第10話 フィッシュアンドチップス
「…カタカタカタ…」
時刻は20時過ぎ。男は残業している。
平時は18時には仕事を終える男としては珍しい。
「…よし、できた。全く…『今日は娘の誕生日なのに在宅用PCのセットアップが終らない』って…人情に訴えるのが上手い上司だ…」
男は上司に代わってPCセットアップをしていた。
ただ、今回は男が進んで行なったので別に嫌な気持ちなどはない。
とは言っても、
「少し疲れたな。今日は少し良い酒を買うか。急げば酒屋もまだ開いてるだろ」
と、男は仕事を終え、職場を出た。
男の職場から家までは歩いて30分ほどだ。
その間に酒屋といつも寄っているスーパーがある。
少し寄り道すれば商店街もあり、職場を定時で出れば、買い物も可能だ。
最近は少し帰りが遅いため、商店街も閉まっていることが多い。
と、酒屋に着いたようだ。
「いらっしゃい。久しぶりだね。今日は何を買うんだい?」
酒屋の店主が愛想良く言う。
常連と言うほどではないが、男はこの店に何度か通っている。
男は、
「少し贅沢を、とだけ決めてて何を買うのかは…」
と返す。
それを聞いた店主は、棚から瓶を一本持ち出し、
「贅沢ならこれはどうだい?」
とニヤリとしながら男に見せる。
シングルモルトの20年ものである。値段を聞くのも恐ろしい。
男は、
「もう少し身の丈にあった贅沢にしておきますよ」
と返す。
店主は、つまんないねぇ、と言いつつ別の棚から瓶を持ち出し、
「ならこれはどうだい?ドイツ産のクラフト・ドライジンでボタニカルを他のジンの何倍も使ってるヤツだよ」
と言う。
ボタニカルとは香り付けのための植物のことだ。
沢山使うと多様で深い香りとなる。
男は、
「試飲は?」と聞く。
店主は、
「200円で良いよ」と返す。
他の酒の試飲は100円だ。
男は、他の倍かよ、と思ったが、200円でも十分良心的なので、財布から小銭を2枚店主に渡して、ショットグラスで一杯飲んでみた。
「クイッ…これは…」
店主が言っていたように多様な香り。
甘い香りが鼻腔をくすぐり爽やかさも漂っている。
度数が40度だが、全くそれを感じさせない風味。
余韻も長い。
男はこの酒が気に入った。
「これにします。アテは何が合いますかね?」
と、男が聞く。
店主は、
「ドイツ産と言ってもドライジンなんだから大元はイギリスだ。そんでジンと言ったらやっぱりトニック。となれば、アテは代表的なイギリス料理のアレだろ?」
と返す。
男は、なるほど、と言い、トニックウォーターも合わせて会計を済ます。
店を出る直前、店主が、
「ジンに合わせるならタルタルソースが合うよ」
と言い、男はありがとうと返して店を出た。
その後、いつものスーパーに寄り、酒屋の店主の勧めに従って食材をカゴに入れていった。
まずはタラ、できるだけ大きい切り身を選ぶ。
衣用にビールのミニ缶もカゴに入れる。
そしてソース用にピクルス、レモン汁、玉ねぎだ。
他は家にあっただろう。
会計時、いつものレジ打ちの女性が不思議そうな顔をしていた。片手には近所の酒屋の袋、カゴの中にはビールのミニ缶。あべこべだ。
だが、そのビールは飲むためのものではなく調理用である。男は平然と会計を済まして、家路についた。
家に着き、男は小さく呟いた。
「さて、フィッシュアンドチップスやるか」
そう呟いた後、材料を台所に並べる。
【フィッシュアンドチップス(フライドポテトとタラのフライ)】
・タラの切り身
・塩
・胡椒
・小麦粉
・片栗粉
・ビールのミニ缶
・じゃがいも
【タルタルソース】
・マヨネーズ
・卵
・ピクルス
・玉ねぎ
・レモン汁
・からし
工程としては単純だ。
タルタルソースは、材料を刻んで混ぜるだけだ。
玉ねぎは辛味があるので混ぜる前に処理をする。
フライドポテトは切って水にさらしてから揚げるだけ。今回は表面のカリカリ感を出したいので薄く衣もつける。
タラのフライは皮を取り除き、衣を付けて揚げるだけだ。
フライドポテトのじゃがいもだけ水にさらしておく必要があるので、先にやっておく。
大きめのじゃがいもを2つほど、たわしで表面の泥を落として芽を取り、1センチほどのスティック状に切って水に30〜60分ほどさらす。
そして、タルタルソースに取り掛かる。
沸騰したお湯で卵を茹でて10分。
その間に玉ねぎ1/4とピクルス1本をみじん切り。
玉ねぎはみじん切りにした後、水にさらして絞るのを何度か繰り返す。
卵が茹で上がったら、粗いザル等で細かくする。
後は、材料を混ぜるだけだ。
仕込んでおいたピクルス、玉ねぎ、卵を深い器に入れ、マヨネーズ200g、レモン汁大さじ1杯、からし小さじ1杯を加えて混ぜる。
次にフライドポテトだ。
ボウルで片栗粉と小麦粉を1:1で混ぜて衣にする。今回はポテトもタラも大きめなので120gだ。
さらしていたじゃがいもの水分を切り、表面の水分をキッチンペーパーで拭き取る。
拭き取ったじゃがいもに衣をまぶす。この衣は後ほどまた使う。
深めのフライパンに油を注ぎ、160℃ほどの低音になったらじゃがいもを揚げる。
4分ほど経って竹串が軽くじゃがいもを通るようになったら取り出し、油の温度を180℃以上にする。
再度じゃがいもを揚げ、キツネ色になったら油から上げ軽く塩を振り、フライドポテトの完成だ。
最後にタラのフライだ。
身から皮を引き、キッチンペーパーで表面の水分を取り、塩胡椒を振る。
先程、フライドポテトで使用した衣にゆっくりとミニ缶のビールを注ぎ、炭酸が抜けないように軽くと混ぜ、フライ用の衣にする。
先程の油を今度は200℃ほどの高温まで上げて、タラの身に衣をたっぷりと付けて揚げる。
表面が淡いキツネ色になったらタラのフライの完成だ。
タルタルソースをココットに、フライドポテトとタラのフライを大皿に盛って完成だ。
更に、グラスに氷を入れ、ジンとトニックウォーターを1:3の割合で注ぎ、軽くレモン汁を垂らして、晩酌の準備が完了だ。
まずはタルタルソースをつけずにそのまま。
「サクッむぐむぐ…あー、これよ、これ。ポテトはどうだ?ホフッホフッ中身熱いな!でも旨い!」
タラのフライの衣がサクサクしている。
その内側から分厚いタラの身がこれでもかと主張してくる。大きめの切り身を買ってきて正解だ。
フライドポテトも衣と二度揚げのおかげで表面がサクサクだ。それでいて中はホクホク、完璧だ。
すかさずジントニックを飲む。
「んぐ…んぐ…ッくぁーッ爽快」
ジンの深く多様な香りにトニックウォーターの苦味と爽快感が加わり、口内を洗い流す。
その後にジンの香りの余韻が漂ってくる。
男は続いてタルタルソースを付けてフィッシュアンドチップスを食べてみた。
「沢山付けちまえ。…よし、では。サクッむぐむぐむぐ…こりゃ濃厚だ。からし入れて正解だったな」
先程のいかにも揚げ物然とした食べごたえに加えてタルタルソースの濃厚な味わいが加わった。
からしも良いアクセントになっている。
ただ、正直これだけだとくどいが、このジントニックにはこれくらいの飯が合う。
「んぐ…んぐ…ップハァー」
濃厚さと油っぽさでくどくなった口内を爽快感が駆け、洗い流してくれる。後にはジンの余韻が残る。
ただ、その余韻も無くなってくると口が寂しくなるため、再び揚げ物に手を伸ばす。
この晩、男はひたすらその動作を繰り返した。
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