⑶ オムライス





「…ねぇ…アトリエで描かないの?」



アトリエはテヨンの部屋とは別で

元々お母さんが使ってたであろう部屋の奥、

一面窓で見晴らしの良い

過ごしやすそうな部屋を見せて貰っていた。



「うん…油絵じゃ無ければ何処でもいいし…

ハミン、今、横顔描いてるんだから横向いて。」


友達契約で、

僕は2人で食べるご飯を用意しながら

何故か絵のモデルにもなっている。


「…なんで僕を描いてんだよ…

恥ずかしいな…」


「そんな唇出した顔でいいんですかー?」


「はいー、別にどんな顔でもいいですよー」



さっきまでは、

キッチンの中をウロウロしながら

サックスを吹いていた。

かと思ったらアカペラで歌い出したり…。


想像もつかない動きをするテヨン。

感性が個性的…芸術的って事か。

自信を持った突拍子もない発言が言えるのは、

芸術家の元で好きなように

やりたい事をやりたいだけやって、

伸ばして、才能に変えて生きてきたのかな。



僕には音楽の知識も絵の知識も無い。

何の共通点も無いのに、

テヨンと2人でいる時の空気感…

契約の友達なのに、

本当の友達と何が違うのか分からない。


なんでこんなに居心地がいいんだろ。




…人として、魅力的すぎる……


こう思ってる時点で、

そうとうテヨンの事好きだよな、僕…



ほら、また無邪気に近づいてくる。


「…今度は何…」


僕の背後に回られる。


「お腹すいた♪」


「もう殆ど完成。

シンプルなオムライス。

お母さん料理好きだったなら、

いっぱい作って貰ったんじゃない?」


「うん。キムチと一緒に食べたい。」


「おー、さすが韓国人!

ケチャップと合うよねー。

キムチの中でも好き嫌いある?

僕の手作りキムチ…」


話の途中で横からキスをしてきた。


「…っ!ちょっと!

卵…!半熟のトロトロにするには

タイミングが……っ!」


タイミングが大事なのに、

またキスして身体を密着させてくる。


どうして今…

今朝…お互い……したのに…




『お願い…ハミン、助けて』



今朝、すぐに許してしまった。


助けてって…何だよ。

命掛かってるぐらいに懇願されたから

許したのに…


またどうせ許してくれると思ってる…?



「…また…っ!

どうせすぐ許されると思って…

騙されないからな…!」


「…なにが…?

ハミン…、ホント、

ハミンを我慢するのも死にそうだし、

解約って言って終わりにされたら

ホント死んじゃう…」



…僕の…テヨンを好きになったら

自分で傷付くのが怖いっていう悩みなんて…

テヨンの生死を訴えられたら

とてつもなく小さな悩みに思えるし…


また…伏し目…

見下ろされて見つめられたら

避ける事が出来ない。

キスして目を閉じたら

もう全部…

思考も身体もテヨンの思うがまま。


今朝、受け身だけで味わった快楽が、

気持ち良さだけが、すぐに蘇る。


ズボンを下げられたと思ったら、

すぐに手の感触じゃない

濡れた、柔らかすぎる…舌の感触。

舌で舐められ…


「…ぁ………っ!」


…高い声が出てしまった。


テヨンが僕に身体を擦り寄せながら耳元にキスを…


「…声、我慢しないで…」


更に耳の中まで舐められたら…


舌の…ペチャパチャいやらしい音が

ダイレクトに脳にくる。

音量なんて関係なく、最大限に響いてくる。


我慢していた声も声量とか分からなくなって

大きくなってしまう。


「……あーーーっっ……!」








またテヨンの手と唇だけで…


後始末をさっさと済ませる

テヨンを見ながら…



…オムライスの卵…

失敗したのは僕が食べて、

もう一つは上手に出来るかな…


どうにか普段通りに戻るように

頭を切り替えた。




仕事をしながらだけど、

ずっと2人きりの家。

この状況が、余計混乱させてるよな。


テヨンの倫理観や恋愛観…

絶対僕は理解出来なそうなのに、

あやふやなまま…

ペースに引き込まれてしまう。








仕事で一日中外出する日も何度かあった。

テヨンは大抵家で絵を描いたり

サックスを吹いたりして

過ごしているみたいだった。


テヨンのペースで1週間以上が過ぎた。


仕事でテレビ番組収録の日の朝。

ケータイのアラームで起きる。


テヨンには声かけてって言われるけど、

かけたらかけたで中々離してくれないから

今日はそっと腕と脚からすり抜け、

ベットから下りる。



身支度を軽く済ませて、

テヨンの分の朝ご飯を用意する為

キッチンへ向かう途中…

リビングから声がした。


「おはようございます。」


「わ!!…どなたですか?!」


誰もいないと思っていたのに、

いきなりで身体も変な動きをしたはず。


「すみません、びっくりさせて。

テテしかいないと思って…

さっき勝手に上がらせて貰ったんですけど

どうやらお楽しみだったみたいで。」


お楽しみ…?

確かにベットでくっついて寝てたけど。


…雇われてるって言っちゃマズイ人かな。


「あなたは…?

僕は、お楽しみをしてた訳じゃなくて…

ただの友人ですけど。」


「あ、私、テテの…音楽関係の仕事仲間で、

幼なじみでもあります。

南雲 純と申します。はじめまして。」


話ながら僕の方に歩いて来ていて、

タイミング良く、握手の為に手が伸びてきた。

動きもスマートで、見た目も紳士。


「あ、はじめまして。

キム ハミンです。」


僕も手を出して握手。

…テテ…テヨンの幼なじみか。笑顔もスマート…。

友達いないって言ってたのに。

合鍵を持っていて寝室まで進める仲なのか…?

まぁ、テヨンだったら普通の人でも

そこまでするのかもな…



「あ!ナグ!来てたの?!」


ちょうど呼びに行こうとしたら、

テヨンも起きて来た。


「テテが仕事の話しに来ないから。

日本にいるうちに、少しでも会わないと。」


「仕事の話、電話でも出来るじゃん…

……

ねぇ、ハミン…起きる時は

声かけてって言ってるじゃん。

なんで1人で…」


南雲さんと話してると思ったら

急に僕に抱きついて来て甘い声を出すテヨン。


「おい、ちょっと抱きつくなよ。」


僕にしたら低い声。

驚くテヨンの顔を睨みながら

抱きついてきた腕を解いた。



初対面の人の前で…

恋人同士のように甘えないで欲しい。

恋人ではないのに。


こっちだってテレビに出て、

仕事してるんだよ。


変な噂だって面倒なんだ…




面倒な事は避けてきたのに。


テヨンの事で、

どれ程あやふやなまま

過ごしてると思ってるんだよ。




テヨンだけが悪い訳じゃないのに、

不安な気持ちが怒りになってしまった。



「お茶…?朝ご飯…?用意したら

仕事に行くから、僕の事は気にしないで。

すみません、南雲さん、失礼します。」




不満気なテヨンを横目に、

キッチンへと向かう。


朝ご飯と、昼ご飯。

そして夜ご飯も用意しといた方がいいかな。





僕は少し、


頭を冷やして…



気持ちの整理をしなくちゃ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る