第9話 とかげこうもり

 村から3キロ離れた森で寝ていたベイクは、ふと目を覚ました。薪がもう消えていて少し寒い。イーナはと見ると、毛布に包まって、まるで少女の様に寝ている。


 かすかな、人の声。必死な男達の声。盛んな蹄の音。


 なるほどこの音で目を覚ました様だ。ベイクは裸足で音も無しに、暗い木々の合間を駆けて行った。


 ほのかに向こうに明かりが見えた。10個くらい。近づくにつれて、それは揺ら揺ら揺れていて松明の炎だと知れた。

 しかしもう直ぐ到着するかという位置に来ると、明かりの位置が、ひとつひとつと変わった。ベイクには位置が下がってゆく様に感じられた。炎が下に落ちていっている。

 木の向こうから覗き込むと、そこには、地面に落ちた松明と散乱した刀剣や槍。そして、迷い馬がベイクの脇を急いで駆けて行った。

 そこからは静寂だった。ここからは火が燃え移りつつある地面しか見えない。


 どさっと、左手から音がした。火に映し出されたのは倒れた人。あの上っ張りと装備からして、集落の自警団だ。5メートル離れたここからでもわかる。死んでいる。

 ベイクは研ぎ澄まされた耳と感覚で周りに何も居ない事を確認すると、明かりが散乱して落ちている方に出た。そして松明をひとつ拾い上げ、辺りを見渡した。


 丁度松明と同じくらいの数の自警団の人間が、辺りの木々に、目線より少し上の位置から吊るされていた。

 足にナイフや槍、恐らく彼らが持参したエモノを刺され、頭を下に、まるで飯屋のお品書きの様に、落ちた松明を囲んでいた。


 ベイクが近づいて見てみると、彼らには外傷が無かった。しかし妙に表情が歪んでいて、それは恐らく恐怖のせいみたいだった。


 どっ。2メートル後方、松明のそばに何がが落ちてきた。


 人の手だった。

 また1つ。次は何らかの内臓。

 どす黒い水分にまみれた沢山の内臓と、人間の部位。次から次と空から降って来た。頭上の空にまだ居る。


 ベイクはゆっくり松明を地面に置くと、側の木に背中を付けて、葉の下に身を潜めた。


 落ちてくる人の部位は、何か千切られたかの様な傷口。ベイクは木の葉から空を覗いてみたが、地面の松明の明かりのせいで空の暗がりに瞳孔を合わせられない。しかし、上には確実に何かいる。

 木の葉が擦れる音。

 木だ。木の上に居る。

 ベイクは息を潜めた。もうバレているかも知れない。


 ベイクはどうすべきか、考えを巡らせた。どうにかして正体を知りたい、が逃げられるかも。感情の起伏は無かった。こういう時も冷静で居る訓練と経験は十分積んでいる。

 硬質な落下音がした。どうやら大腿骨の様だ。木の上の悪魔は人の筋肉を好んで食しているらしい。


 やや大きな、木の葉と木がたわむ音がした。そして黒い影が地面に降り立つ。艶やかに黒光した、マダラ模様の身体。蝙蝠が持つ様な薄膜のある翼。人の胸の辺りに生えた手は退化していて小さく捕食の時にしか使わない。二本足で立っているが、尻尾を支えにしていて、形は蜥蜴の様。顔は身体とは不釣り合いに小さいヤモリに似た平べったい顔をしているが、口を閉めても歯と歯茎が見えている。

 尻尾を引きづりながらペタペタと地面を歩き、先ほど仕留めた獲物の所ににじり寄る。そして1つ小さな手に抱えると、砂煙が巻き起こる程に翼をはためかせて、飛び上がり、去って行った。


 ベイクは木の影に隠れて、その怪物に飛びかかる事はせず、ただよく飛び去る方向を見送った。

 そして、イーナの元に帰った。

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