Preparedness
スクラップが詰め合わされたスタークの左腕。まともに受け止めてしまえば破傷風待ったなしの拳撃を、マーキュリーは氷の盾で必死に防いでいた。
「守ってばかりとはなんと貧弱な! 先に旅立った配偶者の元へ逝かせてやる!」
ツーが挑発し、右の掌からエネルギー弾をほぼゼロ距離で発射する。左腕を防ぐ事で精一杯だったマーキュリーの胸部に直撃する、とスタークら三人は勝利を確信した。
「今だ!【D&ドロップ】!」
突然マーキュリーは右腕の盾を棒状へと変形させ、スタークの掌の発射口目掛けて突き出した。“受け止めた攻撃を蓄積させ、追尾性能のある氷を精製する”能力の【D&ドロップ】によって狙いは正確。ユニバースがヴィーナスの額にあった銃痕にロッドを突き刺したあの時の様に、ズブズブと滑り込むようにエネルギー弾ごと押し返した。
「な……!?」
完全に予想外だった様子を見せたスリーは慌て、身体を制御する事も忘れている。
「このまま内側から凍らせてやる」
殺意の篭った瞳はスターク達さえも恐怖を感じるほどだった。ぐっと力が入れられ、ほとんど密着しているのと同じほどの距離まで縮まる。右腕の機能は完全に失われ、エネルギー弾も内部で暴発しパーツが壊れる音が鳴った。
「お前を殺した後は……プルートだ!」
今度はマーキュリーが勝利を確信し言葉にも表す。が、しかしその時。スタークの腹部が崩壊し細い腕が飛び出す。茶色の錆が出来たその右腕はマーキュリーの腹部を貫き、鮮血が飛び散った。
「がぁっ……!?」
「あー?」
「君はいったい……!?」
マーキュリーだけでなくスターク達も驚いている。腕はそのままに腹部からもう一つの顔が這い出るように現れた。紫の髪も短く童顔で、外見だけで判断すると幼稚園児程度。
「う……やっと起きたよぉ」
目の前の人間に重症を負わせたというのにこのマイペース。するとスリーが勘づきハッと表情を変えた。
「まさか……『スターク』は僕達三人が素体として使用されましたが、あの時汚い人類に囲まれリンチされた後に爆発した人造人間も三人いた。彼らの死体も身体の所々に使われているはずです。つまり」
「あー? つまり?」
「彼らの意思が微弱ながら残っていて……今! やっと! 発現したという事だろう! この子供をフォーと名付け、ファイブとシックスにも期待してしまおう」
ツーは早口で笑いながら答えていたがマーキュリーの状況は笑い事ではない。貫いた右腕が出血をある程度防いでいるが、これが引き抜かれるとなると大量出血で死に至る。マーキュリーは覚悟を決め歯ぎしりを激しくした。
「クソっ……こうするしか、ない!」
全神経を両腕に集中させ、自らの腹部を貫通していた右腕を掴み一気に冷気を噴出。圧倒的なスピードで氷が生み出され、二人をみるみるウチに覆っていく。
「うわっなになに」
急いでフォーは右腕を引き抜こうとするが、既に氷は侵食しておりビクともしていない。目覚めて伸びをしただけなのにこんな事になるとはつゆ知らず、動揺は高まるばかり。
「でもよー、俺らはこんな程度じゃ凍るだけで死なねーよ」
「所詮この氷も、貴様が死んで力が弱まるとじきに溶けるだろう?」
馬鹿にする態度を笑いながら送るワンとツーだが、スリーの表情は固いまま。
「いえ……このままだと僕達はしばらく動けません。もし他の仲間が危険な状況に陥ってしまったら」
「ああそうだ……! 殺せなくても足止めくらいはしてやる……」
息継ぎの際に血も吐き限界が近づいているマーキュリー。自ら生み出した氷も絶対零度で、死へのカウントダウンが早まる要因だ。
「俺は死ぬけどな……俺の仲間がリベリオンズのうち一人でも倒したらイーブンだ。いや、あいつらなら二人以上はやってくれる……!」
願望にも似た宣言を、唾と共にスタークへと浴びせていた。涙も両眼から溢れ悲しみは抑えられていない。
「えぇ……やっとニンゲンを殺しまくれると思ったのに」
「フォーお前……なかなか過激じゃねーか」
「仲間の無事を祈って、しばしの眠りにつくとするか」
フォー、ワン、そしてツーはまるで他人事のように振る舞い笑みも浮かべている。しかしスリーだけはマーキュリーの顔を見つめた。
「……人類は汚いと思っていましたが、美しい一面もあるんですね。貴方が壊れる様も見たかったですよ。ありがとう、ございました」
既にマーキュリーの耳には届いていなかったが、スリーは歪んだ感謝の意を告げる。直後にマーキュリーの瞼が閉じられ、最後の一言が氷に当たり反響。
「ごめん……予定よりも早く、お前の元に────」
*
「あがっ……ぐぅ」
銃弾を受けた脇腹から血を垂れ流し、頭からも出血。マーズの意識は沈没寸前だった。
プルートに追い詰められたマーズはワープゲートを使い『ブレイズ』にまで後退し、自信の屋敷裏庭で壁にもたれかかっていた。
「くそっ……! こんなにも容易く負けるなんて……」
以前戦った時はプルートが『紫色』を使っていたから負けたと彼は推測していたが、プルートは『灰色』だけでも充分過ぎる戦闘能力を有していた。
「見つけた」
冷徹な発見報告と同時、二階の屋敷の窓を突き破ってプルートは飛び出した。小銃の射撃はマーズの左ふくらはぎを撃ち抜き、仰向けで無様に倒れてしまう。追撃は行わなずプルートは近づくのみ。右腕の補助パーツを小銃から剣へと変形させ、人工芝を切り取りながらゆっくりと歩いていた。
「……俺はまだ、コスモとの約束が!」
両手から火炎を噴出させようとしたが不発。マーズの命の灯火は消えかかっていたためだ。反撃すら不可能という状況に絶望し、歯を震えさせ怯えた様子すら見せている。
「…………」
すぐそばまで近づいたプルートは黙ったまま馬乗りの状態に。マーズの膝に尻を乗せ、覗き込むような体勢で二人は見つめ合った。続いてプルートはマーズの顎に手を添え、所謂『顎クイ』も行った。
「……殺さないのか?」
死を覚悟していたというのに、予想外の行動によってマーズの疑問は膨れ上がる。
「世界中の人類が君みたいな心優しい人間だったら……僕はこんな事しなかった。僕は好きだよ、君のこと」
するとプルートはマーズの右頬に優しくキスをした。驚いているマーズを後目にプルートは素早く離れタブレット端末を取り出している。
「彼がピンチらしい。僕はそこに行くからね」
振り向かずプルートは言った。
「……もし俺が人類を、俺みたいな人間ばかりにしたら。こんな事もうやめてくれるのか?」
「お任せするよ、ご想像に」
これも、振り向かずに。
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