Confront

「まあその後はご想像にお任せするよ!」


 人造人間に搭載された記憶の共有機能、それをウラヌスとの通信に使った。僕の頭部も機械で出来ていて、人造人間と同じ構造だから使用できる。

 ……ウラヌスの過去。人間に虐待されていたのか。『人造人間保護派』に協力する動機は充分だ。それにしても、プルートの意図が読めない。しかもあんなに素早くウラヌスに完全な自我を芽生えさせ、さらには仕掛けられたプログラムすらも崩壊させたなんて。


「……ちょっと見直したよ。ウラヌスの事」

「あっ! プルくんみたいな喋り方になってる! とーちほーってやつ?」


 人造人間なのに倒置法すら知らない彼には呆れるが、直後にプルートが説明を加える。


「人間に近い存在になりたいらしいんだよね、ウラヌスは。だから記憶をある程度消したんだよ、僕が。なかなか珍しいよ、ウラヌスみたいなケースは初めてだ」


 感情の変化なんて知らないように話すプルートには恐怖すら覚える。もしかしたら、僕の身にも何か仕掛けられたんじゃないかと思うほど。


「まあでも……カイルスみたいな汚い人間にはなりたくないよ。だからオレっちは……『人間に近い』だけの人造人間。そこまでで留まっておく」


 妥当な判断だと思った。カイルスだけじゃない。薄汚いという言葉の擬人化、ギャラクとかいう奴もいる。もしギャラクから解放されるのなら、僕もウラヌスみたいになりたい。


「それでどうするんだい? このまま僕達に着いて来る? もっとも、君に来てもらわないと僕達に勝ち目は無いんだけどね」


 同情を誘った発言も最後にあったが、ウラヌスの記憶を見て決心がついた。と、言っても六割程度の決心だが。

 このままコスモを見捨て、『人造人間保護派』を世に知らしめるためだけの、スパイとしての存在として死んでいくなら……コスモを助けて死んだ方がマシだ。

 それに、プルートが言っていた通りまだ希望はある。人造人間を好き勝手扱う汚い人間どもから……皆を解放できる希望が。


「わかった。僕は……二人に着いていくよ」




 プルートにウラヌス。彼ら二人と同行すると決め、荷物を纏め外に出るための通路を歩く。人一人が真っ直ぐ歩くだけで精一杯の横幅は、声を反響させ不安な気持ちにさせてくる。

 一番前をプルートが歩き、続いてウラヌス、そして最後尾が僕だ。


「ねぇねぇプルくん、ユニくんにも“アレ”、仕込んでおく?」

「いや、“アレ”は大切な仲間には仕込まない。ウラヌス、君と同じくらいには……ユニは大切なんだ」


 何やら不穏な会話が聞こえるが、僕には関係があまり無いようで少し安心する。


「えぇ~……ちょっと嫉妬しちゃうなぁ?」


 僕の前を歩いていたウラヌスはさっと振り向き、僕に向けて薄ら笑いを浮かべた。ウラヌスはプルートに好意を持っているみたいだが、それはもしかして僕にも向けられていないだろうか。


「……“アレ”は僕のタイミングで使う。人造人間の命運を分けるからね」


 やはりプルートの言葉は怪しい。僕はコスモの事を信頼して着いていくつもりだけれど、プルートの事は警戒しておく必要がありそうだ。




 *




「……やっぱり邪魔をするんだ、マーズ……」


 通路から抜け、外の裏庭に出た瞬間だった。僕達三人から真正面に20メートルほど離れた灰色の壁を背に、マーズが立っていた。しかし表情はいつもより暗く、尚且つ信念を込めた眼で見つめてきていた。


「お前たちをあいつの元へは行かせない……コスモから懇願された。プルートが“アレ”を選択肢に入れて動くのならば、マーズが止めろ。そう言われたんだよ」


 相変わらず僕だけが仲間はずれだ。“アレ”がなんなのか、教えてくれたっていいはずなのに。

 どうやら前を歩いていた二人はマーズを見つめずに俯いていた。しかし僕はばっちりマーズを見てしまっている。僕に対して【仮面】は完璧に発動し、その場から一歩も動けなくなった。


「さっさと降伏しろ。ウラヌスの【ラヴ・イズ・ヒア】も、こうして壁を背にすれば使えない。そうだろう?」


 コンクリート製の壁に身体を預け、腕を組んだマーズ。確かに今の状態だとウラヌスの能力は、壁が邪魔になるおかげで発動はできないだろう。

 裏庭の人工芝が妖しく揺れ、緊張の空気だけが僕の身体を包む。確かにこのままじゃ降伏するしかないが、コスモのためだ。マーズには恩もあるが、ここで止まっていては話にならない。なんとか突破しなくては。


「……残念だよ、マーズ」


 するとプルートは俯いたまま、右手を広げマーズへと向けた。これには流石のマーズも反応せざるを得なかったのか、彼も右の掌から火炎弾を撃ち出そうとしてくる。


「無駄な事が分からな……っ!?」


 次の瞬間、マーズの余裕の表情は崩壊した。彼の背後にあったコンクリート製の壁から、太い突起が唐突に現れた。握り拳ほどの大きさがあるその突起に背中が押され、マーズと壁の間に人一人が入り込む余地が生まれた。


「残念でした!」


 瞬間、彼の背後に背後に移動したウラヌス。マーズ自身、一瞬だけ何が起こったのか理解はできていなかったみたいだが、ウラヌスの対処へと体が自然に動き出している。しかし時すでに遅し。

 振り向こうとしたその瞬間、マーズの右目が細く美しい刃によって切り裂かれた。


「うっ……があっ!」


 それでも彼は痛みを堪え、両手を背後に居るはずのウラヌスへと向け、一気に炎を噴射した。


「ウラヌス!」


 だがプルートが名を叫んだ事によってウラヌスが回避してしまった事は、視界が遮られたマーズでも推測できたようだ。


「ふーっ、危ない危ない……」


 プルートと背中合わせになるように、僕の目の前にウラヌスは瞬間移動してきた。

 ……僕は何も手出しできなかった。いや、マーズの【仮面】のせいでもあるけれど。


「本当は両目とも切っておきたかったんだけど」


 淡々と恐ろしい事を話す男だ。ウラヌスの両手には、柄が灰色で刃がオレンジ色の双剣が握られていた。左手では順手持ちだが、右手は逆手持ちのスタイルのため見た目の違和感はかなりあった。柄の部分には内側に向いた突起が確認できる。恐らく、二つの剣を合体させるためのアタッチメントだろうか。


「……【イン・サイレンス】は極端に重いものは引き寄せられない。だが、コンクリートの一部分だけ……今のように突起のようにさせる事はできる。これで、僕だけでもマーズの相手はできるだろう」


 今度はプルートが余裕の表情を浮かべた。同時に、彼の紫の色をした後ろ髪を揺れる。既にマーズは壁にもたれかかる事が精一杯のようで、おかげで僕へ向けられた【仮面】もいつの間にか解除されていた。

 ……少しの間だけど、一緒に過ごしていた仲間だ。今は分かり合えなくても、きっと僕達の主張は届くはずだろう。


「ウラヌス、ユニ。君達は先に行っててくれ。僕はここでマーズを足止めする」

「で、でもマーズも説得して一緒に連れていけば……?」

「ダメだ」


 割り込むように話すプルート。事情は分からないが、これ以上踏み込んではいけないような気がした。僕の覚悟が、揺らいでしまう気がしたから。


「さ、行こうユニくん? プルくんを信じなよ、マーズも死なせない!」


 僕から目を離さないウラヌスは僕の右手を掴み、一気に走り出した。眼球を切り裂いた張本人が吐いていいセリフじゃあないとは思ったが、僕はもう決めたんだ。必ずコスモを助けるって。

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