虚実は揃い、白紙が残る 31

 ジリリ、太陽が照り付けていた。

 眼下には発射を控えたロケットが延々果てまで並んでいる。下に敷き詰められた耐火タイルは映像で見た通り水玉模様を大地に描き、受けた日の光を強く反射させてそれぞれの中央に、刃物さながらつややかと光るロケットを立てていた。

 そのひとつが、ふたつが、遠く近くで支えていた発射台をゆう、と倒してゆく。直後に猛烈な白煙は噴き出して、やがて重たげとロケットは地上から尻を浮き上がらせていった。

 次第に加速してゆく姿が空の青に冴える。

 見送れば轟音は遅れて耳へ届いていた。

 吹く風に、おれんじの髪が柔らかと揺れている。

 全てはスクリーンで見るより乾き、巨大で広大だった。神秘さえ感じるほどの存在感が、臨むこちらをちっぽけに変えてゆく。

 港へ到着したのは一昼夜、おれんじがハンドルを握るドゥカティで走りとおした昼過ぎだ。ゴーストタウンから活気が残る生活圏ヘ移動すると、抜けてオイル臭い工業地帯を騒音もろともかすめ、宅配車さえ通らぬ道をなぞった先の、荒野の果てに発射場は広がっていた。

 誰が好んで寄り付くものかと、敷地は囲う塀も途切れがちとなっている。車道も潰えたその中へ引き込まれてゆくのは鉄道だけで、貨物に客車はあらゆる地域から集められた移住者を、その荷物を、一時宿泊所や倉庫へゆるゆる振り分けていた。

 それら施設が発射台の合間にコロニーとなり点在することは事前の調査より知るところだ。しかしながらロケットへ向かう移住者のか弱げな列や、荷を積み下ろしする棚卸ロボットの直線的な動きは初めて目にするものばかりだった。

「夢、見てるみたい」

 そのいずれかへ引き込まれる予定のこの貨物も、だいぶ前から順番を待って引き込み線上で停車を続けている。登ったコンテナの上でサングラス越しの目をそれでも眩しげと細め、おれんじが小さくこぼした。

「今から狩り、するんだ」

 見えないどこかでまたロケットが地鳴りのような音を響かせている。重いその響きごと胸いっぱいに息を吸い込み、おれんじはそうっとまぶたを閉じていった。開いて「ただし」と付け加えてみせる。

「狙うのが現金、ってことだけがやっぱり納得できないんだけれど」

 共に投げよこすぶーたれた視線はもう、お決まりのパターンだ。だからしてそれきりすぐにも大地へ向けなおされていた。なら先ほど聞えた轟音が引き連れてきたものだ。果てからぬるく、風はまた吹き付けておれんじの髪を揺らす。

「生きてるって感じがする」

 浴びたおれんじの横顔は美しい。

「それを俺に言うなよ」

 何しろこちとらぼちぼち終着点なら、苦笑いしか出てこない。

「ありがとう」

 笑んだ瞳が、出会った時と同じにまっすぐこちらをとらえていた。

「まさか」

「だってあたしはこの後も、ずっとここで生きてゆくんだもの。後悔なんかしたくない」

 あっけらかんとしたそれこそが現実で、腫れ物に触る気遣いも、うろたえてこちら以上に騒ぎたてる素振りも見せない。

「クロも、これで良かった?」

 問われて、良いか悪いか、違和感だけをまた過らせた。

「希望はないが」

 だから夢の中で、彼もまた奮闘しているのだろう。

「未来は見つけた」

 いやそれは自身が見せた切なる願いか。

「それをこれから手に入れに行く」

 うん、と強くおれんじがうなずいていた。

 合図に変えて、互いの拳を突き合わせる。ゴリ、と触れあう骨へ託した。

「ゼロ時に」

 離したおれんじが手首を捻って時刻を確かめる。

「ああ。ヴィホッド四三で会おう」

 こちらも上着のポケットからソラマメ形のイヤホンを取り出し片方の耳へねじ込んだ。

「いい、コンテナのロックを解除して以降、あたしは援護できないから忘れないで」

「かつては陸の王者だ。倉庫も退路も、必要なことは覚えた」

 念を押されて余計なお世話、と己が額を指して返せば、片眉を吊り上げたおれんじはその頭をヘルメットへねじ込む。

「今もよ」

 返すきびすでハシゴを伝い降りていった。停められていたドゥカディと一体になればタンクバックからはまぐりが顔を出す。かまわず吹かせ、ついた片足で百八十度。地面をえぐるような方向転換で彼方へと走り去っていった。

 日が高いうちは気兼ねしない。見送ったあと一定の間隔で轟音とどろかせ、打ち上げられ続けるロケットを一人、貨物の上から眺めて過ごす。

 暮れて光が目立ち始めたなら身を覆い、ひしめく貨物に紛れこれからの燃料を胃袋へ流し込んだ。星を目指すロケットは星が瞬く夜だからこそ目指して宇宙へ飛び続け、寒さが身にしみ始めたところで移動を開始する。

 レールをなぞった東北東。目的の倉庫エリアは二キロ先にあった。広大な敷地に点在するエリアの中でも千五百の倉庫が密集する場所で、書庫にも似た造りのその中に狙う博物館のコンテナは八百あまりに分割され納められている。

 中でも「現金」が梱包されているのはコンテナ「二五一」。

 正確に記すなら倉庫ナンバー「一〇三九」。二十段の九十六列にあるコンテナ「二五一」だ。

 途中までを徒歩で、該当エリアへたどり着いたなら発車しつつある貨物へ飛び乗った。貨物は倉庫ナンバー五百番台で一度、最後尾を切り離し、日付が変わるその前に残りを千番台へと送り届ける。

 出迎えて列を成し、倉庫からクモ型の棚卸ロボットが八輪駆動で現れていた。ここで見つかっては元も子もないのだから身を隠す。コンテナを挟んだ反対側へ回り込んだ。

 いよいよだ。運び出されてゆく荷の振動を背で感じながら、逆光目当てで上着を脱ぎ去る。携えてきた小さな荷物をレール脇に捨てた。中にはどうしても残して去れず、持ち運んできた衛生局のルーターも収められていたが、もうおちおち眠っていられるような身の上ではおれなくなるのだから惜しくはない。

 果たしてそこから紡ぎ出される夢にオワリがあるのかどうかを知らない。あるとすれば結末は今、覚めたまま好きに紡げばいいと考える。そもそも自身が自身へ紡いできた物語なのだ。もう手助けはいらないと思えていた。

「倉庫の通信システムから送信中。クロ、聞こえる?」

 やおら片耳からおれんじの声が漏れ出す。

 咄嗟に目で追っていた。

 止めて凝視し、野津川は口をつぐむ。

「あれ、今」

 登山道を登り切ったそこにキャンプ場は広がると、囲うフェンスが茂みの向こうへ潜り込んでゆく辺りだ。文倉も気づいたらしい。見えた人影にピタリ、足を止めていた。

「人だったよね」

 言ってみるが不自然さが拭えない。すでに何日も過ごしている文倉こそ、すんなり流せないナニカを感じている様子だった。

「けど光っていませんでしたよ」

 言うと茂みへ向かって駆け出す。

「待てよフミクラ」 

 追いかける目の前で、文倉が茂みへと飛び込んでいた。おっつけ野津川も、怪しむように中へ顔をのぞかせる。フェンスはといえば、ロッジとその窓際に生える木々の間を奥へ向かい伸びていた。先は炊事場の傍らをかすめ、おそらくやぐらが立つあの広場を囲むのように伸びている。だが遮って、そこにちらちら、交差する光はあった。懐中電灯だと知れるまでごくわずか。その度にぴしゃぴしゃ、水をまく音も微かと聞こえてくる。

 様子に野津川は、思わず文倉と顔を見合わせていた。

 何だろう。

 思いは鮮明と通じ合い、応じて文倉がそうっと奥へ足を踏み出してゆく。野津川も続けば二人の光は広く辺りを照らし、くらも行かないうちのことだった。話し声もかすかと聞こえ始める。声色に覚えがあった。その通りと光景は、やがて己が光の中に浮かび上がってくる。ポリタンクを手にしていた。見学に訪れたとき不躾なインタビューをしかけて動画を回したあの「ムテキ隊」の男女はそこにいた。

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