EPISODE 2 『仕組まれた戦闘』

Poseidon



 一夜が明けると、ポセイドがこのコロニーに来訪するという知らせが広がっていたようで、人の気配は全くと言っていいほど無かった。避難はギャラクの指示、だという事もあるだろうけど。


「寝てる間に親父から連絡があった。マーズと手を組んでポセイドを撃退しろ……だとよ」

「流石の宇宙海賊でも、コロニーを覆う外壁を突破する事はできない。昨日寝る前に言ったように、律儀に連絡通路から来た所を叩くぞ」


 昨日に僕達も利用した通路の方へ歩いて向かう。連絡通路の中には宇宙船用の出入口もあるようで、マーズの口から聞かされて初めて知った。


「でもさ、ボクとユニは二人に着いていく必要ってあるの? ただの足でまといになるんじゃ……?」


 僕もそう思う。半人造人間だから普通の人間よりかは運動性能は高いだろうけど、色の力を持った十三神将に対抗できるとは思えない。


「そこん所は大丈夫だ! 俺達に協力してくれてる十三神将の一人……『灰色』で“狂機神将”のプルートって男にな、人造人間か半人造人間にしか使えない武器を作ってもらったんだよ。ほら」


 そう言ってコスモに手渡されたものは、小さいスティック状の物体。色は灰色で、僕の手のひらにすっぽりと収まるくらいの大きさだ。


「そいつは『カプセル』ってやつだ。他にも、色の力を持ってる証明としての役割があるカプセルもあってな……俺のがこれだ」


 するとコスモはピンク色のカプセルを僕に見せてきた。主にクリアパーツで造られており、カプセルの真ん中に濃いピンク色の棒が見える。


「俺が渡したそのカプセル、体の機械の部分に押し当ててみろよ?」

「あ、うん……」


 何が起こるか分からないまま、言われた通りに自身の右頬にカプセルを押し当てる。するとカプセルは瞬時に膨張し、細く長いロッドへと姿を変えた。


「うわぁ……おっきい」


 しかし重さはそれほどでもなく、カプセルの状態とほとんど変わらない。左を見るとロディは首にカプセルを押し当てていた。


「わっ! びっくりしたぁ。変に軽いし……」

「そのロッドの両端からはエネルギー弾も発射する事ができる。殺さない程度のな」


 見たところカプセルの両端には何も無いが、コスモの言う事を僕は信じた。




 僕達四人は建物の陰に隠れ、連絡通路の方を見る。そこにはポセイド海賊団の船員らしき男達が辺りを警戒するようにウロチョロしている。二十人くらいはいるように見えた。


「今確認できてるだけでもあれだけの数か……。俺の『赤色』はポセイドの『青色』とは相性が悪い。俺とユニとロディの三人で雑魚どもを倒し、ポセイドが現れたらコスモ、お前が突っ込め」


 マーズは顔を引っ込め、僕達三人の方を向いて言った。まだマーズの戦闘は見ていないけれど、恐らく炎を操るのだろう。


「……そんな簡単にポセイドが現れるのか?」

「きっと来るさ。あいつは品のない軟弱者だからな」


 マーズの言い分の意味が分からなかったが、ギャラクからの指示でもある。ここで成果を出して人々を助けられれば、民衆の人造人間への印象も良くなるはずだ。




 *




「人っ子一人いねぇ……俺たちが来ることを予測していたのか? まあ、これで金目のモンも気楽に盗めるぜ!」


 連絡通路の正面、船員の一人が歓喜の声を上げたが、直後彼の目の前に真っ赤な炎の渦が現れた。


「なっなんだぁ!?」

「まさかこいつ、ポセイド船長が言っていた……!!」


 炎の渦は周りに立ち尽くしていた船員約二十名を吹き飛ばし建物の壁へと打ち付ける。少し離れていた一人の船員は少し後ずさりしただけで済んだが、彼の目に映った人影は燃ゆる炎も合わさり巨大だ。


「“烈火神将”のマーズ……これより、ポセイドとその手下どもを殲滅する」


 その言葉と同時にマーズの手のひらに握られていたカプセルに炎が集まる。それは徐々に肥大を始め、ちょうどマーズの頭部と同じ大きさになった。

 一人立ちすくむ船員は何もできなかった。いや、何も。これがマーズの能力。


「俺を……その時点で、お前に勝ち目は無い」


 マーズの能力。それは対象がマーズを見つめた後、対象に見つめられた事をマーズ自身が認識すると……対象はマーズに対する敵意を含んだ行動を、取れなくなる。


「これが俺の……【仮面】だ。喰らえ……『神炎しんえん』マスクド・ボルケーノ!」


 親切に自身の能力を説明したマーズだったが、もちろん船員は誰一人として動けない。彼の右手に集められた炎の集合体は、正面へ飛ばされたかと思うと一気に広がり、船員達を瞬く間に包み込んだ。

 しかし、マーズの背後に吹き飛ばされた船員の一人が彼の背中を狙う。上着の内ポケットから拳銃をおもむろに取り出した。


「……くたばれ!!」


 エネルギー弾を発射する銃は連絡通路付近にあるセンサー等に引っかかってしまうが、この時代となっては珍しい実銃はそれに該当しない。宇宙海賊や反社会的勢力の人間は実銃を好んで扱っている。


「させない……!」


 先程から建物の陰に隠れ続けていたロディがロッドを両手に握りながら飛び出した。その先から放たれたエネルギー弾は銃弾の五倍以上の大きさがある。銃弾は光球に呑まれると瞬く間に勢いを無くし、地面を転がっていった。


「今だよユニ!」


 ロディの合図と同時にユニも飛び出し、銃を放った船員に鉄のチェーンを投げつける。チェーンは船員の体に自動的に巻き付き、身動きを不可能にした。


「こんな物も作れるなんて……プルートって人、相当頭良さそう」


 振り向くとロディとマーズが残りの船員もチェーンで縛り付けていた。彼らはマーズを見つめてしまっていたせいで動けなかったようだが、驚きのあまり腰を抜かしてしまったとユニは推測する。


「いや、これは『灰色』の力……プルートはそれを利用しているだけだ」




 *




「お前が『青色』の……ポセイドだな?」


 マーズの屋敷の門の前にて、俺は目標の人物への敵意を剥き出しにしていた。


 その人物。青色の髪は耳元から首にかけて刈り上げされており、全体的に左に流れている。前髪が少し左目にかかっていたものの、妖しい眼光は確認できる。灰と黒を基調としたボロボロの服は見ているものを不安にさせる。


「そうだ……俺が『青色』で“蒼水神将”のポセイドだ。お前は『ピンク色』で“真刻神将”のコスモっつったな? 会うのはこれが初めてか!」


 親切に名乗ったポセイドはまるで友達感覚で話しかけてきた。同時に青いカプセルを右手に掴んでいる事も確認できた。不気味な笑顔は崩れることが無く、警戒心を掻き立てられる。


「なんでマーズの家を狙う?」


 俺は単刀直入に疑問を問う。もし『人造人間保護派』の本拠地がここにあると知られてしまってはまずい。宇宙海賊の言葉を信じる者は少ないだろうが、疑いをかけられては民衆からの支持なんて集められない。

 ちなみに親父には俺が『人造人間保護派』を立ち上げた事を知らせたが、本拠地がここにあるとは話していない。


「……別に、ここがすっげぇ金持ちそうな家だったからだよ! それとも何か……隠してるのか?」


 するとポセイドの笑顔が突然消えた。同時に彼の背中に携えていた銀色のサーベルがこちらに向けられる。光り輝く先端は美しく、同時に殺意もあった。


「隠していてもそうでなくても、お前をここで止める事に変わりはない!」

「へぇ、その反応……何か隠してるなぁ!?」


 レンガが敷き詰められた地面をポセイドは蹴り、俺の頭部へとサーベルの先端を突きつけてきた。俺は体を右に倒す事でそれを避け、プルートから貰ったチェーンでポセイドを縛り付ける……はずだった。


「甘いんだよぉ! 『神水しんすい』アバター・スプラッシュを喰らえ!」

「なにっ!?」


 しかしサーベルの先端から四つに別れた水のチェーンが放たれ、俺の四肢を瞬時に縛り屋敷の門に磔の状態にされてしまった。


「くっ……」


 両手を動かそうとしたが水のチェーンはきつく、無様に震えさせる事しかできない。そんな俺を見下すように歩いてくるポセイド。


「あっけないねぇ……俺の水は常時動き続け締め付けを強くしている! 切断、してやるよ」


 ポセイドが俺の右手に触れ、水の勢いを強めようとした瞬間。今しかない、この状況を覆すには!


「……っ!!」


 四肢に神経を集中させると、水のチェーンは瞬く間に外れて消えた。突然の事で動揺しているポセイドの腹部目掛けて、俺は全力の右足キックを撃ち込んだ。


「ぐああっ!! な、何故だ!? 何故水のチェーンを……!?」


「俺の力、知らずに近づくなんて迂闊すぎるぜ? 俺の能力は……“俺の素肌に触れた生命の無い物の時間を止める”能力。これが【ワイルド・ファング】だ!」


 水のチェーンは常時動き続けていなければ、ただの水同然。そして【ワイルド・ファング】で時間を止められるのは最長で10分程度……。止めた対象が抵抗とかしてきた場合は、もっと短くなるが。

 ユニと初めて会った時に襲われた時も、ナイフが俺の肌に触れた瞬間に能力を発動させた。


「く、くそっ!」


 俺は今度こそポセイドの体にチェーンを巻くことに成功した。悔しそうな表情を俺に向けてきたが、何の感情も浮かばなかった。


「さあ、刑務所で罪を償うんだな」


 そんなセリフを吐いてポセイドを連行しようとしていた時だった。視界の右端から、三人の人影が入ってくる。マーズ、ユニ、ロディだ。


「コスモ! 終わったの?」


 ロディの声も耳に入ってきた。三人の方を向き、自身の無事と目標の確保の成功を伝える。


「あぁ。さっさとこいつを連れてこうぜ」


 そう言ってチェーンを掴み、持ち上げようとした瞬間。



 バシャッ────



 水が落ちる音だけが響いた。大人の男性を持ち上げようとしていた俺の体はバランスを崩しかける。ポセイドがいたはずの場所を急いで確認したが、そこには……水溜まりしか無かった。


「……っ! お前ら────」


 三人の危険を感じ、焦って忠告の言葉を放ったが……既に、遅かった。


「……あっ」


 俺の目に飛び込んできたのは、胸をサーベルで背後から貫かれたユニだった。ネジやコード等の部品が地面に悲しくこぼれ落ちる。

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