幸いの種
万之葉 文郁
幸いの種
学校を卒業し社会人までもう少しの春休み。
僕は人に会うべく駅前のカフェに向かっていた。
その店はパンケーキが有名らしく、相手がこの間いろいろ世話してやったでしょとのたまい、僕がごちそうしてやることになっていた。
人の少ない高架下を歩いていると、道沿いにある雀荘の扉が開いて声が掛かる。
坊主頭にサングラスのいかにも…な男が出て来た。
「おぉ、オージロー出掛けるのか」
男が陽気に言う。
「うん。マサキと会ってくる」
「あぁ。あいつか。なんだかんだで仲良しだなぁ」
そう言って男はニヤニヤする。
「そうやってからかうの止めてよ」
僕が顔をしかめていると、中からもう1人男が出てきた。
「次、龍さんの番っすよ。
って、誰っすかこのガキ」
僕を見下してきた男は前髪を上に撫で付けて固めた、一昔前のヤンキーみたいな頭をしていた。
「あぁ、こいつは俺の弟。今度ウチの表の商売に就くことになってよぉ」
「言い方」
僕は兄を思いっきりにらみ付けた。
ヤンキー頭の男は兄の言葉を聞くなり、ピシッと姿勢を正して、
「お…弟さんだったんですね。
失礼しました!」
と深く頭を下げた。
「いえ…お気遣いなく」
僕は変に焦りながらわたわたと答える。
こんなんだからうちがカタギじゃないって思われちゃうんだよ。
僕は愛想笑いを浮かべ、会釈してその場を去ろうとする。
するとその時、一陣の風が吹き、ヤンキー頭の男が盛大なくしゃみをした。
「ぶぇくしゅん!」
隣にいた兄が汚ねっと言いながら顔をしかめる。
「すんません。
ってか、すごい花粉が飛んでますね。
道路中が白く埃ってますぜ」
周りを見回すが、特に何ともなっていない。
「花粉症のヤツには花粉が見えるのか?」
僕と兄とは首を傾げた。
***
再び駅に向かって歩いていると、今度は羊みたいなふわふわな服を着た男の子が道の真ん中でくるくる回っていた。
「こんなところで回ってたら危ないよ」
僕が声を掛けると男の子は回るのを止めてこちらを見た。
「ぼく、おかあさんなの。
たねを いっぱい とどけるよ。」
「?」
男の子は両手を広げてまた回りだした。
男の子の周りに白い綿みたいなものが出てきた。
もくもく もくもく。
僕はしばらく見ていたが、ハッと気がついて再び注意する。
「だから、ここじゃ危ないって。
それにこんな所じゃ人に届かないし」
それを聞くと、男の子は涙目になり、
「ここじゃ、ダメなの?」
と泣きそうな声で言う。
僕は、ひとしきり考えてから、良いところに連れていってあげると、手を差し出した。
***
「わぁ、ここだと たねがいっぱい とどけられるよ」
連れてきたのは駅前にあるデパートの屋上。
男の子はその真ん中まで走って行くと、早速くるくる回り始めた。
白い綿毛みたいなものが風に乗って遠くに飛んで行く。
「ふふっ。いっぱい いっぱい とんでけぇ」
男の子はひとしきり種を飛ばし終えると、屋上の端の柵にもたれ掛かっていた僕の方にやって来た。
「ありがとう。おにいちゃん」
笑顔いっぱいで言う。
「どういたしまして」
僕も笑って答えた。
「おれいに おにいちゃんにも あげる」
と両手でふわふわの丸い綿のようなものを差し出す。
僕も手を差し出すと、そのふわふわは僕に吸い込まれるように消えた。
「ほんとうに ありがとう」
次の瞬間、男の子も空に消えた。
僕はしばらく白いものが舞う空を眺めていた。
***
「で、それが1時間の遅刻の理由?」
カフェではクリーム盛り盛りのパンケーキをすっかりたいらげたマサキが不機嫌な顔で待っていた。
「女の子をこんなに待たせるだなんて、この男は」
僕はごめんと謝ってメニューを差し出す。
「もっと何か頼みなよ」
――マサキの前に顔が隠れるくらい大きなパフェがやってきた。
まだ、こんなに食べられるんだ…
僕が若干引いたことも気にせず、
「で、結局それって何なの?」
パフェをスプーンですくって次々と口に入れながらマサキが尋ねる。
僕は知っていることを話してやる。
僕は家業の関係でああいうのにちょっと詳しい。
ちなみに家は寺である。決してヤクザな事務所ではない。
「あれは、ケセランパサランっていう不思議生物の仲間だよ。
春先にああやって種を飛ばして、人に寄生させ成長させる」
「男の子がお母さん?」
マサキが不思議そうに首を傾げる。
「元が小さいからね。人の形になるときは子どもサイズなんだよ。もともと性別はないから、たまたま象ったのが男の子だっただけだと思う」
「ふぅん。で、寄生されて人への影響はないの?」
「多少、免疫力は落ちるかな。花粉症になる人が増えるかも。」
「えっ、それって困るじゃん」
マサキが口を尖らせる。
それだけでもないよと僕は笑う。
「小さいから影響は少ないし、彼らは宿主の笑顔が好きだからね。
だから、憑りつくと幸運を運んでくれるともいわれている」
成長したら勝手にどこかに行ってくれるしねと付け加える。
それを聞くとマサキは目を輝かせた。
「それ良い。私にも来ないかなぁ」
現金だなぁと僕は思いながら、おいしそうに幸せそうにパフェを食べている彼女の顔を、何かくすぐったいような気持ちで見ていた。
幸いの種 万之葉 文郁 @kaorufumi
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