第30話 キノコのガリバタ炒め
「…う、さぶっ、もう秋だな…」
10月上旬の金曜日夕方の仕事上がり、男はまだ大丈夫だろうと夏物の服装で出勤していたが、肌寒さで身震いした。
もう大分秋も深まってきているようだ。そろそろ厚手の服を押入れから引っ張り出さないといけない。
「下着を暖かいのに変えればまだいけるか…?」
男はものぐさだった。一気に押入れから出してくれば楽だというのに、小出しで逃げたいようだ。
とはいえ確かに冬物のスーツやコートは、まだ必要ないにしても押入れで放置していたのでホコリを被っているだろう。
男はクリーニングに出す手間などを考えながら家路を辿る。
「地味にやることが多いな。ここらで一度旨いものを食べて気合い入れとこう」
そう考えながら男はいつものスーパーに向かう。
スーパーに入ると、入り口目の前の野菜コーナーで秋の味覚フェアなるものがやっていた。というか先月からやっている。今までは男が素通りしていただけだ。
「…そうだな、秋の旨いもの食べて気合入れるか」
食欲の秋とはよく言ったもので、秋には様々なものが旬を迎える。先週食べた鮭も秋が旬の一つだ。
それ故旨い食材が多くなる。このスーパーにも大きく実った食材たちが、所狭しと並んでいる。
「ふむ…秋の芋類は旨いよな。じゃが芋だけじゃなく、里芋に長芋と…栗も確かに旨いが、酒にどうやって合わす?…あぁ、コイツ等は一度はしっかりと食べておかなきゃな…」
男が見つけたのは数多くのキノコ類だ。
シイタケ、シメジ、マイタケ、エノキと立派なサイズの物が並んでいる。
男はそれらを取り敢えずかごの中に入れる。
「さて、キノコ使って何作るか」
無計画も良い所だ。だが、確かにキノコは汎用性が高く、瞬時に使い途を決められる食材ではない。
男はいつも通りスーパーの中をうろついて今日の料理を決めることにした。
歩き回っているうちに切らしそうになっている調味料の補充も行うようになる。
その途中、
「そう言えばバターも無くなりそうだったな…バターか…よし、今日はこれで一杯やるか」
そう決めた男は別の棚の乾燥パセリ缶、そしていつもよく飲むビールもカゴに入れて、レジに向かう。
レジにはいつもと違う女性が立っていた。いつもの人と同じく大学生といった見た目だ。
「あ、いらっしゃいませぇー」
こちらに気付き、気の抜けた声をかけてきた。
そのままその女性は食材をレジに通していく。
いつもの女性と違ってゆっくりした手付きだ。というかこんな暇そうなスーパーでは作業が遅くなるのも当然だ。早い方が不思議なのである。
女性はやる気なさげにのんびりと会計を済ました。
男も、一応どうも、とだけ言って家路についた。
家に着き、ビールを冷蔵庫にしまい、食材を台所に並べる。
・シイタケ
・シメジ
・マイタケ
・エノキ
・醤油
・バター
・ニンニク
・乾燥パセリ
「さて、作りますか。ガリバタ炒め!」
男はキノコをガーリックバターで炒めて食べようとしているようだ。
前回ガーリックバターを作ったのは春頃、ちょうど先週と同じく鮭を扱った時だ。その時は玉ねぎを使ったが、甘みが前に出過ぎるため、今回は玉ねぎ抜きで作る。作り方は、全ての材料をハンドブレンダーで刻みつつ混ぜる、それだけだ。
そのガーリックバターで各種キノコを炒めると言うわけだ。
男はまず、ガーリックバターから作り始める。
ハンドブレンダー用の容器にニンニクを10かけ、バターを200gそして乾燥パセリをひたすら振る。今回は10~15回ほど振っておいた。
それをハンドブレンダーでニンニクをすり潰しつつ混ぜる。バターが絡まってガタガタするため、押し付けたり離したりを繰り返す。
そうして全体が上手く混ざったらガーリックバターの完成だ。
次にキノコの下拵えだ。食い意地の張っている男は全てのキノコを一袋ずつ使うようだ。
全てのキノコの石づきを落とす。そしてシイタケは笠と軸に分けて薄切り。シメジ、マイタケ、エノキはそのまま解す。マイタケは小房に、エノキも炒めやすい大きさに分けられれば良い。
そしてこれらのキノコを炒める。
先程作ったガーリックバターを大さじ3ほどフライパンに敷き、弱火で軽く溶かす。
そこに下拵えしたキノコを投入。本来なら火の通りにくい順に入れるべきだ。しかし、この日の男はひどく億劫がっているので一度に全てフライパンに突っ込んだ。
シメジやマイタケを目安に少ししんなりするまで炒める。醤油をひとまわしし、全体に馴染むように更に一炒めする。皿に盛り付けて、完成だ。
ビールとキノコ炒めを食卓に並べる。
男はふと思いついて、部屋の小窓を開けた。
そしてビールを注いで喉を潤す。
「んぐ…んぐ…くはぁっ、やっぱこれだな!」
いつも買っているビールにはいつも買っている理由がある。
そこには安さもあるが、このビールの場合、男好みの食事に合わせやすいキレの良さが挙げられる。
キレイに注ぐことで良い具合に泡を立て、喉越しを良くする。
また、ビールとしての味は薄いが、その分クドさは無く、程よい苦さがサッと口の中をリセットする。
堪らず男はキノコに手を伸ばす。
「はぐっ…じゃく…むぐ…んぐっ…はぐっ…」
箸が止まらない。
キノコというのは旨味の塊である。塩を振って炒めるだけでも滋味深い味わいを感じられる。
そんなキノコにガーリックバターと醤油である。罪深い味になるのは必然。
それぞれのキノコが各々の食感と味わいを主張する。そこにガーリックバターのコクと旨味、醤油の塩気と香り旨味これらが口腔と鼻腔を満たす。
過剰な旨さに思わずビールに手が伸びる。
「んぐ…んぐ…んぐ…かぁーっ!」
キノコ、ガーリックバター、醤油で構成された過剰な味をビールの炭酸と苦味と香りが流していく。
程よい苦味と香りだけが残り、爽快感が残る。
食べ終わり、男は窓から鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。今まで気にしていなかったが、もうすっかり秋である。
男はこれまで残暑を理由にダルさを正当化してきたが、最早そんな時期ではない。
男は次の季節に備えようとサッと立ち上がった。
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