第5話
やってしまった。
いつもより早い到着。
ラストオーダーに余裕で間に合う時間だと言うのに、その扉を開くのに躊躇してしまう。
もとから酒に強い訳では無かった。
弱い訳でもないが、酔って醜態を晒すなんて事も
皆無だった筈なのに、
あの日、裕太に出されたワインを呑みながら、
キッチンで立ち働く裕太を見ながら、
洋平を思い出し、
いつもだったら淋しい気持ちでいっぱいになるのに、あの日はどこか心地よく、幸せな気持ちになって気づいたら寝てた。
裕太に起こされるまで、幸せの中に居て、
本当に悪い事をした。
今日はそのお詫びも兼ねて、
ちゃんと裕太に謝らないと…と思って来たのに、
大の大人が醜態を晒した事への羞恥心でやはり気が重い。
それでも‼️と重い扉をえいっ!と開けると、
いつもと変わらない、元気な笑顔で裕太がそこに居た。
あ、速水さん。
いらっしゃい〜。
今日は早いね〜。
いつもの様にカウンターへどうぞ。と
促されながら、座るまえに深々と頭を下げる。
相川さん、
この前はすみませんでした。
仕込みの邪魔をしてしまって、ご迷惑をおかけしました。
すると、下げた頭の上からでも分かる、
裕太の慌てた様子が伺える。
え?え?
ちょっ、速水さん、そんな仰々しく謝らなくて
大丈夫なんで。
座って。座ってよ。
今日もオムハヤシで良い❓
いつもと変わらないテンションで笑い掛けてくれる裕太に湊は少し安堵して、
厨房が良く見えるいつもカウンター席に腰をおろす。
食後の珈琲が空になる頃、
ラストオーダーを迎え閉店を待つばかりになった店内の客は湊を含めて2組だ。
速水さん、今日はこの後時間平気❓
空になった珈琲カップを目にした裕太が何気ない様子で声を掛ける。
いつもより早く入店出来て、今日は営業時間内にちゃんと席を立つ用意をしていた湊は、
裕太の問いかけに驚いた表情を隠せない。
速水さんに、今日も仕込みの間付き合って
貰えると嬉しいんだけど…。
屈託なく笑う裕太が、
グラスに注いだワインをサービスと差し出した。
え?でも、俺この前迷惑かけちゃって…。
出されたワインを受け取っていいのか悩んでる湊に裕太が口を開く。
速水さんって、下の名前 みなとじゃなくて、
そう って読むの❓
突然の質問に❓が浮かぶ。
質問の意図がわからないまま、
肯定の意味を込めて、首を縦に振った。
やっぱり。
じゃ、速水さんが湊くんなんだ。
反射、ビックリとドッキリと入り混じった表情で、湊は裕太を正面から見返した。
速水さんが、
洋ちゃんの湊くんなんでしょ❓
柔らかく笑う裕太が、
この後、少し時間頂戴。
ともう一度囁いた。
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