Ⅱ ⑵ ベーグル




俺の腕の中で眠る君は

どれだけ俺に幸せをくれるんだろ。


寝てても浅い眠りからふと気づくと

俺は君を抱きしめてる。何度も。

夢か現実か…

どちらも正解で どちらでも幸せで。



『朝、1人でいなくならないで』



ワガママごめんね。


ワガママをずっと叶えてくれる君。

他にも沢山ワガママ言ってる俺。


君と一緒にいたいだけのワガママだから

許して。

ホントはただ居てくれるだけで

俺は幸せ。


笑ってくれるハミン。

怒ってくれるハミン。

褒めてくれるハミン。

遊んでくれるハミン。


…キリがない。



こんな感謝の気持ち、

父の死で教わったのかな。


側に居てくれる事は

容易い事じゃない。

父は愛する人とあまり共に生きなかった。


俺はずっと共に生きたい。


けど、こんな幸せな生活

いつまで続くかも分からない。



永遠を望むのは難しいみたいだから

契約を交わした僕等。


"少しでも離れ辛いように"


まるで俺がすぐ離れてしまうみたいに言う。

2人で望めば叶うかもしれないのに。



ハミンは初めから始まろうとしなかった。

彼女がいると嘘をつき、

時が来たら俺から離れようとしてた。

始まってもいないのに終わりを気にして。

そりゃ契約して

お金で側にいて貰い始めたけど…


『このままここに居ていいかな。』


『一緒にいれるんだね。』



ずっと一緒にいたいんだよ。


一緒にいようって約束したでしょ?



終わりは望まない。


俺だって終わりは怖い。


何にでも終わりがつきまとうのは

どうしたらいい?



心構えは必要だって

人間の死で思い知らされる。




ハミンを抱き締める

この手を解く気は無いけど、

ハミンが消えてしまう心構え構え…

出来るかな。


出来そう…も無いな。

…出来なくてもいいか…

ハミンも消えたら…


俺も消えてしまえばいいんだから。





今一瞬でも一緒にいれる奇跡を

大事に生きていこう。



そして一瞬一瞬が永遠になりますように。









「ソンギさんが日本に来るんだ?」


ハミンと住んでから

よくコーヒーの匂いで包まれているキッチン。


ハミンが飲むから

コーヒーの匂いは好きになった。

ハミンのキスと一緒についてくる

コーヒーの味にも慣れた。


今日は少し寒いからと

ホットココアを作ってくれた。

子供扱いでも嬉しい。


軽く焼いてくれたベーグルを一緒に食べて、

俺は歩きながらココアを飲み干し、

使い終わった皿を2人で流しに運んでいた。



「ん。ここに泊まればいいのにって

言ってるんだけど、ホテルに行くって。

で、1人になる母さんも心配だから…

パリに少し仕事しに行って

母さんの様子も見て来ようかと思って。」


「パリで?テヨンのサックスの仕事?」


「うんー。フェス誘われてるしー。

…1週間くらい、ハミンも一緒に行かない?」


「…1週間か…仕事の予定入ってるな…

けど、行きたいな…」


「…一緒に来ては欲しいけど

まぁ急だし、また今度一緒に行こ。」


「……うん。」



この前ハミンの仕事場、

料理教室に付いて行った。

沢山の女の子に囲まれるハミンが衝撃的で

少し焦ったけど。


「…ハミン。今日は何の仕事?」


何も言わず洗い物を始めてくれたハミン。

横からハミンを抱きしめながら

唇を奪う。

やっぱりコーヒーの味がする。


「ん、ちょっ、…今日は

ホンミ先輩の事務所に行って打ち合わせと

出版社に行って…サイン書いてくる…」


「…サイン?

何それ。アイドルだね…」


「…だから言いたくなかったんだけど…

ただレシピ本にサイン書くだけだし…

……けど!テヨンの方がアイドルだろ⁈

きっとその…フェスとか…ライブとか…

客席にサービス…凄いするくせに…」


「ん…?あーライブでお客さん煽るやつ?

ヤダ?ハミン怒る?

過度なファンサービス怒る?」


抱きしめていて顔は近いのに、

こっちを見てくれない。

覗き込んでるのに視線は洗い物と流れる水。

…返事をしてくれないから水を止めて

ハミンの作業を止めてしまおう。


こっちをやっと見たと思ったら

怒った顔で深い溜め息まで。


「…じゃあテヨンが洗い物して。」


「え、いいけど…何? 急に何で怒るの…」


「…ゴメン。なんか…たまたま見た動画を

思い出して頭に来た。

それ片付けといてね。行ってきます。」



何?って聞いてるのに…

頭に来たって内容を

教えてくれそうも無いまま立ち去ろうとする

ハミンの腕を掴んで止める。


「だから、どんな動画見て頭に来たの?

俺がファンサしてる動画?」


「…ゴメンって。昔の動画だし、

別にテヨンが悪い訳じゃ無いし、

ただ…頭に来ただけ。ゴメン。

…事務所行かなきゃ…」


「昔のでも言って。どんな動画?俺何してた?」



…頭に来てるって言いながら

冷静に自分でそれを謝って…


昔の俺でも文句言えばいいのに。

これからもうしないでって言われたら

…ファンサービスしないのは無理だけど、

嬉しいはず。

ハミンのワガママは甘いはず。



両腕を掴んで向き合う。

ハミンの視線は少し下で合わない。

気まずそうにボソボソと話しだす唇…

少し尖らせて…すぐにキスしたい程愛しい。


「……お客さんの所行って…

ハグしたり…頬っぺたにキスされたりしてた…

っ!何で笑うんだよ!

そんな事でってバカにしてるんだろ!」



明らかにヤキモチで…

つい嬉しくて…にやけてしまった。


「バカにしてない。嬉しいから。

…確かにそんな事で…って言ったら…また怒る?

…来てくれたお客さんが

愛しくなってとった行動だけど、

昔はハミンの事知らなかったし

その時しか会わないお客さんなわけだし…。

…ファンサービス、頭に来る?」


「……凄い人気だなって…

僕が知らないテヨンで…

昔からテヨンの魅力に気付いてたファンの人達は…

羨ましいなとか…

…フェス、僕も行って観てみたいのに、

フランス行ったら1週間も会えないのに、

テヨンはあっさり諦めて平気そうだし…」


「ハミン……何が頭に来たの…?」


「…僕自身に頭に来て…

またぐるぐる考えちゃって、…もー…

だからゴメンって言ってるのに…

まぁ…激しいファンサービスも頭に来るけど…」



掴んでたハミンの腕が離れて

逃げられたと思ったら

逃げずに俺の胸をポカポカ叩いてくる。


動画を観てくれてた事だけでも嬉しいのに…

沢山のいろんな感情をくれる…


力いっぱいハミンを抱き締める。


「…ハミン……」


「…な…に…」


「…1週間も会えないのはキツイよね…

これから長く付き合ってくのに

我慢も必要かと思ったけど…」


「…出来たら…途中までか途中からか…

調整すれば数日は行けるはず…」


あーーまた嬉しい事言う…

これ以上抱き締めたら

ハミンを潰してしまいそう。


少し腕の力を緩めて顔を覗き込んだら

ハミンが俺の顔を両手で包んで

キスをくれた。


ハミンの行動や言葉全てが可愛いのが悪い。


少し離れそうになった唇。

離れないように身体ごと片手で抱き寄せ、

もう片方の手を頭の後ろに入れ…

指一本一本髪の隙間で力を込めて抑えながら

深く深く口内へ舌を押し込む。


苦しそうな熱い吐息が漏れ出したら、

密着している下半身を更に押し付ける。


ハミンの身体の力が抜けてくのが伝わって

俺の手、服の上から中から関係なく

サックスを吹くように沢山動かす。


…動かす程…吐息で煽られる。



もうお互いどうしようもない所まで

熱くなってしまって。

答えは決まってるけど…

唇が離れたついでに聞いてみる。


「…いい?よね?」


耳元で囁くと、頷くハミン。


こういう状況なら許してくれると思っていた。


キッチンに置いてあるゴムとオイルを

手早く準備をする。


ハミンの身体を触ると…

また熱い吐息。


「ハミン…もう…ホントどうしよう…」


俺の言葉に

少し不安そうな眼を向けてきたハミン。


ハミンの片足を持ち上げると

俺に腕を巻きつけ、身を任せてくれた。

立ったまま正面から…



俺が動くと

耐える為に俺に巻きつく力も強まる。


「ハミン…もうホントスキ…」


ハミンの眼がふぁっと笑ったように感じた。

急にいろんなものが締め付けられたけど

限界をどうにか持ち堪える。


ハミンを煽り、唇を今度は吸い尽くす。

舌も、口内の唾液も。

音が出る程の勢いで吸い飲み込んでしまう。


全て欲しくなってしまう…ハミンの事は。






お互い呼吸を整えた後…


どうにか普段通りの行動をする俺。

汚したものをキレイにしたり…

少し溶ろけたままのハミンを横目に

離れ難いのに敢えて離れる。


そうでもしないと、

ハミンを離せずに

ずっと家に閉じ込めてしまいそうで。






🦋・・・

・・・



パリ郊外の母が住む家。


ハミンと離れて3日過ぎた日。

父の描いた絵を母と鑑賞したり

サックスを吹いたりして過ごしていた。



「今日も出かけないの?

チョコレート買って来て欲しいのに。」


「せっかく母さんに会うために

日本から来たんだから…

一緒に出かけるなら買いに行くけど…」


「私に気を使わなくて大丈夫よ?

一人で全然平気。

お父さんはいつも居なかったから

生きてるって思えばそう思い込めるくらいだし。

会いたくなっても、寂しくなっても…

愛された思い出が多いから

思い出すだけで寂しくなくなるの。

まぁ、ポイントはまた天国で会える…

そう…また会える、って思う事ね。

どんな別れでも

最後って思わなければ、軽くなるもの。」


「…本当?…強いな。

思い出が沢山あるココから…

離れる気はないの?」


「無いわね。母は強しよ。

息子も無事に…

お父さんに似て自由に、才能豊かに

しかもこんなに優しく育ってくれたから

母はここで1人、人生を楽しむのよ。

ソンギにもよく言っといてね?

あの子とりあえず日本行ったけど

私の事心配してくれてるみたいで

すぐこっちに戻って来そうだから。」


「そうなの?ソンギはホント義理深いし

よく見てるね…俺なんかより…」


「こら。私の可愛い息子を自分で

'なんかより'って卑下したら怒るわよ。」





母が心配で…

元気づける為に会いに来たけど

逆に元気を貰う始末。


少し前回より気持ちゆっくり過ごせたからか

パリの景色が前よりキレイに見えた。

別に観光地を見て思ったわけじゃない。

街の中のちょっとした標識、建物、花々…

いろんな所に色を感じる。

まだ秋だけど日本の冬のような

肌恋しい気温。


空を見上げても爽快な青空じゃないけど

心地いい。

色が感じれる様になったから。

自分に安心した。



早くハミンと一緒に見たいな。



すぐに電話したい気持ちを

時差を思い出して躊躇したけど…

もう飛行機に乗っていて電話出来ないし、

時差も同じになるな。


もうすぐ会えるって思っただけで

心音が大きくなるけど

それはそれで心地いい。



歩いてふと目に付いた花屋で

ただ意味も無く贈りたくなって花束にして貰う。


1つは母のイメージで真っ赤。


もう1つは淡い黄色と紫のコントラストで。









空港の到着ゲート。


ここに来る前に

母に1つ花束を渡し、

また日本に帰る前に寄ると伝えた。



もう1つを早く渡したくて

後ろ手に持ってウロウロしてしまう。

今日ハミンに会えたら

明日明後日とフェスに出て

その次の日に一緒に日本へ帰る予定。



ぞろぞろとゲートを通って行く人達の中

眼を凝らして待ち人を探すと…

こちらを向く顔とすぐに目が合った。

口元が上がるのが見えた。

俺の口元も自然と上がる。

同時に手を振り、

駆け寄る動きがシンクロする俺とハミン。


抱き合う動きまでシンクロする。


花束を片手に、けど気にせず

何日かぶりのハミンを思い切り抱きしめる。


「あー…

誕生日に会えて良かった…

僕のギフトはテヨンだからー…」


ハミンの生の声。


抱きしめ合うハミンの手が俺の背中で

心地良く動く。


すぐに意味が分からなかったけど

再会を喜んでくれるニコニコ笑顔のハミンに

こんな質問する俺って……


「…ハミン…誕生日?」


「うん、あと何時間かで…

日付変わったら誕生日。

別にそんなに嬉しい事じゃないけど。」


「……ゴメン。知らなかった。」


「あーー…ヤッパリ?

テヨン僕の事何でも知ってたから

もしかして知ってるかな?とも思ったけど。

知らなくてもいいと思って

あえて言わなかったんだ。

会えるか分からなかったし、

会えなかったら僕は気にしなくても

テヨンが落ち込みそうだし…」


「……今知って…

っていうのも落ち込むんだけど。」


何も意味の無い花束のはずが…

逆に渡し辛くなってしまった。


「何で?今日会えたじゃん。

誕生日明日だよ?

一緒に過ごせるじゃん…

会えたんだから喜んでよ…」



そうだよな…

ギリギリ予定をずらして

会いに来てくれたはず。

自分の誕生日に俺に会う為。


「…キスしてイイ?」


「周りの人達沢山いるの見える?」


「…ハミンそのニット帽可愛いね。」


「?」


自分の少しオーバーサイズの上着、

襟を出来るだけ顔まで上げ

止めて無い服の前部分を思い切り持ち上げて

俺とハミンの横顔、

誰からも見えない壁を作る。

逆の横顔は花束で隠し…


一瞬だけでも、

愛を捧ぐキスをする。


「…⁈っちょっテヨン!」


少し役に立った花束を渡し…


「…ハミンが言ったんだからね。

ギフトは俺だって。

今からその通りにしてあげる。」







2人して平静を装って歩くけど

口元は緩んでるかも。


男2人、1人は片手に花束を大事に抱え、

もう片方の手は俺がしっかり握りしめて。

そして俺はハミンの荷物を引きながら

握りしめてる手を少し引っ張りつつ…


CDG、慣れてる空間風を切って先を急ぐ。



ここに住んでいた頃

恋人と呼ぶような人はいなかったし、

暇潰しに遊ぶ程度の人と

デートなんて面倒くさい事するなら

サックス吹いて、絵を描いて…

音楽聴いて、芸術に触れて…充分だった。



ハミンとは違う。


…何処へ行こうか相談して

観光でもしようかと思っていたけど…


ハミンの誕生日なら特別な事をしたい。


エッフェル塔でプロポーズ?

凱旋門で誓いのキス?


ハミンが周りを気にして

くっついてくれないかも。

恋人らしく寄り添ってくれないなら…


このままホテルに行って…



ハミンには

我慢が効かない。


ワガママな俺。




誕生日のギフトは俺って言うハミンに



俺の全て…



贈れるもの全て捧げる。




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