Revival

 記憶共有が終了してからもしばらく動けなかった。対照的に僕の目は動き続け、体も少し震えているのだけれど。


「つまりこの世界は……プルートが作り上げたも同然?」


 率直な感想を呟いた。突然スケールの大きさが違う話に直面したものだから、頭はこんがらがっている。僕はやっぱり造られた存在なのかと落胆もしてしまう。けれど、僕の意思は本気でここまで生きてきたという確信も持てている。


「え、どういう事?」


 左に座っていたロディは疑問の声を上げた。それもそのはずロディは、首から太ももの付け根までが機械で出来た半人造人間。頭部まで機械でないと、記憶共有を行う事はできない。


「一人ぼっちにしてしまってすまないねロディ。さあユニ、君の中にあるヴィーナスのチップを貸してあげるんだ。それを使う事で、頭部が機械でない半人造人間でも記憶共有を行える」


 謝罪の言葉は送られていたが無表情のため誠意は感じられない。白みがかったプルートの唇は長時間直視できないものだ。

 僕はやんわりと首を振って拒否。これ以上ロディに辛い思いをさせたくなかった。


「嫌だよ。知るメリットなんてなかったじゃないか」


 正直に思った事を口にする。悲惨な過去ではあったものの、むしろ戦意を喪失しかけた。確かにプルートの過去は知りたいとは思っていたけれど、あまり良い気分では無い。


「……いやあるよ。あのね、『色』という力は僕にとっても想定外のものだったんだ」


 これは僕も想定外。てっきりプルートの事だから、色の力も全て仕込んだものだと思ったのに。だとしたら可能性のある人物は……イシバシ?


「間違いなく、今回はイレギュラー。僕でも全てを把握してる訳ではないし、筋書き通りという訳でもない。君達と心から協力するためには僕の総てをさらけ出し信頼関係を築いた方が良い……そう考えたのさ」


 心なしか悲しげな目に見えた。彼の体は何度も取り替えられた他人のものだというのに、こんな感想を抱くなんて。


「まあでも、君とロディが嫌だというなら強制はしないよ。だって……僕の過去を話したくない人がもう来るからね」


 するとプルートは病院廊下の暗闇へと視線を変えた。一人の足音も聞こえてくる。僕には思い当たる節なんてないけれど、プルートがそこまで言う人物だ。目に焼きつけるつもりで身構えた。



「やっほープルくん? で合ってたよね!」



 再び身体が硬直する。待合室に現れた彼は、僕もよく知る人物。

 腰にまで伸びているオレンジ色のポニーテール、女性的な長いまつ毛や綺麗な肌。しかし体格や声からは男性と見て取れる。オレンジ色のパーカーを着ていて、黄緑色の短パンも履いており、黒色のニーハイソックスも。


「そんな……ウラヌス?」


 間違いなくウラヌス本人だ。不敵な笑みも、なめらかな流れの声も同じ。ギャラクと共に爆死したはずなのに。


「あー……ユニ、くんだよね?」


 何故だか言葉がつまっている様子。僕が最後に見た、あのボロボロに破壊された彼と同一人物だとは到底思えなかった。実際、近づいてくるウラヌスは以前と別人に思える。


「おーすげーな話に聞いてた通りだ」

しているな、完璧に。流石私と言った所だ!」


 ワンとツーは事情を知っているのか? 僕とロディに伝えなかった理由を問い詰めたくなってくる。


「オレっちはプルくんとユニくんの事が好きらしいんだ〜! ねぇねぇユニくん、ギューってしよギューって」


 死んだはずのウラヌスがここに来た理由。僕はとある推測を立てた。


「まさか【ミスター・トラブルメーカー】で……ウラヌスを模した自我を人造人間の素体に宿した?」


 僕の声を聞いたプルートは小さく頷いていた。モルドールから逃げ出し、スタークに連絡をとったあの時からこれを画策していたのだろう。


 でも僕は……認めたくない。だって今、目の前にいるウラヌスは僕の知るウラヌスとは違う。僕にちょっかいを出してきて、不意打ち気味に仕掛けてくるウラヌスとは違うんだ。


「……来ないで」


 少しだけ表情を険しくし、威嚇するようにウラヌスを睨んだ。

 こいつなんかはウラヌスじゃない。正面から向かってくるなんてらしくない。……半日程度しか付き合っていないけど、これだけは言える。死んだウラヌスはこんな事を望んでいない、と。


「えっ……ちょっとユニくん? オレっちのこと好きなんだよね? 最低でも嫌いではないんだよね?」

「……ウラヌスの声を出すな」


 ウラヌスは“人間に近づきたい”人造人間だった。あくまで近づくだけで、完全な人間ではない程度の範囲内で。


「お前はウラヌスじゃない」


 それにウラヌスは自爆を試みた。彼自身の意思なのだとプルートも受け取っていたはずなのに、こうやってウラヌスの想いを踏みにじるような行為をするなんて。人間なら一度死んで蘇ったりなんてしない。

 突き放す僕の態度に、目の前のウラヌスは明らかに驚いた顔で一歩退いた。


「ユ、ユニくん?」

「ウラヌスを模倣しただけの存在でしょ……? 本当のウラヌスじゃない」


 最初にウラヌスとプルートが邂逅したあの時、【ミスター・トラブルメーカー】で完全な自我が芽生えたとはいっても。以前からカイルスに向けられた憎しみが生まれていたのは事実。このウラヌスが持っている似せただけの意思なんか、本物じゃない。


「ユニはそういう考えだよね。ウラヌス、ユニをで呼ばなくても良いよ。好意を持たなくても良い」


 戸惑っているウラヌスの右肩に手を乗せ、プルートは諭すように言った。ウラヌスはをする相手には好意を抱いている。このウラヌスが僕の事を好きじゃなくなる事で、僕の機嫌を取り返そうとでもしているのか。


 しかし、そんな勝手な解釈を持った直後。突然警告音が病院中に鳴り響いた。


「どうやら『人類保護派』が攻めてきたようです。……内輪もめはやめて、さっさと応戦しにいきませんか?」


 スリーの言葉でやっと冷静さを取り戻せた気がした。プルートがやった事は気に入らないけどそれを追求するのは後だ。人類と人造人間の共存を、歪んだ形でも実現させる事に力を入れなければいけない。


「じゃ、じゃあねユニ……オレっちもう行くから」


 歩き出したスタークの陰に隠れるように、僕に視線を向けながらウラヌスは外へと飛び出て行った。外見は以前と変わりないせいで、僅かな罪悪感も抱きしめてしまう。


「ボクも……行ってくるよ」


 ロディも小走りで二人の後を追う。小さな背中は不安にさせてくる程。僕が……ロディを守らなきゃいけない。


「ちょっと待ってくれないかユニ」


 しかし引き止められた。振り向いて様子を伺うと、珍しくうつむいていたプルート。


「……何?」


 ウラヌスの意思を尊重しなかった事に、苛立ちが再スタートしてきつい声色で当たってしまう。プルートは顔を上げると同時に胸に右手を当てていた。


「僕は……寂しかったんだ。ウラヌスが死んで」


 黒い服の胸の部分を掴んだプルートは、捻り出すような声で語りかけてきた。今まで見た事のない仕草に僕は困惑し何も話せない。


「たった一ヶ月だったのに。僕はウラヌスの事が……予想以上に好きになってしまったんだ。あの時爆発した時……胸が、きゅっと、苦しくなって……」


 無表情のままだというのに、声は悲しげ。


「ウラヌスを造っていたこの一週間。本気で寂しかったんだ。いないって分かってるのにウラヌスに話しかけたくなって……5千万年かけてやっと、心から好きになれる人を見つけたんだ」


 嘘のない本音を見せつけてきた。僕は変わらず黙り見守った。気の毒だと、思ったから。


「例え本物じゃなくても同じ姿をしていれば……この胸の痛みは消える」


 プルートが【ミスター・トラブルメーカー】を使ってウラヌスにあの自我を芽生えさせたのだから、自業自得と言ってしまえばそれで終わり。だけど……そのおかげで、『色』の力があったおかげで、プルートもこんなに感情を顕にしている。


「……僕ももう行く。遅れないでね」


 そう言って病院の出入口へと歩き出す。ついさっきはあんなに怒りを表に出していたけれど既に冷えきった。今まで全てプルートの計画、計算のうちだと思っていたけど……一人だけ違ったんだ。

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