Uranus Belief

 緊張と苦悩で正常な思考が困難になる。僕の頭部は機械でできているから汗は発しないが、同じ機械であるはずの胸の部分が、やけにざわざわする。これが、胸騒ぎというものなのだろうか。


「そんな……僕のせいで。このままじゃコスモが、ギャラクを武力で打倒しようとしてるって証拠を公に晒されて、社会的制裁を……受けるかもしれない」

「いや、それ以上かもしれない。コスモへの仕打ちは」


 僕がギャラクによって差し向けられた刺客だという事実よりも、そのせいでコスモに被害が行く事の方が心配になった。


「それじゃあいこうか。コスモの元に。……ロディも一緒に着いて行ったらしいからね」


 唐突にプルートが立ち上がり、通路の方へと体を向ける。何も説明なんかしていないのに、ってなんだ。


「ちょっと待ってよ……今更コスモの所に行って、どうするの?」


 率直な意見をぶつける。正直、もうほとんど諦めていた。僕にできる事なんて、全くもって見つかない。


「……本来なら君は、ポセイドとの戦闘で機能停止……死んだはずだった。ギャラクの手元にあるデータでも、君はだろう。だが、今こうして君は生きている」

「それが……どうかしたの?」


 するとプルートは僕の方を改めて向き、今度は確固たる信念を持った眼で語りかけてきた。


「君の本来の目的はスパイだ。でもそれは有用な証拠になる。僕達にとってもね。君が対談の真っ只中に飛び込み、自分をギャラクのスパイだと証明すれば……ギャラクを支持する連中も少なからず減るだろう。『人造人間をスパイとして操る汚い人間の方が問題だ』ってね」


 プルートの言い分に納得はした。しかしそれでギャラクの支持者を奪い取れるのだろうか?

 この前マーズが言っていた11%。それと全ての人造人間の割合である40%も合わせたら、ギャラクの上を取れる。

 だが、唐突に現れた半人造人間の話を誰が信じるだろう。自分がスパイとして造られたと証明しても、捏造だと言いくるめられてしまう恐れもある。


「ねぇユニくん。君のコスモへの想いは、その程度なの?」


 何も答えを出せずに黙っている僕に痺れを切らしたのか、ウラヌスはゆっくりと僕に近づいてくる。


「プルくんから話を聞いた時はどんな子なのか期待してたんだけど……。こんな決断もできないなんて、正直拍子抜けだよ」


 僕の目の前まで迫ったウラヌスは、座っている僕と目線を合わせるためしゃがみ込んだ。

 直後に頭を右手で掴まれ持ち上げられそうになる。僕はそれを振り払い自分から立ち上がった。


「君に僕の何が分かるんだ!? 造られた時からギャラクのスパイで……今や何のために生きているのか……! そんな僕の…何が分かるっていうんだ!?」


 初めて感情をあらわにした。少なくとも、僕の記憶を漁っても今以上に昂ったデータは無いだろう。


「わかるよ、オレっちにはね。ほら見て」


 するとウラヌスも立ち上がり、自身の頬に右手の人差し指を触れさせた。それと同時に触れた部分を中心に、顔が波紋のように灰色に変化していく。

 見る見るうちにウラヌスの顔は成型色の、機械でできた灰色の無機質な顔へと変わった。


「オレっちは元々……殺しとかの汚れ仕事をただ淡々とこなす人造人間だったんだよ」





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ──記憶共有、開始。一ヶ月前、コロニー『カロン』にて。



「それで、抵抗している人造人間をなぜ未だに殲滅できていない?」


 玄人を気取っているこの不細工な男は、ギャラクの腰巾着とでも言うべきだろうか。オレンジ色の毛が少なくなってきた頭部からは、天井にある一つの照明に反射した光がこちらを照らす。


「聞いているのか!?」


 彼の名はカイルス。ギャラクよりも前に『オレンジ色』の“空間神将”に選ばれたというのに、今となってはギャラクの忠実な犬。


「ちゃんと聞いてますよ。ただ、彼らの中に『灰色』を持つ人物がいるらしくて……」

「言い訳はいらん」


 視界からカイルスが消えた。またこの能力だ。カイルスが使う能力は、“声を発した対象の背後に瞬間移動する”能力。


「お仕置きだ!」


 直後、自分の後頭部に重い一撃が加えられた。いつも通り、簡素なあのハンマーだろう。人造人間だから痛みは感じず、これくらいの衝撃では機能を停止する事はないが、強烈な不快感だけが頭の中を駆け巡った。


 私の中にカイルスへの嫌悪や憎悪が生まれている事は、簡単に理解できた。今すぐにでもあのムカつく顔をぶん殴ってひび割れたコンクリートのようにしてやりたい。まあ、プログラムされた脳内データのせいでカイルスへの反抗はまずできないのだが。

 それに、カイルスの能力は強力だ。移動する能力だけでなく、彼の持っている『カプセル』。あれを双剣のように変形させる事も可能だ。もし抵抗したとして、背後に移動されてからの斬撃で終わりだろう。




 *




「はい。こんどこそ人造人間の残党を始末してきます」


 右耳に装着した通信機でカイルスへと連絡する。カイルス自身は前線に出向く気は彼の頭髪と同じく毛頭ないらしく、人造人間を使い捨てながら今に至る。過激派人造人間を潰すために人造人間を使うなんて、罪悪感はないのだろうか。



「ここか……人造人間の反応が多数あった場所は」


 栄えている繁華街から少し離れた、所謂スラム街。そこにある廃業済みの病院。人間と人造人間、それに半人造人間の三種に対応するのが大変で潰れてしまったのだろうか。そこまで大きくは無い病院のため、探索はしやすいだろう。


 しかし病院の入口に足を踏み入れ、真っ暗な空間の空気を吸い込んだ瞬間だった。

 視界の右端。受付だったその場所に、何かがいる。


「……誰だっ!」


 咄嗟に上着の内ポケットから拳銃を取り出し、人影らしきそれへと鋭く向けた。


「……自己紹介もできないよ、そんなものを突きつけられている状態では。僕はけれど、なかなかの殺意を持っているようだね……珍しい個体だ」


 淡々と話すその人物は灰色の髪をしていた。話に聞いた『灰色』を持つ人物というのも恐らく彼だろう。しかし後ろ髪の、首にかかる一部分だけ紫色をしている事が、少しだけ気がかりだ。


「ここで人造人間の反応があった。ここに匿っているんだな? 何者か答えてもらおう」


 彼に負けじと淡々と話しかける。それが自分に仕掛けられたプログラムだからだ。


「答えるしか無さそうだね。プルート、だよ。僕の名前は」


 両手を上げ、降伏の意思を見せたプルートと名乗る青年。しかしまだ油断はできない。きっと人造人間がどこかに潜んでいるだろう。


「でもね、間違ってるよ」


 するとプルートは無表情のまま不気味な笑みを浮かべた。


「何がだ?」


 自分に仕組まれたプログラムは相変わらず動揺などせず、銃口を向けたままプルートへと質問する。



「ここには“人造人間”なんていないんだ。罠だよ、君をおびき寄せるための」

「なんだと……!?」



 一瞬の動揺だった。それをプルートは見逃さず、右の掌を向けてくる。引き寄せられた私は突然の事態に驚き、銃弾を発射したが狙いがずれプルートの頬を掠っただけだった。

 見事に引き寄せられ、プルートの右掌には私の胸の部分が密着していた。直後プルートの四肢に装備されていたパーツから二つの鉄の輪っかが創造され、それは私の両手、両足をがっちりと固定した。


「くっ……!」


 必死に輪っかから逃れようとしたが、『灰色』によって創造されたそれはそう簡単に外れる代物では無かった。

 プルートは私の胸から手を離し、無言で同じ視線に立ち見つめ合う。


「これを外せ! お前は人造人間に味方した反逆者として始末されるんだ!」

「反逆……ねぇ」


 話をすり抜けるように顔を近づけたプルートは、頭に右手を乗せ語りかけてくる。


「君はなぜ……その全てを見せはしない?」


 突然そんな意味のわからない事を聞かれたら、動揺している脳内データがさらにおかしくなりそうだ。今はとりあえず適当な返答をして凌ぐしかない。


「私はただ従うだけだ! そのために造られたのだから……私の全てなんて、何もない! そう仕組まれているんだ!」

「人波の中、孤独に溺れてしまったんだね。望まないとしても……僕は差し伸べ続けるよ」


 食い気味に発せられたその言葉は、感情の起伏が無いものの私を困惑させてきた。


「私には……名前も無い。何も……私には無いんだ……!」


 諦めと後悔が混じった声を漏らす。それを聞いたプルートはさらに顔を近づけ、もう少しで口づけを交わしてしまいそうな程にまで迫った。


「わかった。君の名前は『ウラヌス』だ。ほら、自分で名前を言ってみよう」

「ウ、ウラヌス……だと?」


 与えられた名を自分の口から言った直後、私の身体が少し、熱くなったような気がした。何か真理に気づいたような、重大な何かを、掴んだ感覚。

 すると私を縛っていた鉄の輪っかは消失し、突然自由の身となった。


「傷跡がまだ、イタくて泣いてたんだね。君が望むなら……呼びかけ続けるよ?」


 不思議な事に、今の今まで敵対していたプルートを攻撃しようとは思えなかった。それどころか、感謝の気持ちすら感じる。


「見せ掛けじゃなくて、本当の君に逢いたいんだ……一人で、泣かないで? 僕は手を掴んで……離さないから」


 私の中にあったカイルスへの悪意が増大していく。

 導き出した答えは……そう、反逆だ。


「私、じゃちょっと堅苦しい。新しい一人称を考えてあげよう。『オレっち』なんかは軽々しくていいんじゃないかな?」

「……ありがとうプルート。私、いやオレっちの名はは……ウラヌス。ねぇ、ちょっと今から…“反逆”に付き合ってくれない?」




 ──記憶共有、終了。

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