⑵ チャプチェ





「ハミンごめんねー、

詳しく話す時間無いまま行かせて。」


ホンミ先輩の事務所へ打合せに来たら、

開口一番に謝られた。



「昨日大丈夫だった?

契約した?面倒見てあげるの?」


「…人助けって言ってたから…

ホントそんな感じですよ。

…住み込みって言われたし…」


「え?住むの?

…まあ場所は悪くないけど…

彼、…わりと有名人だけど…知ってる?」


「?サックス奏者って聞いたけど、

知らなかったです。

全然クラシック興味無くて。」


「うん、ジャズだけど。

たしか17.8?くらいまで

日本に住んでて…高校生なのに

サックス吹いたり歌歌ったり…

ライブハウスとかバーとかで、

彼が出るって時は凄かったよ。

…ハミンが高校卒業して、

こっちに来た時くらいに、

多分パリに行ったんだと思う。

パリでも活躍してー

今じゃワールドクラスの有名人。

サックスもプロだしー

ライブだと歌も歌うし…

けどそんなに活動してないから、

知らない人は知らないかもね。

…日本に戻って来たなら

テレビに出てくれないかな…」


「だから日本語ペラペラなんですね。

…こっちに来たばかりで、

友達いないって言ってましたけど…」


ホンミ先輩が目を細め、

意味有り気に…


「……言っといた方がいいよな…

彼だと…多分…友達じゃなくて

恋愛関係になっちゃうからじゃないかな。

容姿端麗であの才能だから

男女関係無く誰からも好かれるだろうし…

まぁ、業界から流れてきた噂だから

分からないけどー

普通の友達はいなそうだよね。」



やっぱり少し面倒そう。



…彼女がいるって


嘘ついてよかった。










貰っていた合い鍵はあるけど、

とりあえずインターホンを鳴らす。


今日は打合せだけだったから、

お昼ご飯はテヨンと食べるつもりだった。


昨日、いきなり泊まる事は

さすがに服とか荷物が無理だから、

あの後夜ご飯を用意して

朝ごはんも用意して…

また昼に来る約束をして…約束通り来た。



…インターホンから返事が無い。


居るけど出ないのか、外出してるのか。

あ、ケータイ持ってるのかな…

聞いとかないと。


返事が無いから

合い鍵で入る事にした。


お腹を空かせて待ってなければいいけど。



足りてない食材を買ってきたから

冷蔵庫に運ぶ。

…冷蔵庫の中には、夜と朝の為に

作ってあった物がそのまま残っていた。



昨日見せてくれたテヨンの部屋や、

リビング、庭…

探したけど居ない。

出かけるなんて言って無かったけどな。


昼ご飯でも、夕ご飯でもいいか…

1人で料理をする事にした。

韓国料理の定番であるチャプチェ。

冷めても食べやすいし。

食べたいって言ってたし。








「すごく……いい匂い……」


チャプチェが完成したと同時に、

テヨンがキッチンに現れた。

パジャマ姿、眠そうな目、

…お腹を掻きながら…。


「あれ?出掛けてたんじゃないの?

ケータイ番号とか聞いてないから

連絡取れないと思ったけど…」


「ずっとアトリエにいた。」


「……ご飯は?

もしかして、昨日あれから食べてない?」


「………うん。」


「…寝ないで描いてたの…?」


「うん。きのーハミンにあってー。

創作意欲…?威力…?がスゴくて。」


…それって良いこと?

僕は褒められてるのか?


「ハミンのおかげで良いのが描けた。」


「…じゃあ、後で見たいな。

あとアトリエの場所も教えて。

今度からも倒れる前に、

睡眠か食事か取ってもらわないと。」


「あー……へへへへー」


…怒られた子供のような反応。

僕の心配は通じたようだ。








「今日は泊まれるの?」


チャプチェを麺類のような勢いで食べながら

聞いてきた。

…そんな風に食べるなら、

もっと薄味にしとけば良かった…


「…うん、けど、

殆どこの家で過ごすって事は、

僕の仕事もここでさせて貰うからね?

キッチン使って

新しいレシピとか研究したいし…

ねぇ、ご飯は?

水分もとって。」


水を差し出し、ご飯も食べて貰う。

水は溢す…ご飯はついてる…


手を伸ばし、ご飯粒を取ってあげる。


「ん、うん、全然いい。

キッチンにずっといてくれてもいい。

…料理する姿…いい。」


「イケメンに容姿の事言われてもなー…」


「イケメンって…

ハミンはセクシーだよ。

カワイイしカッコイイ。」


……こっちが恥ずかしくなるくらい

恥ずかしそうに言わないで欲しい。

お世辞だ、とは思え込めなくなる。


こっちが誤魔化す為にふざける。


「だろ?だからテレビのオファーが

多くて多くて…」


今度は冷たい目で睨まれた。

…なんだよ。冗談…って程でも無いのに。



「…彼女は…?

1ヶ月、俺とずっと過ごしても平気…?」


「…あー、平気。

もともと忙しくて、

なかなか会えないから。」


「ふーーーーん」








遅めのランチの後、

僕が寝るにはとっても早い時間なのに

どうしてもと頼まれる。


ベットに男2人、並んで横に。

テヨンは僕より大きいけど

…流石キングサイズは寝心地が良さそうだ。



「…明日…僕は特に予定ないんだけど…

テヨンは…?」


もう寝ちゃったかもと思って

静かに尋ねてみた。


「…俺も…何もない…

家で、サックス吹いて、絵描いて…」


寝言のように喋りながら

僕にくっついてきた。


少しカワイイとは思うけど、

寝る時にくっつかれても困る。


僕はそんなに人肌に慣れてない。



振り解くのも可哀想だから

テヨンが寝るまで、離れるのは我慢かな。


「じゃあ、遅くても昼ご飯には

起きて食べようか…」


「うん…」


…お互い1枚ずつくらいの洋服だから

肌に当たる刺激が強いのに…


テヨンの手が

僕を抱き枕?ぬいぐるみ?とでも

思ってるのか。

容赦なく僕の身体を弄る。


人の身体に慣れてるんだろうな。





僕は、意識してない人には

自分からボディタッチしてしまう。

育ちが韓国だからかな。

並んで雑魚寝なんて当たり前だし。


日本に来て

ボディタッチを繰り返してたら

勘違いされることが多くて、

自分から『彼女がいる』発言をして

面倒を避けてる。

…実際にいる時もあったけど、

僕は食に関する事になると夢中になり過ぎて

彼女との時間が真っ先に疎かになる。


いつも好かれて付き合うけど 、

僕からは愛情も時間も少しだから

だいたい向こうからお別れされてきた。







キレイな寝息を立て始めた。


…人と寝るなんていつぶりだろう。







僕もぐっすり寝たみたいで、

気づいたら朝焼けくらいの時間。


テヨンの腕や脚を、

結局振り解かないまま寝てしまったから

少し身体が痺れてる。

まだ爆睡中みたいだから

そっとすり抜けて、ベットから降りた。


テヨンが起きるまではそっとして…

お昼ご飯を朝食みたいに用意し終わったら

起こす事にしよう。



僕の部屋という隣の部屋で着替え、

洗面所で身支度をしてからキッチンへ。



何かデザートを作ろうかな。


泡立て器はあるけど

ミキサーなんて無いかな…


ありそうな棚の扉を開けたりして探す。

僕の身長でやっと届く、上の棚も。


「何探してるの?」


急に耳元で声がするし

背後から、覆い被されてきて焦った。


「ミキサー…あるかな?と思って。」


僕が伸ばす手の更に上を

テヨンが軽々と手をのばして棚を開ける。


…これ、僕が女子にやりたい事であって、

男から僕がされても全然嬉しく無い。


ただ身体が近いってだけ。


「ミキサー…多分何処かにある。

ここに住んでた俺の母、

料理好きだったから…見覚えある。」


「…母さんと住んでたんだ。」


「うん…。キッチン広くて使い易くない?

母もいつも料理してた。

思い出の場所なのに…

父が売ろうとしてたから、

俺住むから待ってって……」


「そうか…うん…お母さんもきっと…」


「向こうで売れ売れ言ってる。」


「へ??あ……そう…良かった、

元気なのね……」


「ハミン、俺何度も目が覚めて…

ハミンがいる度、幸せだった。」


「へ??」


「今は、居なくて……

ハミン、起きる時は声かけて。」


……ものすごく近い、テヨンの顔。

しかもさっきから、

僕が退くくらい近いのに、

場所が場所で動けない。



「先に用意しとこうかと…」


「ご飯が出来てるとかより、

ハミンと一緒の方がいい。」






“普通の友達はいなそう

友達じゃなくて恋愛関係になっちゃう”




こーゆう事?

ホミン先輩の声がよぎる。



ずるいな、友達契約なのに、

僕と恋愛関係?

自分は遊びで1ヶ月

楽しめればいいのかも知れないけど……





僕の顎が少し持ち上げられたと同時に、

上からキスされた。


避ける事も出来たけど、

上から見落としてくるテヨンの目から

逸らす事が出来なかった。



「これ以上したら、

友達契約、解約だね。」


「…俺が飢え死にしてもいいならいいよ…」


「…何それ、脅し?」


「脅しになる?

…このまま、ハミンと…

ハミンを我慢しても、俺死にそう…」



テヨンは、僕をどう扱うのか。


テヨンの扱いで、僕はどうなるのか…。



僕が本気になったら


僕は傷付くんじゃないか。



「僕、彼女…」


「…そーいうのは、今は忘れて…

俺だけみて…」




面倒は嫌なのに。


テヨンの事お世話しながら

ずっと一緒にいてもいいってくらいなのに…


テヨンの気持ちが、

少し僕に向いてるのはわかるけど…





繰り返すキス。

受け身のキスなんて初めて。

どうしたらこんな雰囲気を出して

攻めて来れるんだろ。

まったり、ねっとり。

テヨン自体が雰囲気の塊だからか。



キスだけでも激しくて

唇が食べられ、舌まで持ってかれる。

同時に身体も密着して…もっともっとって…



求められて、気持ち良さだけ感じて

引き返せない。



…ほんと慣れてる…

男の身体の僕を、こんなに…


お互い十分興奮してるのが伝わる。

テヨンが僕のズボンと

自分のズボンを下ろして…

テヨンの手が2人の敏感な所を煽る。


こんな事で満足するのか少し不安になったけど、

トロトロになって…

何よりテヨンの手と、

絶え間ないキスで


そんな不安は不要だった。








別に恋人同士になった訳じゃない。


またこんな事になっても、

恋愛関係という程じゃなさそう…

…テヨンは慣れ過ぎてる…



今、身近にいるのが僕だからって、

1ヶ月で捨てられるオモチャにされたら…

僕は…


…傷つくのが怖い。







後処理……身体や服に付いたものを

近くにあったキッチンペーパーやらタオルで

拭いてくれるのにも、'慣れ'を感じる。


…掃除とか、ご飯の用意は苦手なくせに。





「…契約……解除されたい??」


「………いえ……

出来る事なら続行で……

…お願い……ハミン、助けて…」




……これは人助け?


お願いされたら断れない……




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