第48話 ガランティーヌ

「…フレンチ…ですか…?」


2月も末に迫る金曜日の夕方、男はキョトンとした顔で言った。

男の目の前には手を合わせて何かお願いしている様子の課長がいる。


「そう、レシピを教えてくれるだけで良いからさ」

どうやら課長は男に何かのフレンチ料理の作り方を教わりたいらしい。


「別に構いませんが…何でまた?」

男は突然のお願いにその理由を訊ねる。


「来週末に結婚記念日でね。二人で少し洒落たものでも作ろうってなったんだ。普段家内に料理してもらってるけど、おんぶにだっこは嫌だと思ってさ」

そう言えば部長が似たようなことをやっていた、と男は課長の説明を聞いて思い出した。

確か部長の時は娘の誕生日だったはずだ。

夫婦二人で娘に手料理を作り、祝ったという話だ。

なかなか楽しんだ、という話だ。

男はなるほど、と思いつつも、


「ですが私よりも適任がいるじゃないですか」

と同僚の方を向く。

すると同僚は、


「残念!フレンチとか洒落た料理はサッパリでね」

と答える。


「何が残念だ。この間ビーフストロガノフ作ってただろ」

と男が突っ込む。


「あれはロシア料理。フレンチとは違う。手間の掛かり方が段違いだろ」


「そういうものか…まぁ、なら分かりました。どういったものを作りたいんですか?」

と男は課長に訊ねる。


「そうだねぇ。メインじゃなくてもサブで出せるものが良いかな。メインだと難しそうだし、変にチャレンジして家内の邪魔はしたくないし」

と課長。


「難しくないサブの料理ですか…フレンチは大抵手間掛かるものばかりですからね…土日で少し考えてきても良いですか?」

と男は答える。


「やってくれるの?ありがとう!良いよ、じゃ、月曜にね」


「えぇ、では、本件月曜日に最終報告をさせていただきます」

と男は業務連絡のように答え、ちょうど定時になったので職場を後にする。



「…思い浮かばないな。今はまだ暇だろうし、親父に聞いてみるか」

と、男は父親に電話をしてみる。


……

………


「なるほど、あんな料理があるんだな」

電話を終えて男は頷く。


「今日練習して、問題なさそうなら月曜にレシピを教えるか。そうなりゃ早いところ作ってみるか」

そう考えて男はいつものスーパーに入っていく。



スーパーに入った男は、入り口の野菜コーナーで玉ねぎとインゲンマメ、そしてニンジンを手に取る。精肉コーナーへ移動し、鶏の胸肉と挽き肉もカゴに入れる。続いて卵もカゴに入れ、酒類の棚に向かう。しかし、今夜の料理に合わせる酒はどうするか、と物色するがなかなか定まらない。


「フレンチだからワインが良いだろうが…鶏肉だからな。重めの白か軽めの赤か…濃い味付けにするつもりもないから、白で行くか」

と男は白ワインのボトルもカゴに入れて、レジに向かう。


レジでは珍しく気怠げな方のアルバイトの女性が立っていた。


「いらっしゃいませぇ」

前と変わらず、気怠げな声である。

いつもの女性とは打って変わって、のんびりとレジに商品を通していく。

すると、


「胸肉と挽き肉両方買うんすね」

と声をかけた来た。


「ん?えぇ、そうですね。ガランティーヌって料理を作ろうと思いまして、それには両方必要なんです」

と男も答える。


「へぇ、ガランティーヌ…面白そうすね。後でアタシも調べて作ってみます」

とゆっくりと女性は話す。

と、ようやく会計が終わったようだ。


「ええ、そうてすね。難しくなさそうですし、やってみると良いかもですね」

男もそう答えつつ支払いを済ませる。

そのまま家路につく。



家に着き、男はワインを冷蔵庫に入れ、食材を台所に並べる。

【ガランティーヌ】

・鶏胸肉

・鶏挽き肉

・玉ねぎ

・卵

・インゲンマメ

・ニンジン

・塩

・バルサミコ酢

・醤油

・はちみつ


ガランティーヌとは鶏肉や豚肉で詰め物を巻いて加熱した料理のことである。似た料理でバロティーヌというものもあり、冷製、温製などの違いはあるが、料理人によって違いは異なる。

ただどちらも、広げた肉で、挽き肉やムースを巻いて、加熱する、という工程に変わりはない。


まず、内側に詰めるものを用意する。

インゲンマメは筋を取り、ニンジンは皮を剥いて細く切る。それらを熱湯で軽く湯掻く。

玉ねぎ半分をみじん切りにして、フライパンで飴色になるまで炒める。この時、水分が多いと後々詰め物を固くするのが面倒なので、可能な限り水気を飛ばす。

炒めた玉ねぎは鶏挽き肉150gと生卵1つと混ぜる。

卵を入れると詰め物がゆるくなるので、片栗粉を入れ固さを調整する。スプーンですくってデロデロと流れない程度が目安だ。

これで詰め物の準備ができた。


続いて鶏胸肉で巻く。

鶏胸肉は広げると凸凹しているので、両端の盛り上がっている部分を軽く開いて平らにする。

開いた肉を綿棒や肉用ハンマーで軽く叩く。

アルミホイルを敷いて、叩いた肉を皮目を下にして乗せる。更に先程の挽き肉と玉ねぎの詰め物、インゲンマメとニンジンも乗せる。詰め物は乗せすぎると巻いた時に溢れるので控えめに。

アルミホイルごと鶏肉を巻く。キツめに巻かないと後で形が崩れるので注意。そしてアルミホイルの両端を捻って中身が溢れないようにする。

フォークでプスプスとアルミホイルに小さく穴を開け、皮と肉の間の油が出ていくようにする。


そしてフライパンで焼く。

茹でる作り方もあるが、男は焼き色がついた方が香ばしくて旨い、と言う考えの下、焼くことにした。

フライパンにオリーブオイルを敷き、5分毎に焼く箇所を変えながら、合わせて30分ほど焼いていく。

焼き上がったら、皿に取り出し、粗熱を取る。

その間フライパンに残ったオリーブオイルと鶏の油でソースを作る。バルサミコ酢、醤油、はちみつを大さじで1ずつ入れ、混ぜながら熱する。ふつふつとしてきたら火を止める。

粗熱が取れた鶏肉を1~2cmの厚さで輪切りにし、皿に盛り付け、ソースをかけたら、完成だ。


男はガランティーヌとワインとグラスを食卓に並べる。

鶏肉の白にインゲンマメのみどりとニンジンの赤が映えている。

男はそれを眺めながら、ワインを一口飲んだ。


「んぐん…思ったよりドッシリしてるな」

以前飲んだスペインのワインとは打って変わって白ワインなのに深みのある味わいだ。

酸味も強く、これならば肉の味わいにも負けないだろう。

男は続いてガランティーヌも頬張る。


「あぐ…ジュルッ…むぐむぐ…んぐん…あぐ…」

鶏肉から肉汁がジュワリと溢れ出す。

その旨みは口の中を満たし、香りも鼻腔を満たす。

インゲンマメの食感も良いアクセントだ。

更にバルサミコソースも良い味わいを足している。

醤油を足したおかげで若干和食テイストだが、バルサミコ酢の酸味と香りがフランスベッド引き戻す。

男はそこに更にワインを追いかける。


「んぐ…んぐ…んぐ…あぁ…」

鶏とはいえ肉汁とソースの味わいを湛えた肉料理でも押し負けることの無いワインだ。それどころか肉の味わいをしっかりと受け止めて口の中でさらなる旨みとなっていく。

男は堪らずもう一口、と食べ進める。



食後、男はメモを取っていた。

週明けに課長に渡すためのレシピのメモだ。


「良い結婚記念日になると良いですね」

男はそう独り言をしながらメモを書き続けた。

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