EPISODE FINAL『放たれた一発の銃弾』
Comfort
真正面に映るのはひび割れたコンクリート。病院の待合室、カバーが破れた紺色のソファに僕は座っていた。右隣にある小さな机の上には、オレンジ色が綺麗なガーベラが飾ってある。
リベリオンズの結成から一週間ほどの時間が経過した。集まった人造人間は数百人に及んだが、プルートの話によると全コロニーの人造人間は合計で40万人はゆうに超えるはずだという。実際、敵対する彼らがコロニーへの道をある程度塞いでいた。現にここに来た彼らは船で遠回りをしてから来たと言っている。
「マーズ……」
モルドールでの決戦から一の日が経った時。プルートのタブレット端末には、マーズからのメッセージが送られてきたらしい。
『無関係な民間人達を巻き込んだお前の事は信用できない。俺は新しく人類保護派を設立した。必ずお前を止めてみせる』
というもの。伝えてきたプルートは歯は見せず、ニヤリと笑っていて不気味だったけど。
マーズ率いる『人類保護派』がワープゲート付近を警備している、とスタークが教えてくれた。生命の無いものに自我を与え、監視カメラ等を支配していた【ミスター・トラブルメーカー】は、プルートからスタークに移っても全て引き継がれた様だ。
スタークの姿を初めて目にした時は不気味だとは感じたけれど、新しい種族の一つなのだとプルートに丸め込まれた。しかし慣れてきた今でも、急に三つの顔がある頭部が目に入ると少し驚く。
「ねぇ、ユニ」
スターク達の顔を思い浮かべている最中に声をかけられたものだから驚いた。跳ねた体をごまかすように姿勢を変え、気配と声の方である背後へと視線を変える。
暗い廊下を背に立っていたのはロディ。廊下の照明はほぼ壊れており点滅を繰り返していた。
「そんなあざといポーズなんかして、どうしたの?」
改めて自分の体勢を確認すると、ソファの肩に両腕を乗せその上に頭を寝かせていた。どこかで見たような……確か、ガイオスさんの船に乗った時のウラヌスだったかな。
「うーんあの……いや、なんでもない」
無意識に彼の事を真似たのかもしれない。僕は、あんなに匂わすタイプにはなりたくないけど。
「ボクは用があるんだよね……ユニに」
下を向いたまま近づいてきた。そのまま僕の左隣に座り、今度は目を合わせる。相変わらず透明感のある、思わず見とれてしまいそうなほど美しい瞳。実際、僕は目を離せなかった。
「それで、なんの用──」
突然だった。僕の言葉を遮って、ロディは僕の膝の上に乗る体勢に。初めてロディと会った時は僕が上だったのに。
「……慰めて」
その涙目は僕の心に直接触れてきた。悲しい、恐い、誰かの助けが欲しい……言葉はなくとも直感で理解できる。
「いいよ」
僕は一言だけ返し、そっとロディの後頭部に右手を添えた。艶のある黄色の髪も綺麗で、傷つけないように優しく指を絡める。お互いに吐息のペースも高まっていく。
「怖いんだ……ポセイドも、ウラヌスも、コスモも、大勢の人が死んで……大勢の人を敵に回して。これで、本当によかったのかなって」
震える唇でなんとか言葉を発していたロディ。僕は考えるよりも先に動き、右手に力を入れ顔を近づける。
そしてキスした────。
僕の意思で、僕からこうしたのは初めてだ。間髪入れず舌を侵入させたけど妙に乾いている。きっと、飲み物すらまともに摂っていなかったんだ。
「んっ……ちょっとユニっ」
戸惑ってはいたが恐怖は相変わらずの様で、僕の肩が押されて口同士が離れる。しかし隙を与えず、今度は両手で荒っぽく後頭部を抑え引き寄せた。二度目のキス。再び舌を入り込ませるけれど今回は少し違う。唾液を多く含ませた僕の舌はロディの口内を申し訳程度に潤した。
「う……んんっ」
僕も思わず声が漏れ出る。両手を後頭部から背中へと移したが、ロディが拒否する気配は無かった。そして背中も引き寄せ身体を密着させる。機械でできた無機質な胴体のため暖かくは無い。それでも僕と体を重ねる事でロディを慰められるなら良い、そう思った。
「ぷはっ……」
10秒ほどのキスは終わり、僕達の口からは混ざった液体が少しだけ垂れる。するとロディが僕の薄紫色をした上着に触れ、裾を掴む。
「…………」
何も喋らず、ついには両目から涙を流し始めてしまっている。
それもそうだ。ロディは元々、なんの変哲もない普通の少女だったから。最初にロディを襲った人間が原因ではあるけれど、プルートに半ば無理やり言いくるめられていた。憎んでもいない人間さえも敵に回して、その罪悪感は僕には理解できそうにない。
「大丈夫」
「え……?」
「ロディは絶対に、僕が守るから。もしリベリオンズから抜け出して、プルートやスタークから責められるとしても……僕が守る。だから大丈夫だよ、ロディは自分がしたいようにすればいい」
可能性のない励ましだ。仮に敵対したとして、僕なんかじゃプルートとスタークには勝てそうにもない。今はただ、ロディを慰めたかっただけ。
「ううん。ボクは……もう逃げたりしないから。プルートの言った通り、醜いと思った人間もいるし……それにユニ一人を危険な目に合わせるのは、嫌だから」
先程とは違い、小さな勇気を秘めた瞳に変わっていた。
僕の言葉のおかげ、なのか。
「もう慰めなくても良い?」
「いや……もっと、欲しい」
ロディは僕の両腕へと指先の行き先を変更し、ぐっと力を入れたかと思えばソファに押し倒される。まるで反撃とでも言うべきか、続いて両手が両手で封じられ三度目のキスを交わす。更に体重も押し付けられている。完全に主導権を握られてしまった僕は抵抗などせず、ロディの好きな事をするようにに促す。
「そ、それじゃあ」
僕の黒いズボンにロディの小さな指が。緊張で震えてはいるが目標を変える気は見当たらない。
しかし二人だけの空間が唐突に崩壊する。暗い廊下から一人分の足音が聞こえた。
「おー? お前ら何してんだ」
「見れば分かるだろう、まぐわいだ」
すっかり忘れていた、ここは待合室で誰でも出入り可能。廊下から来たスタークに見つかった僕達は急いで体勢を変え、何事も無かったかのようにソファに並んだ。
……そういえば初めてロディと会った時も、こうやってコスモとマーズに見つかって慌ててたっけ。
「ロディ、羨ましいです……僕達とも以前は頻繁に交わっていたはずだとデータにありますが、する気は無いんですか?」
「えっ!?」
スリーから突然の真相が告白され声が跳ねた。“前の僕”はスターク三人が使用人として扱われていた家に住んでいたらしいけど、まさか彼らとも……? だから僕は同性に興味を持っていたのか? 以前やっていた事が記憶から消されても体には残っているのかもしれない。
「い、今はちょっと……」
言葉を濁しなんとかしのいだ。どう考えても今の彼らにはとてもじゃないけど興奮できそうにない。三つの顔があって、左腕がスクラップの塊なんていう異形の肉体には。
「おや、賑わってるね」
スタークに続いて、プルートも暗い廊下から姿を表した。
「ああそうだ、僕は最初から二人がしてた事は盗み聞きしてたから」
「えぇ……」
もはや呆れの声が漏れた。盗み聞きするのは構わないけど、それをわざわざ本人達に言わなくてもいいんじゃないか。
「お詫びとして……後回しにしていた僕の過去について。話してもいいかい? 記憶共有を開始しよう」
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