第40話後編 フライドターキー
「…よし、やったるぞ」
12月下旬、クリスマス・イブの夕方。
男は職場から出たところで、気合を入れていた。
男は昨日、七面鳥をブライン液に漬け込んでいた。
今日はその七面鳥を使ってフライドターキーを作るのだ。
"フライドターキー"、難しくはないものの、かなり面倒な料理だ。今日も帰宅後、1時間強ほど調理にかかる。肉の解凍から含めると実に5~6日間かかっていることになる。
手間がかかっている。しかも大量に作るのも難しい。男はそういった料理のことを、"豪勢な"料理としている。
「まずは酒だな」
と、男はまず、いつもの酒屋に寄る。
「いらっしゃい。週末じゃないのに来るなんて珍しいね」
女店主が声をかける。
「どうも。まあ、クリスマス・イブですからね。豪勢な料理を作るので、見合った酒が欲しくて」
と男も答える。
「…へぇ、豪勢に…で、何を食べるんだい?」
と女店主が聞く。
「フライドターキーですね」
即座に答える。
「ターキーと来たか…流石に七面鳥は食べたことないからね…味の見当が皆目付かないね」
と女店主も困った表情をする。
「そうですねぇ…肉自体のクセは程々ですね。ただ、ハーブやスパイスを使っているのでそういった香りは強いと思います」
男は淡々と言う。
「…なら白のソーヴィニヨンなんてどうだい?ハーブの風味もあって香りが合うんじゃないかね?あと柑橘の香りもして爽やかさが強いから揚げ物には合うと思うよ」
と女店主が一つのワイン瓶を持ってくる。
店に置いてあるソーヴィニヨン・ブランの中でも少し上等なものだ。
「これは…財布と会議になりますね…」
男も少し気後れする。
「豪勢な料理なんだろ?なら酒も少し位贅沢しなきゃ料理が泣くよ?……なんならサービスでアタシが注いであげようか?」
と女店主が冗談めかして聞いてくる。
男は少し驚きながらも、ふっと笑って、
「あなたみたいにキレイな人に注いでもらえるのは嬉しいですけどね。飯ができるのに時間かかりますから、また今度で。でも、そうですね…せっかくの贅沢ですし、奮発しますか」
と男は答える。
「なんだ、クリスマスに一人酒ってのも寂しいでしょうに。まあ良いか。じゃあこのお酒ね」
と女店主も言い、袋に詰める。
「またの機会に、ですね」
男もさっと会計を済ませる。
「またの機会っていつだろうね。まぁ、アンタと話すのも楽しいからさ、その内二人で飲もうよ」
そう言いながら、女店主は男を見送る。
男はヒラヒラと手を振りながら店を出る。
更に男は、ワインをカバンの中に入れ、近くのスーパーにも寄る。
「えーと、ケイジャンスパイス…」
そう言って男は、スパイスの棚でケイジャンスパイスを探す。しかし、生憎と売り切れだ。
だが、ケイジャンスパイスとは、複数のスパイスを混ぜたものを指す。よって男はチリ、パプリカ、ガーリック、クミン、胡椒の各種パウダーをカゴに入れていく。
また、揚げるための油も大量に必要だ。
何故かこのスーパー、業務用のオリーブオイルもあるので、揚げ油として何リットルか買っていく。
「あとは…付け合せも作るか」
そう考えた男は野菜コーナーでほうれん草もカゴに入れる。
また、乳製品の棚で、牛乳も手に取る。
そのままレジへ。
「あれ?今日もバイトですか?」
レジにいつものバイトの女性がいたので、男は驚いて声をかけた。
「!えぇ、他の子たちの代わりで。ほら、クリスマス・イブじゃないですか。独り者がシフトに入るって言う暗黙の了解でして」
女性も答える。
「なるほど、それは残念。にしても、周りの男性も見る目がないですね。あなたを一人にしておくなんて」
男は気障っぽく返す。
「そんなこと言うなら、あなたが連れ出してくれても良いんですよ?」
と女性も悪戯っぽく問いかける。
「!いや、私はほら、こんなオジサンですし…」
三十路手前の男は女子大生からの予期せぬ一言に慌てる。
「こらこら、お客さん困ってるでしょ。それに今からシフトなんて変えられないよ」
店長が離れたところから声をかける。
「あら、怒られちゃいましたね。すみません、今の話は無しで」
そう言って、男が目をぱちくりしている間にレジに品物を通していく。レジを通し終えたところで、男もハッとして慌てて会計を済ませる。
そのまま、そそくさと家路につく。
家に着き、男は一旦落ち着こうと、料理を始めることにした。
ワインを冷蔵庫に入れて食材を台所に並べ始める。
【フライドターキー】
・七面鳥
・バター
・チリパウダー
・パプリカパウダー
・クミンパウダー
・ガーリックパウダー
・胡椒
・オリーブオイル ※揚げ油
【クリームドスピナッチ(アレンジ多)】
・ほうれん草
・玉ねぎ
・ベーコン
・七面鳥の内蔵(ハツ、レバー等)
・卵
・牛乳
・バター
・薄力粉
・粉チーズ
・胡椒
ブライン液に漬け込むところまで終わったフライドターキーは、後はバターとスパイスを、擦り込んで揚げるだけだ。
一方、付け合せとなるクリームドスピナッチは、ほうれん草や玉ねぎをホワイトソースで仕立てるだけの比較的簡単な料理だ。男はそこに冷蔵庫の中に残っていたベーコンや卵、粉チーズも加えるらしい。更には七面鳥に付いてくる七面鳥の内臓も刻んで入れ、オーブンで仕上げるというのだから最早原型を留めていない。
ちなみに同じく付いてくる七面鳥の首については、良い出汁が取れるので後日スープにするようだ。
まずはフライドターキーだ。
昨日ブライン液に漬け込んだフライドターキーの表面を水洗いする。内臓や首が入っていた内側も、血が残っていると臭みになるので丁寧に。
洗い終わったら水気を丁寧に拭き取る。
水気を取ったら表面から内側までしっかりとバターを擦り込む。
先程買ってきたスパイスを大さじ1ずつ混ぜてケイジャンスパイスにし、バターと同じく擦り込む。
これを寸胴鍋に入れ、オリーブオイルをヒタヒタになるまで注ぐ。今回は4Lほど使った。本来ならば油を熱してから七面鳥を入れるのだが、油の量が多いために及び腰になっている男は先に七面鳥を入れる方法を取っている。
寸胴鍋の蓋にアルミホイルを巻きつけてから蓋をし、強火にする。このまま1時間揚げ続ける。
※本来ならばターキーフライヤー等の専用の機器を使って、庭など広いところで調理するものです。
この男と当時この調理法を行なった私は思考回路がご臨終していますので、真似する場合は完全に自己責任でお願いします。
その1時間で、クリームドスピナッチも作る。
ほうれん草は1束をを3cm程度に、玉ねぎは半分をみじん切りに、ベーコンは3枚程度を1cm幅に、七面鳥の内臓も全体量の半分を1cm程度に切る。
ほうれん草を、おひたしを作る要領で湯がいて水気を切る。
フライパンを熱してバター大さじ2を溶かして玉ねぎを炒める。うっすら透明になってきたらベーコン、内臓も入れ、表面に焼き色がつくまで炒める。
そこに薄力粉大さじ2と胡椒少々を入れて、全体に薄力粉をまとわせるように炒める。
牛乳200ccをダマにならないよう少しずつ入れて、全体がトロッとするように混ぜながら火を通す。
幾分かアレンジを加えているが、本来ならばこれでクリームドスピナッチは完成だ。
ここから男は更にアレンジを加える。
クリームドスピナッチを火から下ろし、粗熱を取ったら、卵2個を卵黄と卵白に分けて、まずは卵黄のみを入れて混ぜる。
また、ほうれん草も加えて混ぜておく。
分けておいた卵白も泡立てて、泡を潰さないようにサックリと混ぜる。
フライパンから耐熱容器に移し替え、上面に粉チーズを散らす。
オーブンを170℃に熱しておき、20分ほど焼き上げる。焼き上がったら、完成だ。
その間、フライドターキーの様子を見る。
ゴボゴボと大きな泡を立てているので、強火を中火ほどにして、油が溢れないようにする。
揚げ始めてから1時間ほど経ったあたりで火を止め、肉を取り出して、完成だ。
同じ頃にクリームドスピナッチも出来上がる。
フライドターキーを大皿に乗せ、クリームドスピナッチも鍋敷きの上に置き、ワインをグラスに注いで食卓につく。
2つの皿からはゆらゆらと湯気が上がっている。
男はそれを眺めながらワインを一口飲んだ。
「クイッ…んぐ…確かに、爽やかだな」
酒屋の女店主が言っていた通り、ハーブと柑橘系のハッキリとした香りがあり、口の中が爽やかさに満たされる。
本日のメインは重めの料理だが、これならば口の中のバランスが取れるだろう。
男は続いてメインのフライドターキーを切り出して口に運ぶ。
「おほぉ〜、胸肉簡単に切り出せる…あむ…むぐむぐ…んぐん…うっは、旨い」
思わず変な声が出る旨さだ。
ブライン液に漬け込んだおかげで、肉質はしっとりしつつ、とてもジューシーだ。塩気も良い塩梅に効いている。
香りもハーブとケイジャンスパイスが組み合わさって、とても食が進むものになっている。
男は更に、クリームドスピナッチにも手を伸ばす。
「あっふはふっ…ザクッ…むぐむぐ…んぐん……こりゃむしろキッシュだな」
表面を焼き目がついたチーズが覆うことで、中のクリーム部分がアツアツだ。
ベーコンのおかげでほんのりとした塩気を感じることができる。また、七面鳥の旨みもよく出ているので、調味料をあまり使っていないのにどっしりとした味わいだ。
ただ、アレンジにアレンジを重ねた結果、パイ生地の無いキッシュのような料理になった。
それもまた、旨いのだが。
男はワインを追いかける。
「んぐ…んぐ…んぐ…んん〜!」
メインも付け合せもどっしりとしているおかげで、口の中が渋滞状態になっていたが、それをハーブと柑橘の香りでサッパリとさせてくれる。
次の一口への準備ができた男は、更に七面鳥を切り出して、食べ続ける。
そこそこよく食べる男だが、流石に丸々1羽は多かったようだ。
1/3を食べた後、ラップに包んで冷蔵庫に入れる。
最後にワインを一口飲んだ男は、今日の出来事を思い出していた。
今日は二人の女性に誘われた。二人とも悪戯っぽく誘ってきたので、その時は冗談だと、男は感じていた。
しかし、もし諾と答えていたら、今はどうなっていたのだろうか?
ほろ酔いでうつらうつらと考えているうちに、男は眠ってしまった。
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