Pluto

「う……うぁ」


 自分の身に何が起こったのか、理解できないままユニは倒れたようだった。ユニの背後から現れたのは……こちらを嘲笑うポセイド。


「……ポセイド!」


 呆気にとられていた俺達三人の中で一番早く動き出したのはマーズだ。同時に火炎弾をポセイドに撃ち込んでいたが、サーベルの先端から創り出された水の斬撃によってそれはかき消されてしまった。


「ムダムダ……水の使い手であるこの俺に、炎を操るお前が勝てるわけないだろ? 俺を倒したいんなら、雷を操る『黄色』でも連れてくるんだな……!」


 ポセイドはマーズの方を見つめずに話す。マーズの『仮面』を既に知っているのか?


「おっと、それ以上動くなよ?」


 するとポセイドは再びサーベルを持ち上げ、水を創り出し始めた。しかし今度は違う。水は人の形へと変貌し、ポセイドと瓜二つの姿となった。


「これが俺の能力……水の分身を生み出し操る、【冷たい陽炎カゲロウ】だ!」


 すると分身のポセイドは水流の様にするりとロディの背後まで素早く移動し、首にサーベルを近づけた。


「ひっ……!」

「くっ……ロディ!」


 ロディに呼びかけたが、彼の体は恐怖で震えている。人質を取られ、更に分裂されちゃあこちらに打つ手は無い。


「お前達の色も俺の船員に渡してもらおう。……こいつを殺されたくなければ、ついてこい!」


 本体のポセイドにそう告げられ、俺とマーズは従うしかなかった。俺達は両手を上げながらポセイドに近づく。


「ユニ……!」


 思わずユニの事が心配になり、倒れている彼に駆け寄り貫かれた胸の部分に手を当てた。


「無駄だ。そいつは10分もしないうちに死ぬ! 今ここで修理を始めれば助かるだろうが……それは俺が許さない」


 それを聞いた俺はゆっくりと立ち上がり、ユニから離れ頭を下に向けた。


「……わかった。ユニの事は諦める。だからせめて、ロディにだけは手を出さないでくれ!」

「俺からも……頼む」


 マーズは俺と違って頭は下げなかったが、おかげでポセイドの機嫌は取れたようだった。本体のポセイドは笑い声を上げながら手を叩き、水のチェーンで俺達の体を縛り付ける。


「……このガキには危害は加えない。約束しよう。ただマーズ、お前の目は覆わせてもらうぞ」


 左隣に立っているマーズの、脇腹部分に巻き付けてある水のチェーンから分離するようにもう一つのチェーンが作られた。それはマーズの体を伝い、頭部に行き着くと彼の視界を覆った。


「……目は潰さないのか?」

「いい質問だ。……何を隠そう、俺は男が好きだ」


 唐突な告白に俺の目は点になる。もっとこう、重大な事実とかを突きつけられると思ったのに。マーズも驚いたのか口が開いている。


「海賊っていうのは中々暇でな……性欲ばっかり溜まる。それでなんやかんやあって俺は……男が好きになっていた」


 一番説明しなきゃいけないところが抜け落ちている気もするが、直後にポセイドが俺を見つめてきたので口ごたえはできなかった。


「マーズ、お前の見ている前で……コスモを奪ってやる!」


 本気の目だった。いつもマーズがお遊びで向けてくる視線とは違う。ポセイドは本気で俺をマーズから引き離そうとしている。

 サーベルの先端を首に突きつけられ、少しの出血。【ワイルド・ファング】は使わなかった。抵抗したとみなされそうだからだ。


「……まあ今はいい。後のお楽しみだ。さ、ついてこい!」




 相変わらず人の気配の無い大通りを歩く。いつもは賑わっているが、この世界に俺達四人しかいないように思えてしまう。


「……なんで俺の【仮面】の力を知ってた?」


 マーズが口を開く。確かに俺も気になっていたところではある。色の能力は俺とマーズのように親密な関係でなければ口外しない。それが抑止力にもなり得るからだ。

 能力は前任者から教えてもらう事がほとんどだが、俺は親父からだった。ちなみに名前は自分で考える。


「本物の俺はマーズの様子を隠れて見てたんだよ! 運が良かったぜ? 事がトリガーだって自分から説明してくれるなんてな!?」


 前を歩く本体のポセイドは俺達二人の方を振り向く事なく、嬉しそうに喋っている。ロディが人質に取られてさえいなければ、すぐにでも顔面を蹴り飛ばしたいくらいだ。




 *




「さ~てそろそろ連絡通路だな……?」


 引き続きロディを人質に取っていた分身のポセイドが話す。ロディの首にサーベルを近づけながら通路の方を向いた途端、本体と分身、二人のポセイドの顔色は悪い意味で変わった。


「な……誰だお前!?」


 俺達も釣られて通路へと注目する。そこには……期待通りの人間が通路入口の正面に居座っていた。



「“狂機神将”のプルート。だよ、僕は……。昨日の夜にコスモから呼ばれて……眠いんだけど」



 気だるい表情で自己紹介を済ましたその青年は、右目に覆い被さる程に長い灰色の前髪を整えていた。しかし後ろ髪の首にかかる部分だけ紫色をしている。彼の服装は機械的で肩から腕、膝裏からかかとまで、体の動きを補助するパーツが取り付けられている。黒色の上着に食い込んで少し心配になるほど。


「丁度良い! お前の色も貰おうか!? もう一人の俺、ちょっと代われ!」


 もう一人の自分自身とポジションを交代し、ロディの頭にサーベルの先端を向け、プルートへと近づいていく本体のポセイド。だがプルートの能力を警戒していない時点で……俺達の勝ちだ。


「その子を返してもらおう」


 プルートが右手の掌をロディへと向ける。するとロディの胴体部分を中心に体が浮き上がり、ポセイドのサーベルごとプルートの方へとあっという間に引き寄せられた。


『「なにっ!?」』


 本体と分身のポセイド、両方が驚愕した瞬間。チャンスは今しかない。


「今だよ、二人とも」

「ああ!」

「……わかってる」


 マーズは不満そうな声を漏らしたが、俺とのスタートダッシュはほぼ同時だった。前方に立つポセイド二人は、右が分身。左が本体。もちろん俺は分身へと突撃する。


「くっ……てめぇ!」


 サーベルも奪い取られたため、分身のポセイドは素手で俺に握り拳を振り下ろしてきていた。それを俺は……両手で受け止めた。


「……」


 すると途端に分身のポセイドの動きが止まった。いや、俺が止めた。


「賭けは……成功した! 言葉も流暢にこなす分身だから生きていると思っていたが……。【ワイルド・ファング】、お前の判定だと、こいつに生命は無いって事か」


 俺自身はこの分身をと感じていたが、一か八かの賭けをしてみたんだ。本当に、この能力の線引きが分からない。


「こっちも早々に終わったぞ」


 左を見ると、マーズを見つめたまま微動だにしないポセイドがチェーンを巻き付けられていた。


「焦って俺を見てしまった、というわけか。気持ちは分からんでもない」


 マーズはポセイドの襟元を掴み顔を近づけた後、プルートの方に力強く投げ飛ばした。


「おっと……! この子もいるんだから、もうちょっと加減っていうものは?」


 プルートは細い腕だったが、補助パーツのおかげで簡単に大人の体を受け止めていた。

 相変わらずこの二人の仲は悪いらしい。あの作戦の件は……二人とも悪意は無かったんだがな。どちらかというと、プルートの方に非はあったか。


「あ、ありがと……プ、プルート?」


 ロディは目の前にいる初対面の青年に対して礼を言うと、プルートは何も言わずポセイドを地面に落とし、ロディの頭を撫でた。わしゃわしゃと髪をいじられる彼の顔を見るに、悪い気は無さそうだ。




 *




「お、おい……!」


 ポセイドの船を使いそのまま『カロン』というコロニーにある刑務所へと連行しようとしていた時、マーズの【仮面】の効果が切れたようだった。しかしチェーンも巻かれている。この場からは逃げ出せないだろう。


「あの……ユニとかいう奴を……置いていくのか? 死んだ仲間を……弔ったりしないのか?」


 意外な言葉が飛び込んできた。こいつには人の情というものは無さそうだったのに。


「……俺、あの時ユニの胸に手を触れただろ?」

「……ハッ! まさかあの時!?」

「ああ、【ワイルド・ファング】でユニの身体の機械の部分、そこの時間だけ止めた。あいつは死んでなんかいない。今頃、マーズの家でプルートが修理してるぜ」

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