第4話


その人が来るのはいつも閉店間際。

下町の小さな商店街にある洋食屋。

ラストオーダー20:15、21:00閉店。

ファミレスが乱立している昨今、いささか早い閉店時間かもしれないが、

小さな商店街だ。

ちょっと、雑誌に載って人気になったからって、

そこまで人が押し寄せる程じゃない。

ま、ランチは行列が出来るようになったし、

夜も遠方のお客さんはちゃんと予約をしてくれるし、今のままの営業時間で問題ない。と思ってはいるんだけどね〜……


まだ、大丈夫ですか⁉️


店内の客にラストオーダーの伺いをたてて、

今日も平穏に閉店を迎えようとしている20:15ジャスト。

開かれた扉から顔を出したのは、

どこぞの俳優ですか?と疑うイケメン。


速水さん、いらっしゃい。


カウンターでいい?と迎え入れて、お冷やとお絞りを差し出す。


相川さん、いつもギリギリですみません💦

あ、あのオムハヤシをお願いします。

食後に珈琲も。


良く響く低音ボイスで速水と云う、

イケメン編集者はいつものオーダーをする。

ひょんな事からうちに通い始めてくれた速水さんは、雑誌の編集者でその仕事柄帰りはかなり不規則らしい。

夜の来店はいつも閉店ギリギリ。

たまに、ランチやアイドルタイムにも顔を出してくれる。

そして、8割型オムハヤシをオーダー。

気に入ってくれはのは嬉しいけど、速水さんとこの雑誌に掲載されたうちの看板は初代オーナーが考案したナポリタンなんだけどな〜と現オーナーの相川裕太は思うのである。

ま、確かにオムハヤシはバジルを効かせたバターライスで他の店には無いし、密かな人気メニューではあるけれども…。


いつも美味しそうに、でもどこか淋しそうに、

裕太の作ったオムハヤシを食べる速水が気になってしょうがない。


はい、ブレンド。


食後の珈琲を速水に提供する時間には店内に客の姿は無くなっていた。

接客担当のアルバイトには、先に上がって貰ったので店内は裕太と速水の2人きりだ。


すみません、俺が来なかったら相川さんも早く上がれたのに…。


申し訳なさそうに謝る速水に、


あぁ、大丈夫。

俺はこれから明日の仕込みとかあるから、

まだ全然店いるし、

だから、速水さんもゆっくりしてっていいよ〜。


何度か来店してもらううちにすっかりタメ口で話すようになった。

もとから敬語とかかしこまった事が苦手で、

昔からの常連さんに、裕太は洋食屋じゃなくて、

定食屋のノリだな〜と笑われる事もしばしば。

そんな、裕太のキャラを可愛がって雑誌に載って人気になったこの店を時間をずらして顔をだしてくれる常連さんたちばかりだ。

離れてかないでくれてありがたいな。

祖父から受け継いだ店を守ると決めて3年。

時代に合わせて新規を迎えなきゃいけないのも分かってるし、だからといって昔よしみの常連さんを蔑ろにも出来ない。

裕太の人柄あっての現状だ。



速水さんて、呑める人〜❓


洋食屋であるから、多少のアルコールは提供しているこの店で、速水がアルコールをオーダーした事はない。


人と話すのも呑むのも大好きな裕太は何気なく聞いて、


俺、仕込みしながら、嗜んじゃう人なんだけど

時間大丈夫だったら付き合ってよ〜。


と半ば強引にワインを差し出した。


ありがとう。


素直に受け取った速水をみて、裕太はご満悦だ。




店に顔を出すのはいつもギリギリになってしまうな。

時計と睨めっこしながら、商店街の洋食屋を目指す。

なんとか、閉店前に店に滑り込んで、最後の客になる。

現オーナーの相川は洋平とは違って、

人懐っこくて会話上手だ。

静かで穏やかな空気で安心をくれた洋平とは違って、元気を分けてくれるエネルギーに溢れていた。

洋平とは違うのに、でもたまに見せる真剣な表情に洋平の面影を見たりして、胸が熱くなる。


明日の仕込み〜。

ナポリタンソースを作ります!


と宣言してワインを片手に楽しそうに料理する

裕太の中に、あの頃も閉店後の店内で翌日の仕込みをする彼をずっとみていたな。と思い出す。


8年前…。

湊と洋平が付き合って4年目の冬、

洋平は突然の事故でこの世を去った。


あれからこの店には訪れていない。

高齢だったオーナーに洋平以外後継がいるとは思わず、あのまま閉店していてもおかしくないと思っていた。


だからあの時、この店の名前を見つけて、

ここに来て、

裕太に出会って、

あの頃のままのこの店で、

洋平と同じ珈琲で、

ナポリタンで、

オムハヤシで、


湊の止まっていた時間がまた動き出した。


洋食小山の扉を開けた瞬間、

裕太の爽やかな笑顔の中に洋平を見つけた瞬間、


湊は


ただいま。


と、心の中で呟いていた。




ガタンッと音がして、振り向いた裕太は、

カウンターで突っ伏して眠る速水を見つける。


あれ?速水さん?

寝ちゃったの?


傍らのワインボトルは空だ。


速水さぁん、大丈夫❓

疲れてるのかな❓


仕込みはもう少しかかる。

裕太の手が空くまで、このまま寝かせて置くか。


お客さんに提供している、フリースの膝掛けを肩に掛けてあげると、

寝ぼけているのか速水が囁いた。


よ…へい…さん。


え⁉️


上手く聞き取れ無かった裕太が

速水を見ると、

速水の長い睫毛がうっすらと涙に滲んでるのを見つけた。

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