第11話 木の騎士の精

 ベイクとイーナが準備万端であの悪魔が飛び去った、集落の北西にある山岳地帯へ向かう途中、また喋るもぐらに出会した。どうやら待ち伏せしていたらしく、急ぐ2人を灌木の隅から呼び止めたのだ。


 「自警団員さんの事はお悔やみ申し上げます」もぐらは頭を垂れた。


 「あんな人でなしどもなんて知らないわよ」イーナが笑ってなだめる。


 「皆追いはぎの事を知っていたのかどうか...皆が恩恵に授かっていたかは今では知る由もありませぬ。家族がいた者もおりましたでしょうし。この森で惨劇が起こるのは、あれで最後であって欲しいと願わんばかりです」


「終わらせてくるよ。住民達にも伝えてくれ」ベイクはもぐらの前にしゃがみ込んで言った。


 「そう言って頂けるとありがたいです」


「北西の山岳地帯に行く途中に、小川の流れ込む池があるのは分かるか?」


池の話を聞いて、イーナは思い出して身震いした。あの後絶叫しながら村の井戸水が無くなるかと言うほど水浴びをした。


 「あちらの方はよく分かりません。昔から人も森の住民も近寄りませぬ。どこにでも忌み嫌われる大地というのはございまして、あの池に魚は住みたがりませんし、動物も水を飲みに行こうともしません。噂によると、泉の向こうに草も生えぬ山岳がございまして、そこには古い建物があるという噂でございます」


「どんな建物だ?」


 「なんでも大変古い寺院であるらしいのですが、昔から不気味だという事で、良い噂は聞きません。山賊の寝床であるだとか、別の世界の神が祀られているだとか、様々です」


「なるほど、あの怪物が住み着くにはうってつけじゃないか」ベイクははげ頭を掌で摩った。


 「どうかお気をつけて。私どもには何も出来ませんが」もぐらは申し訳なさそうに頭を垂れた。


 「森の長にも、任せておけと伝えといてくれよ」


「有り難きお言葉でございます。必ず」


 泉から北西は、森の模様が変わっていて、葉の無い藪に、霧が垂れ込めていて、まるで火事にでもあったかという様な、土に栄養の無さそうな地帯だった。あまり雑草も生えておらず、動物の好みそうな植物も生えてない。少しずつ傾斜していて、いつの間にか山を登っているという様子だった。


 「ベイク、例の寺院、何が居ると思う?」イーナが不安がって訊いてもベイクは答えなかった。


 すでにベイクは裸足で大地を感じながら、また五感全てを研ぎ澄まして、イーナの前を歩いている。


 枯れ木の森で、ベイクは立ち止まった。説明はしなかったが、空気の流れを感じたのだ。しかも、体温を感じない個体。


 「居るんだろう。姿を現せよ」ベイクは霧に話しかける。イーナには何も見えなかった。


 ゆっくりとした足音がして、木目が鎧にまで入った木の武人が視界に入ってきた。筒状のグレートヘルムから手甲、刀剣、円形の盾、ブーツに至るまで全てが木でできていた。


 「木人間...」イーナは声にならない恐怖と憎悪を覚えた。生物でとは思えない物体は何も喋る事なく、我々の進行方向に立ち塞がっている。

 ベイクが2歩前に出る。ぼんやりとした霧の中で相対時する2人を、イーナは見ているしか無かった。槍を手に持つ事すら忘れていた。


 「お前に用はないな。どいてもらえるかな?」ベイクは冷静だった。


 木の武人は抜刀した。すると刃だけが銀光る鋼の剣だった。得物の差でいうと、こちらの方が分が悪い。こちらには掌ほどの石のナイフしかないのだ。かといってこいつには神聖術は効かないだろう。これは悪しき者にしか効かない。


 「邪悪な者では無さそうだが、どいてもらえないなら退けるぞ」


 木の武人は物質に命が宿っている生命体のため、筋肉の緊張や呼吸が読めない。どんな動作をしてくるか予測しにくいのだ。

 ベイクは仁王立ち、武人は刀剣を持つ手を背後に引き、腰を低くして身構えた。建物で上半身が3分の1しか見えない。ベイクは相手が目で物を見ているのでは無いと仮定した。温度か、音か、生命反応か。一撃。一撃放った隙があれば仕留められる。

 ベイクは肘を震わせて手に石のナイフを取り出した。そしてそれを木の武人の近くに放ってみた。反応無し。音や風ではない。奴の目は温度を探知している。厄介だな。


 次にベイクは思い切りナイフを相手に投げつけた。振りかざして、身体全部を使って全力で。

 木の武人は盾に隠れる。相手の体温が上がり、動きで何かを投げたとわかった。そしてナイフが盾に突き立つと、前方の相手の体温が迫りくる。

 刀剣を、体をよじらせ、力一杯ベイク目掛けて振り切る。...つもりだったが空を切った。手応えがない。ベイクは刀剣の長さを計算して、ギリギリで立ち止まったのだ。剣先はベイクの鼻数ミリを切る。

 武人の肘が立ち、刀剣を持った右手は左後方へ。

 ベイクは飛びかかり、右手を首に押しつけ、馬乗りになって武人を倒し込んだ。


 木が砕ける音。

 ベイクは鍛え上げられた怪力で木の男を解体していく。中は空洞だった。手足、頭をどうから剥がすと、武人は動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る