第13話 とかげこうもりの巣

 ベイクとイーナ寺院の周りを回って、裏口がないか調べてみる事にした。この建物、窓らしきものが無い。壁は石灰造りだが、見た感じ、触った感じが今までに体験した事の無い感じだった。何で出来ているんだろう、とイーナは思ったが、また嫌な気分になるに違いないと思ったのでやめた。どうせろくでもない物で作られているに違いない。


 正門の逆側に裏口を1つだけ見つけた。木のドアを音もなく開けると、中は昼なのに真っ暗だった。その空間に何も居ないことをベイクは五感で確認すると、持参した蝋燭に火をつけた。

 そこは昔、かつて調理場に使っていたと思しき場所。石を積み上げた焼き場とまな板が置けそうな調理台。包丁がその隅に無造作に置かれていたが錆びていていつの物か知れなかった。


 屋内は無音。天井が低く圧迫感を感じた。まるで洞穴だ。索敵の様にベイクが慣れた様子で壁を背にして、調理場から向こうに続く扉に近づく。イーナもその後に続いて壁に張り付く。


 ベイクは2つ目の扉を開けた。


 何かが振り向いた。小さく低い嘶き。こちらに歩いてくる。ベイクは蝋燭を拭き消した。ドアの側の壁に張り付いて、五感を全力で研ぎ澄まし、暗闇で目を閉じた。足音を聴き、体温を感じ、血の匂いを臭い、空気の流れを味わい、目に見えない者を見ようとした。

 翼のイモリがこちらの部屋に一足入ってきた瞬間、袖から出た石のナイフを掌に掴み、反転してドアに右手から乗り出して、イモリの声帯がありそうな喉の場所を描き切った。そして向こうに押し倒して押さえ込み、口の代わりに傷口から声を漏らす間もなく、目と目の間、骨の無さそうな柔らかい場所にナイフを突き立て、動かなくなるまで、死後硬直するまで体を押さえつけた。


 再び蝋燭に火をつけると、瞳孔を合わせつつある、突っ立ったイーナが居た。この人食いは遠目から見ると大きく見えるが、ベイクより少し低いくらいの背だった。死んでいる様子は、馬車に轢かれた牛蛙と大差無い。人を食べる翼を持つ爬虫類。ただそれだけに思える。


 ベイクは大丈夫かとアイコンタクトする。


 イーナは腹が決まっていた。槍は手に持っ

ていた。


 そこは食堂みたいだった。というのは、向こうに20人は座れるかと思われる長いテーブルがあるが、椅子が無い。上座に暖炉があるが薪はなく、黒い口をポッカリ開けていて、雲の巣が張っていた。


 イーナが上を指す。ベイクが明かりを頭上に掲げると、壁から壁に木や藁、枯れ草を何らかの粘着物質で固めて作ったハンモックのような物が渡されている。下からは想像するしかないくらいによく見えない物体。


 「多分奴らのベッドだな」ベイクは小声で呟いた。


 この寺院が巣になっているのだ。食堂には彼らが持ち込んだ木や草が散乱していて、各々寝床を作っている。あの湖で卵を産み、赤ちゃんは水中で育て、生きた人間を食べさせて、この寺院に巣を作る。


 ベイクには漠然と疑問が湧いた。あの小屋は?人を鎖に繋いで餌付けするのはこいつらの親がやった事なのか?小さく退化した手といい、知能といい、そこまで手が込んだ事が出来るだろうか。


 食堂からのドアは2つ。1つをベイクは開けた。ドアのこちらからの視界には祭壇と思しき台の横面。台の上には何も無いがやはり、床は散乱している。顔を出して覗きこむと、この建物の正門の裏側が見えて、直ぐに顔を戻して、扉を閉めた。


 「どおしたの?」


首を振るベイク。しっかりとは見なかったが、無数の手製のハンモックで天井が見えなかった。そして無数の寝息。多分15くらい。かつての祭壇と参列者達のための椅子が並ぶ聖堂は、蜥蜴蝙蝠たちの就寝部屋になっていたのだ。

 流石にこちらには行けない。今向かうべきは漠然と決まっている。サージだ。彼が鍵なんだ、探さないと。


 食堂のもう1つの戸を開けた。ベイクは足音無しに低い姿勢で侵入する。イーナも続いた。

 中はかつての司教の部屋らしかった。本や人間が使いそうな皿、銀食器、紙で散らかっている。立派だが所々本の無い本棚と机。まるで人間が住んでいた様で、インクやペンまであった。


 ベイクは机の本をめくってみる。

 本は読めない文字で書かれていて、よく分からない挿絵があった。何かを図説しているらしかった。


 最初の挿絵は横線の下に丸がいくつか。

 次は割れたマルからおたまじゃくしが出てきた絵。かなり簡易化された絵だ。


 陸に上がる四つん這いの黒い物。


 ベイクは胸が悪くなってきた。分かりかけていたのだ。

 途中よく分からない絵だったが、何か黒い物が翼を持って飛んでいて、次に巣に居る黒い物体と、それが沢山あり、それを構える建物の必要性を訴えているページらしかった。


 「貴様、人食いとかげを育てたのか」


 「え」突然怒って話しかけるベイクにびっくりした。


 「自作自演か。このクソ野郎」


ベイクの蹴りがイーナの脇腹をかすめて、イーナが気づいた時には後方でけたたましい音を立てて本棚と本が崩れた。

 本の合間には人。倒れて、刀剣を持ち直す手と、立ち上がろうとする足。


 「拾ったんだよ」


「立て」


「ピンときたよ」サージはニタニタしていた。


 「外道が。居なくなれ」ベイクは本気で怒っていた。

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