Death

「ウラヌス……どうして?」


 ロディは立ち上がり疑問の声を口にする。僕も同じく、彼が消えていた事に驚きを隠せない。確かにウラヌスはギャラクに殺害され、ああしてボロボロになったはずなのに。風に吹き飛ばされ目を離したほんの一瞬の間に消えるなんて。


「……まさか?」


 前提から間違っていたのかもしれない。ウラヌスは……と考えれば辻褄が合う。ギャラクは能力を発動する時に名前を叫ぶ癖がある。それは今もだった。つまり実は生きていたウラヌスが、ギャラクの背後に瞬間移動し姿を消した。


「死んだフリ、だなんて」


 呆れにも似ていたが感心も含んでいる。思い返すと彼は随分とイタズラ好きな性格で、突然押し倒してきて驚かす事もあった。ギャラクの攻撃を受けてからずっと演技を続けていて、右腕をもぎ取られてもそうし続けていたのか。


「いや、そうじゃないね」


 しかしプルートが異論を唱えた。タブレット端末も取り出し画面を見つめている。


「死んでしまった……僕にそう思わせる程、ウラヌスはダメージを負っていたんだよ」


 瞼を閉じてプルートは話している。彼がこうやって騙された事は恐らく初めてなのかもしれない。


「だけど粘っていたんだ。体は死んでいても意思だけは潰えることなく」


 するとプルートは小さな鼻息を漏らした。人造人間が自らの思惑を越えてきた事に、静かに歓喜している様。




 *




「いきなり人造人間が爆発した……ウラヌスくん達と何か関係があったりとかは……考えたくないなぁ。無事だといいんだけど」


 爆弾を取り付けられた人造人間が一気に爆発してしまった事で、刑務所から船に戻ろうとしていたガイオスも騒動に巻き込まれていた。幸い被害は耳に入ってきた爆音のみだったものの、彼は正義感から避難誘導を試みていた。

 すると携帯端末が震え出し、ガイオスは青いジャンパーのポケットからそれを取り出した。彼が立ち尽くしていた場所はビル街の路地裏で、辺りには人の気配なんてものは一切無い。


「あ……噂をすればウラヌスくんからのメッセージが。ウラヌスくんみたいな人造人間は体の中に色々と機能盛りだくさんだから、いちいちこうやって操作しなくても良いんだよね~。そこは羨ましいな」


 ウラヌスが無事だと確信した彼はなんの躊躇いもなく、画面上部から現れた通知をタップする。しかし直後に表示されたメッセージを目にしたガイオスは硬直した。


『がいおスさん、ごめんナサぃ』

「え……? ウラヌスくん?」


 所々に変換ミスが生じている文面は困惑を招くのには充分過ぎた。唐突に送られてきた謝罪文単品は受取拒否なんてものは到底不可能で、ガイオスの冷静さが代金として支払われる着払い。


「まさか」


 何か危険な事件に巻き込まれているかもしれない。それも被害者側。この予想は半分当たりで半分外れだったが、彼の足を動かす要因になる。


「自分もすぐに向かうよ。『モルドール』……そこにウラヌスくんは、いるんだよね」


 ユニバースも加わっていた数十分前の会話を思い出し、路地裏から抜け出すと彼らが向かったはずの灰と銀の建物を見据えていた。

 すると次の瞬間、彼の右を通り抜けるように一陣の緑色をした風が吹き抜ける。それは一瞬の事だったものの、が通過したと彼は理解した。


「……いやいや、早く行かないと」


 ガイオスは首を振ってモルドールの方へ歩き出す。しかしこの選択が苦しみへと辿り着く結果になるとは、この時点での彼自身は気づいてもいなかった。




 *




 あまりにも速いスピードでギャラクは移動していた。【ひっぱり愛】の力は大怪我によって強化されており、肉眼では捉えられないほど。彼はモルドールから抜け出した時から背中に違和感を覚えていたが、それについての優先順位は低かった。


「早くこんな所から……」


 ひたすらの逃亡。時折バランスを崩し転げ落ちそうになるもなんとかこらえていた。彼が向かっているのは連絡通路、その中にある宇宙船。

 ワープゲートは履歴が残ってしまう。そのため痕跡が残らない船を利用しようと思い立っていた。


「やはり速いな……!」


 彼自身も驚くほど、【ひっぱり愛】は強化されていた。モルドールから本来徒歩十分程度で着くはずの連絡通路に、僅か三十秒で辿り着いていた。通路の入口に差し掛かるとスピードが弱められ浮遊する。


「一隻だけか……悪いが拝借させてもらうぞ」


 誰が所持しているか確認する暇も彼には無かった。ワープゲートの背後に停めてあった船にギャラクは侵入し、操縦室へと急ぐ。船内廊下の壁にはドボラックによって残された傷跡が所々にあった。

 無事に操縦室へと足を踏み入れ、タッチパネルの制御盤に血だらけの指を重ねる。手馴れてはいなかったものの、ギャラクはなんとか発進に成功した。


「とりあえずスキンクァと合流して……この傷を治療してもらわなければ。そうだな、ジュピターがいるあのコロニーを集合場所に」


 自らの動揺を隠すため早口にはなっていたが作戦自体は間違っていなかった。『黄緑色』のジュピターを襲う者は何者であろうと植物達が許さない。例え人造人間達でもそう簡単には突破できないであろう相手だ。

 しかし、船が宇宙空間へ飛び出た瞬間。正面の強化ガラスに反射したギャラクの背後にが写った。彼も最初は見間違いだと目を擦る。しかし何度試しても、左肩に謎の物体が乗せられている。


「……まさかっ」


 背中を確認する勇気は無かった。強化ガラスに映り込むは次第にせり上がってきている。そしてそれが何なのか、ギャラクも確信した。



「ウラヌス!?」



 ほぼ剥がれ落ちてはいたがオレンジ色の頭髪が僅かに残っている頭部が、ギャラクの右肩からはみ出る。右腕と右足は既になくなっていたため左半身でギャラクの背に張り付いていた。


「貴様……離れろ!」

「イ、ヤだね!」


 人間を模倣していた発生機能も失われており、少し篭った機械音声。ギャラクは必死に振り下ろそうともがいているがウラヌスは弾き飛ばされない。


「オレっちと、一緒に……!」


 しかしこの時の発言だけは以前と同じく透き通っていた。

 するとウラヌスは左手に隠し持っていた壊れた機械の欠片を投げ飛ばす。それはドボラックのトンファーから放たれた、ユニバースを狙った風の弾丸を庇った時。抉られてしまった右肩のパーツだ。この船に乗り込んだ時、器用にウラヌスはこれを拾い上げていた。

 そして右肩のパーツが向かった先はガイオスがふざけて改造、設置した『緊急加速ボタン』というもの。その小さな赤いボタンに命中すると効果は即座に発揮された。


「な、何をした!?」


 船は圧倒的な加速を始め、みるみるうちにカロンから離れていく。ウラヌスを振りほどく事をほぼ諦めかけていたギャラクはただ疑問を口にするしか無かった。


「イッた、でショ……一緒にっテ。アノネ、オレっちのカラだのナカにも……“アレ”は、アルんだ」


“アレ”の真相を知らないギャラクはやはり困惑する。



『ねぇねぇプルくん、ユニくんにも“アレ”、仕込んでおく?』

『いや、“アレ”は大切な仲間には仕込まない。ウラヌス、君と同じくらいには……ユニは大切なんだ』



 プルートはウラヌスに爆弾を取り付けてはいなかった。だがウラヌスは彼に反抗し自分に爆弾を取り付けていた。しかも体内、硬い胴体の奥に設置していたためギャラクに一度倒された時の衝撃で爆発はせず、いざという時……自爆用だった。


「何をするつもりだ……やめろ!」

「ロディ……ガイオスさん……ユニくん……プルくん」


 半ばパニック状態に陥ったギャラクは握り拳でウラヌスを殴打する。カイルスに暴力をふるわれていた時の事を思い出してはいたが、それよりも仲間達との思い出──走馬灯の割合の方が多く占めていた。




 ロディがオレっちの右腕をもいで自分のものにした時。勇気あるんだなって感心した。

 ユニくんを押し倒した時。あの時の顔は食べちゃいたいくらい可愛かった。

 ガイオスさんの船に乗せてもらった時。本当に親切でありがたかった。

 プルくんと初めて会った時。プルくんと会えたから、オレっちはオレっちのままで……終われるんだ。


「でも、ちょっト名残惜シい……残念だっタな……」




 次の瞬間、船は宇宙空間のど真ん中で爆発を遂げた。衝撃でギャラクは肉片と化し、『宇宙の白』のカプセルも遥か彼方へと吹き飛んでいく。

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