第3話
俺が初めてその店を訪れたのは、
大学2年に進学した春の事。
通学路の商店街にあるその店は、
昔ながらの洋食屋で、女子学生の間では
美味しい💕と名前が上がっているのを小耳に挟んではいたが、店構えと雰囲気から自分から訪れるには、気遅れしてしまっていた。
男子学生が喜びそうな、大盛り店であったり、
激安店もある商店街の中で、その店は洋食と喫茶メニューが中心で落ちいた雰囲気を醸し出していたからだ。
そんな「洋食 小山」に足を踏み入れたのは、
店先にアルバイト募集と書かれた張り紙を見たからだ。
気になっている店のその募集に賄い付きとの記載。
これは!と思い、その店の門を叩いた。
洋食小山 のオーナー代理と自己紹介された男性は、名を小山洋平と言った。
オーナーの息子さんらしい。
普段は2人で切り盛りしている店舗らしいが、
オーナーが還暦を迎えたそうで、それを気に
夜の営業を洋平さんが任される事になったらしい。
夜は比較的のんびりで、そんなに混む事もないから、接客さえしてくれれば大丈夫だよ。
と、もの静かで優しい声の洋平さんは優しく笑った。
30を過ぎても独身の洋平さんは、
洋食店と云うより喫茶店のマスターってのが
似合いそうなのんびりとした空気を漂わせる
優しい人だった。
そして、洋平さんの淹れる珈琲は、
洋平さんの人柄を現したように優しい味がした。
今まで、珈琲にこんな違いがあるとは思わなかった。
俺は、洋食小山と洋平さんとこの店で過ごす時間が穏やかな日々が本当に好きだった。
湊くんは文学部なんだよね〜❓
閉店後の店内で洋平さんに作って貰った賄いを
2人で食べながら、色々な話をした。
日本文学が好きで、将来は出版社に就職したい事。
洋平さんが、この店を手伝う前に大手のホテルグループのイタリアンで腕を磨いた事。
オーナーのお父さんが考案した、
サルサソースを隠し味に使った店の看板メニューのナポリタンに対抗して、
バジルの香るバターライスのスパイシーなオムハヤシを考案した事。
取り止めのない何気ない会話なのに、
洋平さんといる時間はいつも穏やかで、
ゆったりと心地良かった。
そんなある日、
いつもより緊張した様子の洋平さんは、
真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。
湊くん、嫌だったら辞めて貰って全然構わないんだけど、
実は、僕はゲイなんだ。
男性が恋愛の対象なんだよ。
ごめんね。
言って、目を伏せた洋平さんの肩が震えてた。
俺も洋平さんの恋愛対象ですか?
ごめんね。
下を向いたまま、か細い声も震えてた。
その瞬間、何かが弾けた。
謝らないで下さい。
じゃ、俺頑張って良いですか❓
洋平さんに選んで貰える男になれる様に
頑張ってもいい。って事ですよね⁉️
驚いた面持ちで顔を上げた洋平さんの
瞳がうっすらと濡れているのに気付いて、
その場でその人を抱きしめた。
今 分かりました。
自分が洋平さんに抱いてる感情は恋だって。
迷惑ですか❓
胸の中で震えてる洋平さんが
首を振る。
迷惑じゃないけど、
湊くんは俺なんかで本当に良いのかな❓
一回り近くも違うこんなおじさんで…
洋平さんがいいです。
洋平さんが好きです。
ありがとう…。
洋食小山で働き始めて、1年。
大学3年の春に、穏やかで優しい恋を手に入れた。
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