音と供に。



 ◇



「博士が開発したへーには、ウイルスを不活性化する成分が含まれていたのです」

 

 ノーベル賞の授賞式で、博士は得意げな顔をしています。

 博士のおかげで、多くの命がウイルスから救われ、オリンピックも無事開催されました。

 ただ、あの臭いだけはなんとかして欲しいものです。

 くさやとドリアンとシュールストレミングを混ぜたようなあの臭いだけは……。

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タンポポの種をオシリ型に改良してみた(KAC20204) つとむュー @tsutomyu

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