第33話 サバサンド
「…そろそろ魚が食べたい…」
金曜日の昼下り、男はポツリと言った。
昼食から職場に戻ってきた時のことだ。
「何だ、昼飯から帰ってきてもう飯の話か?」
男の上司の課長がニヤつきながら言う。
先程まで課長にとんかつ屋に連れて行かれていた。
旨いとんかつだったが、ここのところ昼も夜も肉続きだったので男は飽きていた。
「まぁ、何となくそう思いまして…」
だが、上司にそう言うわけにもいかないので男は濁した。
「魚と言えば、君も行った駅前のケバブサンドの店、あそこサバサンドも出してるんだね。何でもイスタンブールの名物らしいよ」
課長が話題を変える。
男は、へぇ、と軽く答えるも内心とても興味を示していた。何せ今は体が魚を欲している上に、先週のケバブでトルコ料理に興味があるのだ。
「今日作ってみるか」
レシピを知らぬのに、男の今日の晩酌が決まったようである。
その日の帰り、男はトルコ本場のサバサンドについて調べていた。
どうやらイスタンブールの中でも一部でしか食べられないものらしいが、調理も難しいことは無さそうなので男は早速スーパーに寄ることにした。
スーパーにて、男は早速入り口の野菜コーナーに向かう。サンドする野菜を買うためなのだが、男はここで動きを止める。
レタス1玉を1食で食べ切れると思えないのだ。男は辺りを見回して何か良い手はないかと探し回る。
すると、
「これとかちょうど良さそうだな」
男が手に取ったのはサラダ用のカット野菜だ。
レタス、オニオンスライス等の野菜が1食分だけ入っている。男はこれを使うことにした。
続けてレモンもカゴに入れてパンのコーナーに向かい、バゲットをカゴに入れる。
「えーと、鮮魚、サバ、サバ…と。お、旬か」
鮮魚のコーナーに向かった男は、今が旬!秋サバ、と書かれた札を見つける。
この時期のサバは冬に向けて身を太らせるので脂乗りが良い。
男は少し得した気分でサバを1切れカゴに入れた。
ここでハッとした男は店内を物色し始める。
そして、目当てのものを見つけた
「うん、使ったことはないが、かぶりつくんだしこれもあった方が良いだろ」
男がカゴに入れたのは魚の骨抜きだ。確かに骨が無い方がサバをそのまま焼くのに良いだろう。
そして、酒。
「多分あのレシピだとクセのないスッキリとした酒が合うな」
男は酒類の棚に向かい、酒を物色する。
ワインやビールなど、トルコでも飲まれている酒を中心に見て回るが、
「ワインは…止めよう。手掴みでガツガツ食べるものにワインは微妙だ。やっぱここはビールだな」
そう思って男はいつも買っている大手メーカーのドライなビールをかごに入れる。
そのままレジに向かう。
レジには、いつもと違ってあの気怠そうな女性が立っていた。今日もバイトを代わったのだろうか。
前のように「いらっしゃいませぇ」と怠そうに言いつつ、品物をレジに通していく。
男も黙って会計を済まし、家路につく。
家についた男は、ビールを冷蔵庫に入れ、早速料理の準備を始める。
・サバの切り身
・サラダ用カット野菜
・バゲット
・レモン
・塩
・胡椒
トルコ語ではバルク・エキメッキと呼ばれる料理で、要するに焼きサバのとパンのサンドだ。調理も単純で値段も安く、イスタンブールのファストフード的立ち位置と言えるだろう。
その工程は焼いたサバを野菜と共にパンで挟む、後は食べるときに好みでレモンも絞る、それだけだ。
早速サバに塩と胡椒を振る。
バゲットを半分の長さに切ってオーブンで焼く。
先程のサバから腹骨を包丁ですき取り、骨抜きで小骨を抜く。
そのサバをクッキングシートを敷いたフライパンに乗せ中火で焼く。表面で7分、裏面はその半分。
サバが焼き上がる前にバゲットが焼けるので、食材を挟めるように横に半分に切る。
カット野菜を1袋全部と、焼き上がったサバをバゲットに挟んで皿に盛り付ける。
レモンを1/4のくし切りにし、皿の端に添えて、完成だ。
食卓にビールと共にサバサンドを並べて、
カシュッ
とビールを開けて飲み出す。
「んぐ…んぐ…かぁーっ!」
ありきたりな反応だが、これこそ旨さの証だろう。
キレの良い苦味が口内に広がり、豊かな泡が喉越しを演出する。
男は次にサバサンドにかぶりつく。
「ザクッジャクジャク…むぐ…むぐ…んぐん」
サバの味が濃い。流石旬のサバだ。
使った調味料などサバに振った塩と胡椒だけなのにサバ自体の脂でとても味がしっかりとしており、食べでがある。
レタスなどの野菜もシャキシャキとしており、サンド全体に瑞々しさを出している。
それらがまたパンと合うのだ。
男はレモンを絞って更にかぶりついた。
「ザクッジャクジャクジャク…んぐんっ」
レモンの酸味とサバの脂をアッサリとさせながら、旨さを引き立てている。
男はビールをグイと飲む。
「んぐ…んぐ…んぐ…かはぁー!」
サバの豊かな脂がビールのキレと喉越しで流れる。そうやって次の一口への準備が出来上がる。男の好きな飲み方だ。
男はもう一口サバサンドをザクッと食べてフフッと笑った。
食後、男は久しぶりの旬の魚に満足していた。
ここのところ、酒に合わせるまま、興味の向くままに飯を食べていたので季節感が無かった。
それはそれで旨いもので良いのだが、四季のある国にいる以上、やはりたまには旬のものを頂きたい。
この日の晩酌は男にそう思わせるのに十分だった。
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