第25話 唐辛子味噌

「あー…まだジメジメするなぁ…」


男は不満を垂らした。

9月上旬の金曜日夕方、男はいつも通り職場からの家路についていた。

気温も盛夏の頃より下がり、風も涼しくなってきたが、まだその空気は湿気を含んでいる。


「麻婆豆腐の時みたいに、一気に汗をかいて酒を飲みたいな」

辛いものを食べる、これで発汗を促し、湿度の高い今日をやり過ごしたいのだろう。


「でも何を食べるか…あぁ、そう言えばスーパーにはまだアレあるかな?」

例のごとく、料理も酒も決めていないようだが、スーパーに何か当てがあるようだ。

男は早足でスーパーに向かう。



スーパーに入り、カゴを持ってまずは入り口付近の野菜コーナーの一角に向かう。

そこには1ヶ月ほど前から各地の生唐辛子をまとめているコーナーがある。なぜか一介のスーパーにしてはかなりの品揃えだ。

普通の青唐辛子に万願寺唐辛子、福耳唐辛子等、果てはハラペーニョやハバネロもある。


「取り敢えず日本の唐辛子を使うか。さて、どれを…」

そのコーナーを見回すと真ん中あたりに、丸っこくもゴツゴツとした唐辛子が1袋だけある。神楽南蛮という品種のようだ。


「これ、結構人気みたいだな…よし、今日は神楽南蛮の味噌にしよう」

男は神楽南蛮を1袋カゴに入れた。

神楽南蛮味噌、すなわち唐辛子味噌はそのままでも優秀なつまみになるが、調味料としてもとても汎用性が高い。

そのため、男は近くのナスと刻みネギのパックもカゴに入れる。更に移動して、油揚げと味噌も手に取った。


「酒は…ビール以外に無いか」

辛く味も濃い唐辛子味噌を使った料理を食べるとなると選択肢は自然と飲み慣れたビールへと狭まる。

男は酒類のコーナーでよく飲む銘柄の500ml缶を手に取り、カゴに入れた。


「あと必要なものは…無いか」

男はそのままレジに向かう。が、途中で横を通り過ぎた店長に声をかけられる。


「あ、お客様、生唐辛子を扱うのですか?使い捨て手袋はありますでしょうか?」

店長が聞く。


「は?いえ、無いです」

男はキョトンとしつつ答える。


「でしたら、是非ご購入をお勧めいたします。唐辛子の辛さは痛覚です。肌に触れればそのまま痛さになります」

と店長が説明する。あれだけ唐辛子ばかり取り揃えたので、その扱いも勉強したわけだ。


「なるほど、分かりました。キッチン用具のコーナーにありますよね?」

男が確認する。


「いえ、衛生品コーナーですね」

と店長が答える。

分かりました、と男は答え、衛生品コーナーに向かい、使い捨て手袋をカゴに入れる。

改めてレジに向かう。


レジ打ちの女性は男が来たのに気付き、カゴの中を見て、一言。

「この唐辛子、最近人気なんですよね。去年辺りTVで紹介されたとかで。美味しいらしいですね」

言いながら、女性はサッサとレジを通していく。


「そうなんですか?じゃあ、残り1つを買えた僕は幸運だ」

男は少し喜んでみせた。

レジ打ちの女性は、追加分が明日来るけど、等と思ったが、口にするのも野暮だと思い黙った。

そのまま会計を済ませ、男は家路につく。



家に着き、ビールを冷蔵庫に入れ、台所に向かう。


「さて、では唐辛子味噌と、ナス味噌、それにお揚げではさみ焼きも作っていくかな」

男は台所に食材を並べ始めた。

【唐辛子味噌】

・神楽南蛮(唐辛子)

・ごま油

・味噌

・みりん

・砂糖


【ナスの唐辛子味噌炒め】

・ナス

・唐辛子味噌

・ごま油


【油揚げのはさみ焼き】

・油揚げ

・刻みネギ

・唐辛子味噌


唐辛子味噌の作り方は単純である。

みじん切りにした唐辛子をごま油で炒め、その他の調味料を混ぜながら好みの固さになるまで火を通すだけだ。

ナスの唐辛子味噌炒めについては、その唐辛子味噌とごま油でナスを炒めるだけ。

油揚げのはさみ焼きは、唐辛子味噌と刻みネギを油揚げに詰めて焼くだけだ。


まずは元となる唐辛子味噌からだ。

使い捨て手袋を付ける。神楽南蛮は1袋に6つ入っており、男は全て使うことにした。

神楽南蛮のヘタをくり抜くように取り、縦に4つに切ったら、ひたすら細かく刻んでいく。

実には種と綿があり、これらが辛さの素となる。

通常これらを使うか除くかで辛さの調節をするのだが、男は調子に乗って全部使った。

ごま油を多めに鍋で熱し、神楽南蛮を炒める。

全体に油が絡んだら、大さじで味噌を6、砂糖を2、みりんを1ほど入れて鍋全体をかき混ぜる。

好みの固さになるまで火にかけ続けて、完成だ。

出来上がった唐辛子味噌を容器に移す。


続いて、ナスの唐辛子味噌炒めだ。

ナス2本のヘタを取り、一口大に切っていく。

フライパンに多めにごま油を敷き、ナスを炒める。

油がナスに染みてきたら先程の唐辛子味噌を大さじ3ほど投入。

そのまま香ばしい匂いが立つまで炒めて、皿に盛り付けて完成だ。


最後に油揚げのはさみ焼き。

横長サイズの油揚げ2枚を半分に切り、中に刻みネギと唐辛子味噌を詰めていく。詰めすぎると焼く時に中身が出てしまうので控えめに。

後はオーブンで焼くだけだ。

この時男はどれくらい焼いたら良いか分からなかったので、目視で油揚げの表面の焼き目を確認した。

焼き目が付いたらオーブンから取り出し、皿に並べて完成だ。


それぞれの調理工程は短いものの3品も作ったので、男はかなり汗をかいてしまったらしい。

料理とビールと共に席に着き、扇風機を回す。

扇風機の風で唐辛子と味噌とごま油の香りが辺りに漂う。

その香りをアテにまずはビールを一口。


「んぐ…んぐ…くはぁ〜っ」

キンキンに冷えたビールで汗が引いていく。

爽快感のある苦味が喉の奥を突き抜ける。

続いて、唐辛子味噌をそのまま箸でつまんで食べてみる。


「むぐ…あ"…辛っ…ゲホッゴホッ、でも、旨い」

男はその辛さに咽た。種と綿の入れ過ぎである。

しかし、味噌や砂糖やみりん由来の旨さや甘さもあるため、箸が止まらない逸品となっている。

ただ、その辛さにビールもよく進む。

男は続いて、ナスの唐辛子味噌炒めを口にした。


「あむ…むぐ…むぐ…うんまっ…ん"っこれも辛いな…」

最初にナスから滲み出るごま油の香りと味噌の旨さが口いっぱいに広がる。が、程なくして神楽南蛮の辛さで顔を歪める。

男はまたビールで流し込んだ。

男は更に油揚げのはさみ焼きに手を伸ばす。


「はぐ…ジュワッ…むぐ…むぐ…」

油揚げ自体の油がまず滲み出て、口の中に広がる。

先程まで咽るほどに辛かった唐辛子味噌は、量を控えたことで、ちょうど良い塩梅になっている。

男は堪らず、ビールを流し込んだ。


「んぐ…んぐ…くっはぁーっ!」

口の中で渋滞している旨さと辛さが喉奥へと流れていくのが心地良い。

後にはスッキリとした苦味と若干のヒリヒリ感が残る。


気付けば先程まで引いていた汗も辛さで再び吹き出していたが、不思議と不快感は無い。

扇風機の風が汗も心地良く感じさせてくれたのだ。

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