第8話 独活の金平

「うまーいものーがふーんふふーんふふーん♪」


男はやけに上機嫌だった。

先々週から対応していたアメリカの大型案件が一段落したのだ。

後は自分が行う作業も無く、検収後の先方からの報告を悠々と待つだけだ。


「にしても最近は雑な飯ばかりだったなぁ。少し毒っ気が溜まっている感じだ」


男の感じる通り、4月に入ってここ2~3週間の食事は、先週の常夜鍋を除くとしっかりとしたものではない。

先程の大型案件対応に加えて通常業務もある。要は忙しかったのだ。

男はそんな状況から、普段は朝食や昼弁当を準備する時間をそのまま仕事場に早出するのに当て、晩飯も会社で済ませるようになっていた。

今週は特に忙しく、月曜の朝にはゼリー系の食品を5本、カップ麺を10個買って出社し、周囲に驚かれたりもした。


「一応野菜ジュースも飲んだりしたが、あまり長期間やって良い食生活じゃないよな…何か改善できる晩酌にしたいな」


男はそう考えつつ近場のスーパーに寄った。

スーパーに入ってすぐ、野菜コーナーの陳列がいつもと違うことに気付いた。


「山菜コーナーができてる。春らしいが、少し遅くないか?まぁ、今年は寒かったし収穫が遅れたか」


その山菜コーナーの一角に一際大きく白いものが目立っていた。


独活うどか…これは軟白独活なんぱくうどだから山菜と呼べるか微妙だが、確かにこの季節だな。…今日はこれで金平きんぴらにするか」


本日の晩酌のあてが決まった。

鷹の爪とごま油が切れているので買い足す。

そして、金平きんぴらをあてる酒に悩む。


「和食と言えば日本酒だが、先週と被るからな…まぁ、無難にビールと行こうか。プリン体も大丈夫だろ、ビールは栄養水だし」


ギリギリ20代のくせに男はこういう辺りがオジサンらしい考え方となっている。

ともあれレジにて会計を行う。


いつものレジ打ちの女性は、男の買い物が先週とは打って変わっていつも通りの様相を呈しているので安心している様子だ。

少し大きい声で「ありがとうございました」と言われたので男も「どうも」と返す。


帰宅し、ビールを冷蔵庫に入れ、早速台所に材料を並べる。

独活うど

・酢

・ごま油

・醤油

・みりん

・砂糖

・鷹の爪


今日も手順としては簡単だ。

まず、洗った独活うどを切って、酢水にさらしてアクを取る。

次に、ごま油で炒めつつ、タレを加えて味と香りをつける。

最後にアクセントに鷹の爪を加える、という形だ。


早速始める。

まずは独活うどの表面を洗って汚れを落とす。

次に水と酢を適当に入れたボウルを用意する。

独活うどの先端の芽だけ切り出して全体を縦半分に切り、薄い斜め切りにし、切ったものから先程の酢水にさらしてアクを取っていく。

本来ならば独活うど金平きんぴらは茎の皮だけで作るが、茎のシャキシャキ感も好きな男は全てまとめて調理する

芽だけ外したのは土日で天ぷらにして食べるためだろう。


10分後、フライパンにごま油を敷いて、さらしていた独活うどの水を切り、炒める。

軽くごま油の香りが立ったら大さじで醤油を3、みりんを2、砂糖を1入れて、全体に行き渡るように炒めて続ける。


醤油やみりんの汁気が無くなったら火を止め、鷹の爪を2つまみほどフライパンに入れて、全体的に混ぜていく。

皿に盛り付けて、完成だ。


冷蔵庫から冷やしておいたビールを取り出し、まずは一息。


「んぐ…んぐ…くはぁっ。やっぱ日本のビールも旨いな!」


男はそう言って悦に浸っている。

どこに行ってもよくあるようなビールだが、この手の日本メーカーのビールは軽やかな風味でキレが良く、和食によく合う。

続いて金平きんぴらにも箸を伸ばす。


「シャク…シャク…ぁあ、毒っ気が抜けていく…」


金平きんぴらという、酒のつまみにはもってこいの調理法だが、その中でも独活うどの爽やかさは際立っている。

そして、独活うどの風味残る口にビールを流し込み、


「んぐ…ふはぁ…春だなぁ」


爽やかな風味にビールの軽やかさが乗り、気分が軽くなっているようだ。

男はここ最近寒かったせいで春を感じていなかった。また、仕事の忙しさもそれを加速させていたのだろう。

しかし、独活うどの風味で季節感を取り戻したようだ。


男はしばし、この春の風味と共に夜を過ごした。

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