種をまくということ
海原くらら
いずれは、このさき。
赤茶けた荒れ地の上を、一基のドローンが飛んでいる。
あたりに草木はなく、生き物の姿もない。ただ、くすんだ赤の土と岩がひろがるばかりだ。
周囲は霧が出ていて、ドローンが放つライトの光が乱反射し幻想的な光景を作り出していた。
環境汚染が進み、人類の生存可能な区域は急激に減少している。
技術の進化速度は加速度的だが、それでも地球の破壊速度にまでは追い付けていなかった。
ドローンは複数の回転翼を動作させ、荒れ地の上空で静止した。その胴体下部につけられたカメラがせわしなく動き、荒れ果てた大地を観察している。
カメラの撮影する画像情報が、さまざまな角度から分析されていく。
やがて算出された分析結果は、はるか遠くへと転送されていった。
「地形条件は98%合致、単位時間あたりの環境変化指数は予測範囲内、成長速度予測は……」
情報の転送先、モニターを見つめながら小さくつぶやく白衣の女性。彼女は時おり手元の小型機器に手を伸ばし、すべての指を使ってなぞるように操作する。モニター上の数値が、その操作に反応して大きく変化していった。
女性の背後の扉が開き、トレイを手にした白衣の男性が入ってきた。
「博士。コーヒーをお持ちしました」
男性はトレイに乗ったコーヒーセットをサイドテーブルに置くと、女性の背後に控える。
博士と呼ばれた女性はコーヒーや男性には目を向けず、目の前のモニターに集中していた。
やがてモニター上の数値の変化が少なくなっていき、女性の目が細まる。
「此度の候補地の評価はいかがでしょうか」
「あと数秒で出る。……よし。最終評価は"適合"だ」
「おめでとうございます」
「次フェイズへの移行を承認する。あとはしばらく待ち、だね」
椅子の背もたれに体重をかけた女性博士は、ここでやっとモニターから視線を外し、男性のほうに顔を向けた。
「コーヒー、頂くよ。いつもより砂糖多めでお願い」
「かしこまりました」
「ああ、いや、待った」
コーヒーをカップに注いでいた男性の手が止まる。
「今日は砂糖を自分で入れるよ。そのままちょうだい」
「承知しました」
いぶかしげな顔をしながらも、男性はブラックのコーヒーを博士に手渡す。
博士はコーヒーをモニターの前に置くと、手元の端末を操作した。モニター上に、ドローンの下部につけられたカメラの映像が映し出される。
カメラの前では、ドローンの前方に搭載された散布用ユニットの扉が開こうとしているところだった。
扉の中から、涙のような形をした黒いカプセルが次々と落下していく。
それぞれのカプセルの上から細く白い糸状のものが展開され、落下速度が目に見えて遅くなる。
白い綿毛を生やした黒いカプセルは、まるでタンポポの種のように、風に揺られながら荒れ地に向かって拡散していった。
カプセルはやがて、霧に紛れてカメラのレンズに捉えきれなくなっていく。
その光景に合わせるように、女性博士がコーヒーカップへ砂糖を注ぎ入れた。
黒い水面にばらまかれた白い砂糖は、わずかな光を残して溶け消えてゆく。
「その砂糖とコーヒーは、今回の環境再生種子散布フェイズの隠喩ですか?」
「そんな大層なもんじゃない。ちょっと似てると思ったから、やってみたくなっただけだよ」
博士がスプーンでコーヒーをかき混ぜ、すくいあげる。そこには溶け残ったわずかな砂糖があった。
「これくらい簡単に変化が観測できればいいんだけどね」
「今のところ、明確に観測できるほどの結果はどこも出せていません。先は長いでしょう」
「いやになるよね、まったく」
彼女たちのような、地球環境の再生のために活動する者は少ない。
そして活動に見合った成果は上がらず、光明はいまだ見えてこない。
その孤独で静かな長期戦は、彼女たち自身をも傷つけていた。
「結果の見えない、ただの種まきほどつらいものはないよ。自分が苦労するばかりで、誰もが気にもとめない。種をばらまくだけばらまいて、それが芽吹くかはわからない。それが人を生かすくらい育ったとして、それまでに私たちが生きているかもわからない。たまに、自分がやってることは完全なムダなんじゃないかって思うことがあるよ」
「ムダということはありません。我々が行ったことは、常に我々自身が観測しています。それは我々の知識となって積み重なり、我々の力となっていくのです」
「継続は力なり、ってやつかい?」
「似ていますが、厳密には違うと考えています。惰性のまま継続するのではなく、継続し発展させる意思を持ち続けること。それこそが力なのです」
博士はコーヒーを飲み干すと、空のカップを男性に手渡した。
「君は研究の助手よりも他の道のほうが向いているんじゃないかい? 思想家とか指導者、政治家とか」
「いいえ、これが私のやりたいことなので」
種をまくということ 海原くらら @unabara2020
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