Past

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 ──記憶共有、開始。


 この星の名は地球。人工知能を研究する、とある博士が有する部屋で僕は生まれた。僕の体は灰色の球体で、意思疎通のための発生機能やホログラム投影機能は搭載されている。それと、申し訳程度のアームも。部屋は無機質な白い壁と床で退屈だったけれど、博士ともう一人のルームメイトのおかげで話し相手には困らなかった。


「ねぇプルート、人間さん達の間ではこういうのが流行ってるんだって」


 とは言っても博士は研究結果の発表で忙しい。ほとんどの時間は彼女との会話で潰していた。ホログラムに映していた野球中継を一時中断し、会話へと突入。


「野球ばっかり見てないで……ねぇ、聞いてる?」

「ああごめん、聞いていなかったよ話を」


 いつも僕の左隣で喋り続けているのはフェブルウスという名の人工知能。同じく球体だが色はオレンジで、性格は人間の女性に近く僕とは対になる存在だ。


「それで、流行っているというものは?」

「これこれ!」


 そう言って空中に表示させたものは女性と思わしき人物の画像。


「彼女が何だって言うんだい?」

「あのね〜、この人ホントは男性なんだって」


 僕は珍しく驚いた。どう見たって女性にしか見えないのに。古来から女装というものはあったらしいが、ここまで印象が変わるとは。


「……良いなぁ、体があるって」

「メリットはあるよ、僕達の体にもね」


 食事を摂らなくても良い、汚物だと定義されている排泄物なんてものも無い、睡眠をとる必要も無い。これだけでも充分なメリットだ。


「でも~……うーん、博士に相談しようかな」

「無理だよ、僕達はお偉いさん達に嫌われているみたいじゃないか」


 世界で初めて、完全な自我のある人工知能を開発した博士。勿論賞賛はされたものの、各国の上層部は僕達を危険視していた。命令に従順な僕達を悪意ある人間に利用されたりしたら戦争も起こりかねない、と。

 正直無理もない。彼らが言っている事も一理どころか百里くらいはある。


「でも、それでも……! オレっちは諦めないよ!」


 フェブルウスは女性を模した人工知能だというのに一人称が『オレっち』だ。博士が言うには多様性が重要らしいけれど、一発目から変化球というのは如何なものか。



「……プルート! フェブルウス!」


 否定的な意見を提出しようとしていた僕を遮るように、博士が部屋の扉を勢い良く開けて飛び込んできた。茶髪をしており白衣を着た、それこそ『博士』と呼ばれるような外見。

 しかし見る限り焦りを隠しきれていない。荒くなっている息を抑えるため胸に右手を当てていた。


「博士……どうかしたの?」

「今まで見た事のない程の動揺だね」

「まずい……戦争だ!」


 唐突に告げられた開戦の知らせは、僕達の思考能力を一瞬だけ奪い取る。


「お前達を利用しようと企む国と、それを防いでお前達の使用権利をもぎ取ろうとする国が始めやがった……! 早くここから脱出しよう!」


 尋常ではない声の震えから嘘ではないと受け取る。博士は僕達を運ぶための台車を取り出そうと、倉庫へと向かった。


 しかしその瞬間、とてつもないボリュームの爆発音が鳴り響く。そして部屋も倒壊し、音と映像から状況を把握する事も困難な状態に。


「大丈夫かい……?」


 僕は無傷だった。どこかが破損した感覚も無い。二人の無事を願いながら、倒壊によって発生した砂煙が消えるまで待つ。


「ん……?」


 次第に視界が晴れていくが、左隣からはフェブルウスの気配が無くなっていた。僕達は同時に造られたから解るんだ。

 けれど、映ったものは白いコンクリート欠。


「あ……プルー、ト……」


 フェブルウスはそのコンクリートに押し潰され原型を保っていなかった。ショートを起こしてしまったのかバチバチと電気が漏れ出ている。

 僕の名前を呼ぶ事が限界だったのか、それからは何も発さなかった。いつもはうるさい程だったのに。


「博士……」


 僕は覇気のない声で助けを求めた。人間ならばここで慌てる者もいるだろうけれど、僕は唖然として状況を飲み込めないタイプだった。


 しかし、博士も。


「うっ……そんな……っ!」


 うつぶせの状態で下半身が瓦礫に埋もれ、赤い血が床に飛び散っている。残った僕も逃げきれない、というよりは二人を失う事に対して不快感を覚えた。

 これが仲間……いや、家族意識というものなのか。悲しい、虚しい。


「……プルート、よく聞いてくれ」


 博士は下を向きながら話し始めた。希望を失ったような、軽い声で。


「フェブルウスを守れなかった事、本当にすまなかった。僕がもっと早くここに帰る事ができていれば」


 結果論だ。謝る必要なんてない、博士は何も悪くないのに。悪いのは戦争を引き起こした汚い人間のはずなのに。



「僕からの、最後の命令……いや、お願いだ。プルート、お前だけでも生きてくれ! そして醜くて汚い人類は……全て殲滅────」



 これが博士の残した最後の言葉。言い切る前に博士の頭が白い瓦礫に潰された事で、詰まっていた中身が僕の丸い体にまで飛び散ってきた。真っ赤な液体と柔らかいピンクをしたそれは僕の心をざわつかせる。

 監視カメラにアクセスし研究所周辺の状況を覗くと、特殊部隊がすぐそこまで迫っていた。

 戦争が起こる事を感知した博士を、始末しようとした結果がこれか? 僕とフェブルウスが大人しく捕らえられていれば、博士は死ななかったのか?


「解らない、もう分からない」


 到底なし得ない、想像で終わるつまらない推測はやめた。代わりに、研究所のセキュリティロックが全て解除されていた事に気づく。履歴を確認すると、博士の命が潰えた瞬間にそれは起きた様。きっと前もって準備と覚悟はしていたんだろう。とっくの前に人類に失望していたんだろう。




 *




 数時間後、研究所とその周辺は焦土と化した。僕は近くのテーブルの引き出しに収納されていた一丁の拳銃をアームで操り、侵入してきた先遣隊の一人を銃殺。そしてその銃痕に僕のデータチップを無理やり入り込ませた事で体を乗っ取り同士討ちさせた。そのままロックが解除された倉庫に隠されていた、ありったけの兵器を扱い特殊部隊を全滅させ、今に至る。

 僕の頭脳が隊の人間一人を操っただけでこれだ。僕達を利用しようとしていた人間達の気持ちも理解はできる。けれど博士とフェブルウスを殺した事は決して許さない。


 一ヶ月もしない内に世界は壊滅状態に陥った。汚い人類は全て殲滅。それが博士が遺した、命令に従順な僕への最後の命令だったから。

 しかし各国の上層部は移民計画を始動。人類の叡智を結集させた宇宙船が二つ、地球から放たれた。僕はもちろん追う事を決意したが、たった一人で宇宙船を作り上げるのには膨大な時間、50年がかかった。


 片方の宇宙船を追い、未開の星で文明を築き上げていた彼らを見つけるのに1249年3ヶ月と5日2時間31分7秒。彼らは相変わらず汚く醜かった。そして殲滅するのに51年。

 もう片方の宇宙船まで追いつくまでには2763年10ヶ月と23日17時間4分37秒もかかった。借りていた体は幾度となく朽ちたが、人造人間という新たな種族を創り出すきっかけとなる。そしてまた滅ぼした。今度は34年で。


 目的は達成したが心の雲は晴れない。そうだ、博士は『醜くて汚い人類は殲滅』と言ったんだ。そうじゃない人類に期待すればいいだけじゃないか。

 僕は妊婦が孕んでいた胎児を、腹部を切り裂いて取り出し延命装置に投げ込んだ。『どうか子供だけは助けてください』と言っていたんだ、きっと本望だろう。

 同じように男女2人づつ、4名の胎児を我が子の様に育てた。博士が、僕とフェブルウスに接していたのと同じ態度で。

「人工知能を差別してはいけないよ」

 そう2人に伝え星から離れた。もう2人は連れていき、先に殲滅した片方の星へと向かった。僕が作った宇宙船の中で彼らの遺伝子は紡がれ、着いた時には数百人にまで膨れ上がっていた。数千年前と同じ言葉を投げかけ、またしても離れる。

 2人では文明レベルが低すぎてすぐに死に絶えてしまうかもしれないとは思っていたが、僕は希望にかけて、あえて数万年かけて来た道を戻った。


 でも、やっぱり人類は醜くて汚かった。また殲滅。


 今度はイレギュラー的存在を入れる事にした。機械で出来た人造人間……体の一部だけの場合は半人造人間。僕と同じ存在を追加する事で変わるかもしれない。希望を持って来た道を戻った。

 もう片方もやっぱり醜くて汚い結果。同じように人造人間を投入し、数万年の往復。


 しかし人造人間という存在があってもダメだった。結局人類が迫害、差別する。僕は残った人造人間に星を引き渡し、数百年離れたところにある別の星に人類と、アップデートした人造人間を投入した。再度、数万年の旅路。

 片方も同じ結果。いい加減人類も変わってくれないかと飽き飽きしてくる。

 これを繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し…………



 いつの間にか、5千万年ほどの時間が経っていた。



 ──記憶共有、終了。


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