Ennosigaios



 ウラヌスに連れられ連絡通路へと走る。僕は三日間眠っていたらしいが、この景色はついさっきまで見ていた気分だ。ポセイドとの戦いがあったから。変わっている事と言えば、住人の皆が普通に過ごしている事。


「……この人達も殆どは、人造人間の事が嫌いなのかな」


 指でつまんだ小さな石ころを落とすように吐き出した僕の独り言。しかしその石ころは、ウラヌスの頭の上に落ちたようだった。


「いいや……大半が一部の人間の意見に『流される軟弱者』だよ。マーズも言ってた」


 マーズと初めて会った日の事を思い出す。確かにそんな事は言っていた気がする。


「つまり……僕達の意見にも流されてくれる可能性はあるって事だよね?」


 するとその僕の言葉を聞いたウラヌスは少し驚いたように、口を小さく開けてこちらに顔を向けた。


「確かに……そうだね。今までオレっち、その事に気づいてなかった。とーだいもとくらし、ってやつ……?」


 ウラヌスはプルートに記憶の一部を消されたと言っていたけど、まさかこういう思考能力まで消去されてしまったのか?


「だからさ、僕達の想いを皆に届ければ……可能性はあるんでしょ? そのために僕を連れてきたんじゃないの?」


 ダイレクトに疑問をぶつける。周りに流される人間には確かに呆れるが、それは同時にチャンスでもある。コスモを助け、ギャラクを倒し、人造人間を解放するチャンスなんだ。


「……うん、そうだね。でも“アレ”はもうみんなに取り付けてしまったんだ……。“アレ”も選択肢に入れたまま行動する事に、変わりはないよ」


 相変わらず、“アレ”の正体を教えてくれそうもない。目指しているものは一緒なのに、何故情報を共有してくれないのか。




 *




「ほら、あの船だよ。『カロン』まで行くためにはあれに乗ろう。『カロン』はけっこう厳重な警備だからね……ワープ使ったら色々とバレちゃうかもしれないんだ」


 連絡通路へと無事辿り着くと、僕とコスモが利用したワープゲートの背後に、宇宙船用の出入口にとある船が停まっているのが確認できた。それの見た目は宇宙船、というよりは水の上を渡る船だった。居住スペースやパーティを開いたりする事もできる、所謂ビッグボートの様な大きさ。


「……おや、ウラヌスくん……三人じゃなかったのかい?」


 船首に座っている黒いショートヘアの男が僕達二人に話しかけてきた。見た目からして三十代半ばと言ったところだろうか。青いジャンパーを羽織っており、灰色のシャツが見える。


「一人はちょっと、急用ができてしまいましてね~。オレっち達二人だけでも大丈夫ですか? ガイオスさん」


 ウラヌスが一歩前に出ると、ガイオスという名の男は船首から飛び降り僕達の前へと歩いてきた。さっきは見えなかったが、紺色の作業着らしきズボンも履いている。


「勿論大丈夫だよ。今日は他の船員も乗っていない、いわば貸切だ。……ん? そこの君、初めましてだね」


 ガイオスは僕の全身を舐め回すような視線を向けてきた。彼の身長は恐らく190cmはある。僕達二人と比べてもかなり背が高い。


「あっ、僕はユニバース……ユニって呼ばれてます」

「そうかユニバース、か……。自分の名前はガイオス。短い間だと思うが、よろしく頼むよ」


 そう言うと彼は右手を差し出してきた。僕も快く応じ、握手を交わす。同じく船を引っ張るポセイドはえらい違いだ、良い意味で。




「さ、この部屋で休んでいてくれ」


 案内されたのは船の一室。『人造人間保護派』のアジトよりはさすがに広くはないが、ベッドやテレビ、冷蔵庫も完備しており印象は快適そのものだ。


「何か分からなかったりする事は、自分の部屋に来てくれたら教えよう。それじゃあ、良い旅を」


 ガイオスは部屋の戸を閉め、足音が遠ざかっていく。やはり優しい声だ。


「同じ海賊でもポセイドとは大違いなんだよ、ガイオスさんは」

「えっ? 海賊なの? てっきりただのクルーズ船だと思ったんだけど、この船……」

「ガイオスさんは慈善事業に取り組む海賊なんだ。オレっちが『カロン』からこの『ブレイズ』に渡るまでにもお世話になったんだよね~。優しい人だよ、彼は」


 ウラヌスは冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しながら言った。僕も冷蔵庫へと近づき、ピーチジュースを取り出す。


「コスモと同じ色の飲み物を取るなんて……もしかしてユニくん、執着心すっごい系? あっそうだ、コスモが好きな食べ物ってミルクレープらしいよ?」


 ウラヌスは小馬鹿にするように、僕の左頬を人差し指で軽く突いてきた。それにミルクレープが好物だなんて僕も知っている。だけど僕はそんな挑発には動じない。すぐにその場から離れ、ベージュ色のソファへと直行した。


「ちぇー。ノリ悪いの。せっかくだから恋バナでもしようと思ったのに」


 どうやらウラヌスは僕とコスモの関係を誤解しているようだ。いや、ただからかってるだけかもしれないけど。



「……そういえばコスモは“十三神将”の制度自体も撤廃するって言ってたけど、だったら果物の収穫とかはどうするつもりなんだろうねぇ?」


 記憶を掘り返し、コスモの言葉を思い出す。確かにそんな事は言っていた。でもそれと果物との関係なんて、何があるっていうんだ?


「僕はギャラクに造られたはず……だから十三神将についても、あまり詳しくは知らない。だからちょっとさ……教えてくれない?」


 隣に座ったウラヌスに、率直な意見を投げかける。きっと彼ならプルートから受け取った知識があるだろう。


「わかった……。なんで十三神将の制度を撤廃したら果物が収穫できなくなる危険性があるのか。それ以外についても、色々と説明するよ」


 するとウラヌスは黄緑色の短パンのポケットから板状の液晶端末を取り出す。僕の中にある知識だとこれはかなりの旧型だが、現行のホログラムとは違って他の電波達の影響を受けにくい。様々な電気機器やエネルギー波が飛び交うこの時代、それによって生じる不具合や遅延などが問題になっている。



「まずは『黄緑色』の“自然神将”だね。これは植物や果物を色々と担当しているんだ。この色を所持しているのは……“ジュピター”という名の男性だよ」


 端末の画面から見えたものは、果物農園らしき風景をバックに映る男。採れたばかりのメロンを両手で支えている。左目の方向へ流れるように整えられた黄緑色の髪や、美形の顔もあってかなり綺麗な印象を受ける。


「この人が黄緑色の十三神将……。この人が果物の生産を担ってるってわけ?」

「確かにそうだよ。……でも一つ、問題があってね。この人、三年に一回しか起きないんだよ。この写真は半年くらい前」

「えっ……どういう事?」


 その言葉しか出なかった。ただの怠け者かと一瞬疑ったが、それだけなら叩き起こせばいいだけのこと。まさか、黄緑色には“代償”でもあるっていうのか? でも他の色を所持している彼らからは、代償があるなんて話は一言も聞いていない。


「彼の力なんだよ。“三年に一度しか目覚めない代わりに、自身の周りにある植物や果物が、普段の1000%の速度で成長する”能力。それが【イージー・ファンキー・クレイジー】なんだ」


 なるほど、代償を伴う能力か……。常人ならば正気を失うだろうが、慣れるものなのだろうか?


「23年前、十三神将の制度が始まったばかりの時代……。初代“自然神将”がいつまで経っても目覚めない、なんて話があったらしいんだよ。無理やり叩き起こそうとしたら……彼の体はみるみるうちに枯れていき、最後には植物や果物も巻き込んで枯らし……いつの間にか死んでいた、だってさ」

「こ、怖いね……。枯れちゃうから、無理やり起こすわけにもいかないんだ……。半年前って言ったよね? つまり二年半は待たないとダメなのか……」

「うん。だからコスモがどうするつもりなのか……。さっぱり分からないよ。まあ、彼みたいな人なら、『そういうのは後で考える!』とか言いそうだけどね!」

「ははっ……確かに」


 久しぶりに笑った気がする。やっぱりコスモの事を話していると、楽しい。それはウラヌスも同じようだった。

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