第2話


ノミネート店舗の中にその名前を見つけた瞬間、

時が止まった。


ずっと忘れたくて、忘れたくなくて、

苦しくて、切なくて、

今でも宝物のあの場所。


あれから足が遠のいて久しい。

8年振りだろうか?

あの頃と変わらない、木目の美しい

重厚な扉を押し開けると、

そこには、あの人じゃない青年の姿。


掲載の承諾は、自分が行ってくる。と

半ば強引にその役目を奪い取って訪問に漕ぎ着けた。

行く。と言いながら、迷いと不安が渦巻いて前向きになれない気持ちを抱えたまま、それでも他の誰かにその役目を奪われるのはやはり嫌だという想いで今ここにいる。


差し出した名刺を受け取った現在の店主は、

相川裕太と名乗った。

彼と苗字は違うな…と思うのに、

出会った頃の彼にどこか似ている気がする。


実年齢より若々しくみえる、その店主が、

彼の甥に当たると知るのはまだ先の話だった。


もう1度この店に来たかった。

あの幸せだった時間を想い出したかった。

相川さんは、寡黙だった彼とは違い、

気さくでエネルギッシュだった。

でも、彼の淹れてくれた珈琲があの時と同じ香りで味で…

忘れ掛けてた彼を思い出すには十分だった。


雑誌に掲載されると店は混雑するようになった。

隠れた名店が有名店に早変わりだ。

相川さんも、嬉しい悲鳴💦って忙しそうなのに、

楽しそうにしている。

そして俺は、彼の面影を感じたくて、

店に足繁く通うようになっていた。


創業以来受け継がれてるナポリタン。

変わらないその味や、彼の考案したオムハヤシがそのまま残っている事を知って嬉しくなったり。


あの頃と変わらない空間なのに、

あの時とは違う空気が流れているのに、

それでも、やっぱりこの場所に癒されて、

彼の面影が残る相川さんに逢いに通うようになって、半年が過ぎていた。

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