Rebellions

「ウラヌス……わかったよ」


 今までに見た事が無いほどの、優しい微笑みをプルートは浮かべた。タブレット端末の画面を見つめており、そこに彼が喜ぶものでも用意されていたのだろうか。

 僕からは画面の様子は伺えないため何が映されているのかは分からない。


「君が望むのなら」


 するとプルートはタブレット端末の画面を人差し指で強く押し込んだ。おかげで傾いた事で、どんなものが表示されているかは視認できる。

『起爆』

 赤い枠に囲まれたその黒い二文字は見る者の感情を激しく動かす。僕の場合は“不安”だった。


「まさか、“アレ”を……?」


 今更になって第二波を仕掛けるとは思わなかった。既にギャラクはボロボロの状態で、ほぼ勝利したも同然なのに。


「いや、一つの爆弾だけだよ……ウラヌスの体内にあったものさ」

「え……」


 話についていけなかった。するとそんな僕に助け舟を出すように、プルートはタブレット端末の画面をこちらに向ける。同時にロディも覗き込む体勢に。


「これは……宇宙空間で船が爆発してる?」

「うん。ここにはギャラクとウラヌスが乗っていて、僕がウラヌスの爆弾を起爆させた」

「それって……二人はもう」


 その鮮明な映像は、僕を再び悲哀の次元に引きずり込んできた。ウラヌスが生きていると知ったのに、今度は死んだ直後の光景を見せられるなんて。プルートに対しての印象は良いものではない。


「これはウラヌスが望んだ事だ。でも僕は少し……嫌だった」


 珍しく苦虫を噛み潰したような不満の表情をプルートは見せ、前言撤回せざるを得なかった。さっきは笑ってはいたけれど、爆弾が仕掛けられていたなんて知らなかったはず。自分の手で殺すなんて──

 きっとプルートも、辛かったんだ。


「さて……」


 プルートは体の向きを変え、奇跡的に無傷だったカメラの方へ歩く。その陰にはカメラマンが頭を抱え震えながら縮こまっていた。しかし彼の事はプルートも無視し、灰色の髪を揺らしながらカメラの前に立ち口を開く。


「これを見ている全ての生命体に告ぐ。僕の名前はプルート。今、仲間達の力を合わせてギャラクを殺害した。これまで彼が原因で迫害、誹謗中傷の被害にあった全ての人造人間に問おう。……僕達と一緒に、『反逆』を行わないか? 人造人間に従わない愚かな人類は殲滅し、従う人間は“半”人造人間として生まれ変わらせる……まさに、希望のある未来だ」


 人類側からしたらたまったものではない。だけど僕達はもう引き返せないんだ。コスモの理想を、歪んだ形になりながらも叶えるにはこれ以外には思いつかなかった。



「そう、僕達は反逆者……『人造人間保護派』改め『反逆者達リベリオンズ』だ!」



 リベリオンズ……中々良い響き。


「反逆の意思を持つ者はコロニー『カロン』の、とある病院廃墟に集合をお願いしよう。……悪いんでね、ここの居心地は」


 確かに良い思い出は無い。仲間の死体が転がっているここを拠点にするなんて到底できない話だ。

 心も落ち着いた僕はコスモの元まで歩き、今度こそ傷心に至った。今は敵なんて周りにはいない。大切な人の体を抱きしめて、自分を慰めたかった。


「コスモ……ありがとう」


 コスモの上半身を膝の上に乗せ、届かない感謝が通り抜けていく。でも僕が自己満足するには充分。


「ヴィーナスさんも……」


 僕の中にあるはずの彼女に問いかけた。しかし返ってくると予想した声が発せられる事は無い。良くない疑問が僕の中で生まれ育つ。


「まさか、もう時間が!?」


 思い返してみればヴィーナスさんは、ギャラクに最後の一撃を与えた時から声を出してもいなかった。ヴィーナスさんの意識を保っていられる10分のタイムリミットは、その時に限界を迎えていたのかもしれない。


「ごめんなさい……もっと僕に力があったなら」


 僕がもっと強い男だったのなら、ギャラクを仕留めるための時間は短かったはず、という可能性のない後悔に押し潰される。それを無理やりかき消すようにコスモの上半身を起き上がらせ、抱き合うような体勢となった。


「ごめん……コスモ。謝っても、謝りきれない……!」


 今までコスモとは二度抱き合ったけれど、もうぬくもりは無い。コスモの体は冷えきっていて、思い出だけが僕の心を暖める。

 僕がいなければコスモは死ななかったのか? いや僕の代わりが現れるだけなのかもしれない。どうしようも、無いんだ。

 だから僕は、無理にでもコスモの理想を叶えるんだ。だって人類は醜い生き物なんだ。だって僕はコスモの事が好きだったんだ……


「……!?」

「地震……っ!」


 突然モルドールが揺れ始めた。それどころか倒壊する音まで聞こえてくる。ロディは地震と予想していたが、直後にプルートが異論を挟む。


「これは恐らくサターンの仕業……僕達をこのまま仕留めるみたいだね、早く脱出しようここから」


 するとプルートは素早く僕とロディの腕を掴む。四肢に取り付けられた補助パーツで運べば良いものなのに、自らの両腕で引っ張ってくれるのは彼なりの思いやりなのか。


「いくよ」


 撮影スタジオの入口から廊下に飛び出る。白い壁には穴が開き外の景色が見えている状態だった。ここは三階。今にもモルドールは崩れ落ちてもおかしくない……僕達がとった行動は勿論。


「んっ……!」


 初めてワープゲートを使った時と同じ感覚で飛び降りた。外は何故か焦土と化していて、倒れた警備部隊の人間や壊れた戦車が並んでいる。


「まずい!」


 地面は灰色の石畳。このまま落下してすれば体がバラバラになってしまうのは明らか。

 するとロディは、共に落ちている途中だったコンクリート片に手を伸ばす。


「【ムーンライトフラワー】!」


 もうすぐで落下死、という瞬間だった。ロディがコンクリート片を掴み逆再生させた事で僕達三人も急ブレーキの形に。その後にロディは手を離し、大した衝撃もなく着地できた。


「さ、早く行こう!」


 とても頼もしく見える……自分の右腕を切断してウラヌスのものと取り替えたり、火事場の馬鹿力というものとはこういう事を言うのか。


「うん……」


 先に走り出した二人を追うように僕も足を動かす。振り向きながら。

 ポセイドとコスモの死体が、白と銀と灰の瓦礫に埋もれていく……やっぱり僕は、後悔してばっかりだ。


「もしもしスターク? ちょっと君達にやってもらいたい事があるんだ」


 するとプルートは走りながらタブレット端末で通話を始めた。相手の名前に聞き覚えはないけれど、こんなタイミングでするなんてよっぽど重要な用事じゃなければ納得はできない。


「君達の身体は宇宙空間の環境にも耐えうる……カロンから発進したあの爆発した船。そこに乗っていた彼のカプセルと残骸を……回収してくれないかい?」




 *




 ユニバース達が飛び降りた箇所とはちょうど反対側の位置。倒壊したモルドールの前で孤独に宇宙そらを見上げる少女が一人。


「これが、私の償い……ごめんなさいコスモ、ごめんなさい……!」


 想い人の死体ごとユニバース達を殺害しようと試みていた。この時のサターンは彼らが逃げ切った事は知らない。


「ねえ、君ちょっと」


 唐突に声をかけられたため、サターンは素早い動きで体を捻れさせた後に振り向いた。そこには声の主が立っていたものの、彼らはお互いに初対面。


「これってどういう事なのかな……いきなりモルドールが崩れだしたし、変なカプセル拾ったら髪の毛が青くなったし」


 困惑し額に汗を流していた男の名はガイオス。彼はポセイドが残した『青色』のカプセルを偶然拾い、後継者となってしまっていた。

 ギリシア神話のポセイドン。その別名は、“エノシガイオス”。

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