Dvorak

「ねぇ、ユニくん」


 トイレから部屋に帰ってきた僕を待っていたのは、優しい微笑みを浮かべたウラヌスだった。彼はソファの肩に両腕を乗せ、その上に頭を寝かせていた。


「そんなあざといポーズなんかして……どうしたの?」


 僕はウラヌスに好意なんて持っていない。しかしウラヌスに視線を向けられていると、こちらも何かしら反応を起こさないといけない気になってしまう。


「うーんあのねー……ちょっとこっち来てよ」


 ソファは僕に背中を向けているため分かりづらかったが、ウラヌスは左手で隣のシートをぽんぽんと叩いている事は分かった。僕は渋々それに応じる。


「それで、なんの用──」


 ウラヌスの隣に座った途端、突然肩を寄せられ……再び、キスをしてしまった。


「ぷはぁ。えいっ……!」


 呆気に取られた僕は置いてけぼり。ウラヌスに押し倒され、両手を強く握りしめられる。更にウラヌスは僕に全体重を委ねるようにのしかかった。

 人造人間だからかなり重い。おかげで僕はこの状況から脱出できない……全て、計算されていたのだろうか。


「ちょ、ちょっとウラヌス……!」

「お喋りなお口はもう一回塞いじゃう」


 またしても口づけを強制的に行わされる。反射的に目を瞑るが、状況が確認できないおかげでますます困惑してしまう。どうせ目を開けても、ウラヌスの瞳に翻弄されてしまいそうだけど。


「んんっ……ふう」


 意外と早くウラヌスは離れた。僕も瞼を明けるが、不思議とウラヌスから目が離れない。ウラヌスの顔は僕の頭の目の前にあり、そのせいで電球の光が隠れていた。


「……ユニくんさ、ロディに嫉妬してたりしない?」


 また何かいかがわしい事を仕掛けられるのかと思いきや、予想外の人物の名が出てきた。ロディとコスモの仲が良いのは確かだが、嫉妬とまではいかないだろう。


「そんな事、思ってないよ……。ロディは大切な友達だ」


 僕の返答を聞いたウラヌスはニンマリと笑う。また変な事を企んでいそうで不安だ。


「素直じゃないなぁ……。ねぇ、オレっちに体を任せて……しよ?」


 するとウラヌスは僕の口の中に、右手の人差し指と中指を突っ込んできた。もちろん反抗なんてできない。

 指が僕の唾液で濡れきった頃、ようやくウラヌスは手を引いてくれた。


「このまま続けたら……ガイオスさんにバレちゃうんじゃ」

「大丈夫大丈夫。この前プルくんとシた時は……気づかれてなかったからさ」


 さらっと衝撃の事実を突きつけられたが、今の僕にそんな事を気にする余裕は無かった。ウラヌスは僕の上着の裾を左手で掴んでくる。きっとこのまま無理やり脱がす気だろう。

 しかし、彼は予想外の行動に出る。またしても僕に抱きついたのだ。そこまではまだ予想の範囲内だったのだが、彼は小さい声で話し始める。



「……部屋のドアの向こうに誰かいる。さっきユニくんが入ってきた時に影が見えた。体格からしてガイオスさんじゃない。多分オレっち達を狙ってる。なんでその時襲ってこなかったのかは分からないけど……とりあえず、今はオレっちに任せて」



 突然の忠告に、今までのムードから一転した。僕は小さく頷き、息を潜める。これが演技だという事に心底安心したが、ウラヌスの瞳は本気だったような気もしてならない。


「……ごめん、オレっちもちょっとトイレ行きたくなってきちゃった。続きはまた後で……ね?」


 まるでバレバレの嘘だが、これで何者かも動きを見せるだろう。僕にできる事は何もなさそうだが、ウラヌスが危なくなったら加勢する、という可能性も視野に入れなくては。


「う、うん……」


 適当な返しをするとウラヌスはソファから立ち、白いドアへと歩き向かう。三秒程でドアノブを掴むところまで辿り着いたが、もちろんウラヌスは警戒しゆっくりと力を入れた。


「……!」


 しかし性格が許さなかったのか、彼は一気にドアを開けた。同時にカプセルを双剣に変形させ、左右へと向けながら外に出る。


「……え? 誰もいない?」


 この船の内部には全くと言っていい程、通路に障害物は無い。ガイオスの勤勉さが顕になっている。しかし足音も聞こえなかったため、ウラヌスはその場に誰一人として存在していない事に違和感を覚えた。


「まさかガイオスさんの所に……?」


 船を操縦できる人物を排除してからこちらを狙ってきた、そう予想したウラヌス。しかし彼の死角である真上、そこから何者かの襲撃が加えられた。


「もらったっ!」

「なっ……!?」


 彼は真上から発せられた声の持ち主に対し、咄嗟に反撃しようとしたものの間に合わなかった。ウラヌスの後頭部には硬い拳の一撃が打ち込まれ、緑色の床に叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 ウラヌスは苦い表情を浮かべ、後頭部をハンマーで叩かれていた頃を思い出した様だった。


「ブザマだな……ウラヌスとか言ったか!?」


 ソファから頭を少しだけ出し覗き見していた僕でも、ウラヌスを襲った彼女の姿は見えた。あの緑色のボブヘアー……まさか?


「お前は……『緑色』の“疾風神将”、ドボラック!?」

「ああそうさ……このオレサマこそがドボラックだ!」


 ドボラックと名乗るその女はベージュ色のパーカー、その下には黄緑色のシャツを着用していた。ズボンは緑色であり、服装だけは比較的目に優しい雰囲気だ。表情は……かなり邪悪だが。


「……残念でした!」


 しかし案の定、声を発したドボラックの背後にウラヌスが回り込む。双剣の両刃を首に近づけ、脅すように強い口調でウラヌスは喋り出す。


「誰の指示でオレっち達を狙った? そして何が目的だ? 答えてもらおうか」


 さすがウラヌスだ。元諜報員だっただけあって、かなり高圧的な態度。見ているだけの僕も思わず緊張してしまう。


「……一つ目は答えてやる。オレサマ達はギャラクに従ってるが……これはオレサマ達の独断の行動だ。ただ単に人造人間が嫌いなんだよ! 生まれたばかりの頃、もう覚えちゃいないが嫌な思い出があってな……」

「……二つ目も答えろ」


 ウラヌスは更なる威圧を加えるように、二つの刃の先端を首に突き刺す。すると少しの傷を付けられたドボラックは、深いため息をついた。


「はぁ~…………」

「早く言え!」


 僕の出る幕はない、そう確信していた。しかしそれは、悪い意味で裏切られてしまう。次にドボラックがとった行動で。


「お前さぁ……オレサマの力知らないのに余裕ぶっこいてんの、二番目にイラつくんだよな」

「なに……?」


 次の瞬間、ドボラックの両手に握られていたカプセルが眩い緑色に光る。すると彼女の両手に握られるようにトンファーが創り出された。

 それが伸びた先は……ウラヌスの脇腹。硬い棒の一撃を受けてしまったウラヌスは、ドボラックから刃を遠ざけてしまう。


「今だ!」


 更なる追撃を加えるように、ドボラックの全身から緑色の、目に見える風が吹き荒れる。怯んでいたウラヌスはその風の攻撃をまともに受け止めてしまった。


「ぐっ……がぁっ!」


 ドボラックが巻き起こした風はまるでかまいたち。ウラヌスの右頬と左の太もも、左手の甲にも大きな切り傷を生じさせ、最後には船の強化ガラスに吹き飛ばした。


「一番目にイラついたのはな……」


 ぐったりとするウラヌスに容赦なく右のトンファーを振り上げたドボラック。僕も加勢しなくてはならない。このままではウラヌスが殺されてしまう。


「待て!」


 僕は部屋の外に向け走り出す。色の力を持っていない僕が対抗できるとは到底思えないが、ウラヌスをどうにかして救わなくては。



「……オレサマの体に、傷をつけた事だ」



 僕の声は聞こえるはずなのに、振り向きもしないドボラック。そんな彼女に僕は油断していた。ウラヌスを襲おうとしていた右のトンファーに注意が行ってしまい、左のトンファーの先端から放たれた風の弾丸に、気づくのが遅かった。


「……うっ!?」


 僕の左脇腹を風が抉った。あまりの激痛にその場で倒れ込む。機械でできていない箇所だ。痛覚が直に響く。


「甘い甘い、甘すぎてクドイくらいだ!」


 余裕の笑みを浮かべるドボラックに苛立ちを覚える。いやそれ以上に、何もできなかった僕自身に怒りがある。


「……冥土の土産に教えてやるよ。プルートとマーズだったか。あいつら二人の所にはスキンクァが向かった。今頃、あいつに切り刻まれてるだろうぜ」

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