Domination
マーズのおかげでロディをなんとか宥める事に成功した後、マーズとコスモは街に買い出しに行った。その間、僕の壊れかけのパーツをロディに治してもらうという算段だ。
「……へぇ、十三神将になれってコスモに言われたんだ」
襲いかかってきた人物と二人きり、というのには不安があったが、いざ修理してもらっているとそんなものはいつの間にか消えていた。
マーズはこのコロニーの長のようなもので、莫大な資産と信用を持ち合わせているという。おかげで最新の修理パーツが揃っている。ソファに背中を預けながらでも、ロディの手際が良いおかげで修理はスムーズに進んだ。
「ボクがコスモと初めて会った時も……こうやって修理されたっけ。今度はボクが修理する側かぁ……」
ロディの小さな独り言だったが、僕と共通点はある。二人とも、コスモに助けられたという共通点が。
僕の後頭部のパーツをロディが修復していると、男性にしては少し長い彼の金髪が、僕の顔にかかってすこし痒い。ロディの外見は髪型のおかげで女性に見えてしまう。
「ん……ちょっとかゆい」
「あっごめんね! これで修理は終わるから、ちょっと我慢してて……」
その言葉通り、十秒程度で後頭部の修復は完了した。すると突然、ロディは絞り出すような声で話し始めた。
「……ボクはさ、コスモと同じような後天的な半人造人間なんだ。なんでこうなったかはあんまり話したくないんだけど、ユニの思い出とか……聞いてもいい?」
僕の頭の真上から、覗き込むようにしてロディが僕の視界に入ってきた。僕はそれに呼応するように真上に顔を向け、見つめ合いながら口を開く。
「……うんいいよ。僕は……あれ? 僕は、いつ生まれたんだっけ。全然、思い出せない……!?」
「もしかして、パーツが壊れてたから……記憶も同じように壊れちゃってたのかな?」
人造人間や半人造人間の仲間が燃料を確保できずに死んでいく事や、ギャラクによる迫害の事は覚えている。でもそれ以外には、何も思い出せなかった。
「……そうかもしれない。ごめん、何も話せなくって。思い出したら、話すからさ」
「あっこっちこそごめんね! 記憶が壊れてるなんて、僕も気づいてなかったし。うーん……でも見たところ異常は無いんだよね、不思議。頭と胸だけ機械って所も」
ますます自分がなんなのか、分からなくなる。自分を助けてくれたコスモの事だけを思い出すと、なんとか思考を正常に保てた。
「さっき話したくなかったって言ったけど……やっぱり話すよ、ボクの過去」
するとロディは僕の右隣に座り、僕と同じ目線で語り始めた。彼の背丈は僕とほほ同じで、150cmほどだろうか。
「ボクはね……元々は人間の女の子だったんだ」
唐突に言い放たれた衝撃の告白に、僕は言葉も出なかった。確かに綺麗な顔をしているとは思ったけど、まさか本当に女の子だったなんて。
「やっぱり驚く? まあ、胸とかは男用パーツにしてあるしね……。あと、これコスモとおそろいのシャツ!」
ロディは薄い白シャツの襟を自分でつまみ、胸の部分を僕に見えるようにしてきた。男用の銀色の無機質なパーツでも、してはいけない事をしてしまっているようで背徳感が芽生えてきた。
「う、うん……驚いた」
「ちょっと、見過ぎだよ……」
見せてきたのはそっちじゃないか、と口走りそうになったがなんとか抑える。きっとロディにも何か事情があるのだろう。真剣に話を聞かなくては。
「えっと、半人造人間になった理由だけどさ……ボク、人間の時に、色々と乱暴されちゃったんだよ。だから男の体になって、襲われるのを防止しようって考えに至ったの」
「え……加害者と同類の身体になる事に、違和感は無かったの?」
咄嗟に出た疑問をそのまま口に出す。でも、この問いは偏見が過ぎるんじゃないかと直後に自分で感じた。
「また被害に合うんじゃないかって思いの方が強かったんだよ……! パパとママから貰った体を変えるのには少し、抵抗はあったけど……。それにまた襲われた時、男の半人造人間だって言えば、大丈夫でしょ?」
「いや……僕はそうは思わないよ。だってロディはここに来るまでに見かけた女性よりも可愛いし……僕が加害者だとしたら、ロディが男の半人造人間だとしても構わないって思える」
顔を近づけて言った。するとロディは突然顔を赤らめ、目をそらす。ここでようやく僕は大変な事を言ってしまったと自覚した。
「あ、ごめん。変な事言っちゃって……。は、離れるから……!」
ソファから離れようと立ち上がったが、同時に足のバランスを崩してしまい倒れ込む。その先にはもちろんロディが。
「ひひゃっ!」
まるで女の子のような悲鳴を上げたロディ。僕はこの一時間ほどの間に三回も、同性と抱擁してしまった。
「……ごめん、前言撤回する。離れたくない」
「ええっ!? で、でも……案外悪くないかも」
ロディの抱き心地は良く、彼の首に僕の頭が位置していた。ロディの両手が僕の背中に乗せられ、僅かな温かみを感じる。
「しばらく、こうしていたい……」
そう僕が甘えた態度を見せた瞬間だった。部屋の入口から二人分の足音が聞こえた。
「たっだいま〜! 今日はパスタでも食べ……えっロディ? ユニ? 何してんだ……?」
通路から現れたコスモとマーズ。コスモは先程のロディと似たような驚愕の表情。しかしマーズは薄ら笑いを浮かべている。
「ははーんなるほど……。二人ともコスモの事が寂しくって慰めあってたのか。それじゃあその二人の前で……」
するとマーズはコスモの右肩を掴み、通路の壁に背中を押し付けた。直後マーズの右手が壁に張り付き、所謂「壁ドン」の状態となる。
「見せつけようぜ?」
「……ちょ、それは…………」
「なんて、冗談だ」
マーズはコスモと壁から離れ、何事も無かったかのように、僕達の向かいにあるソファに座った。コスモはほっとため息をつき、茶色のトートバッグと共にキッチンへと足を運ぶ。
「……いい加減、抱きつくのをやめたらどうだ?」
マーズに注意され、僕とロディはそそくさと体を起こしソファにもたれかかる。だがお互いの事が気になりチラチラと見つめ合ってしまう。
「全く……だらしない男ばかりだ。まあ、嫌いじゃあないが」
気まずい時間が続いたが、コスモが四人分のパスタを作ってくれた事でそれは終わった。
マーズはナポリタン、ロディはカルボナーラ、コスモはペペロンチーノ、僕は明太子スパゲティだ。
「今日は食後のミルクレープはやめておこう……」
どうやらコスモの好物はミルクレープらしい。僕は今まで食べた事は……多分無い。
「そういえばさ、パスタとスパゲティの違いってなんなんだろう?」
僕はフォークを手に取って疑問を他の三人に撒き散らす。するとマーズが真っ先に答えを返してくれた。
「別に、スパゲティはパスタの種類の一つってだけだ」
「へぇ、そうなんですか……」
「ユニも一応人造人間なのに、あんまり知識は多くないんだ?」
ロディに小馬鹿にされたように感じたが、彼に悪意は無いのだろう。それが一番厄介な気もするが。
「……明日、十三神将の『青色』……“蒼水神将”だったポセイドを弾劾しようと思ってる」
突然コスモが話を始めたものだから、喉を通ろうとしていた麺が逆流しそうになった。
「今度は弾劾?」
「ああ、ポセイドは十三神将の癖に宇宙海賊でな……盗みやら破壊行為を繰り返してる。いつかしてやろうと思ってたんだ」
「あいつも所詮……色の力に溺れてしまった軟弱者。そういった点じゃ、まだギャラクの方がマシだって思うな」
どういう事なのか質問しようと思ったが、それはロディのおかげで解決される事となる。
「確かポセイドって、最初はちゃんと十三神将として活動してたんだよね。でも、いつからか宇宙海賊になってしまって……今や指名手配中」
ギャラクは人造人間よりも、まずはこんな薄汚い人間の方をどうにかしたらいいんじゃないかと思う。同族の管理をする方が先だろう。
「ちょうど明日、ポセイドの船がこのコロニーに来る。今までの燃料補給のタイミングを見るに、間違いない。ここで俺達が迎え撃ち、『青色』を解放しよう……!」
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