第2話 旅立ち

 「あんた!どこ行くんだい?」


 イーナは朝早くから診療所を出て行こうとするベイクを必死で止めた。

 結局昨夜は鶏小屋ではなく、診療所の床で寝た。診察用のベッドで寝なかったのは、汚いわけではなく、ベイクの気分だった。


 「ちょっと調べてみるよ。来る前に狩人が死んでたって言ったろ。これがそいつの帽子さ」


 ベイクはイーナに手渡した。


 「これは」


「知り合いなのか?」


 ベイクは神妙な顔で尋ねた。


 「この織物はここから10キロ離れた集落の特産品だよ。どこで?」


 イーナは困惑した様子で言った。


 「ますますだな。奇妙だ。調べて、何が人を襲っているか突き止めないと。ここの連中は手当たり次第に魔物を狩っているが、その内取り返しがつかん事になる」


 ベイクは金具の無いブーツに足を押し込む。


 「取り返しのつかない事?」


 イーナは胸に手を当てた。


 「獣みたいな奴ならかまんが、復讐する頭がある奴らに目をつけられてみろ。こんな集落あっとゆうまさ」


イーナは押し黙った。そして、あのいけ好かない自警団の団長の顔が思い浮かび、次に人の良い長の顔。自分が育ち、捨てて、また舞い戻った村。普段は怪我をした農夫や、持病を持つ老人を治療して、みんなそれはそれはありがたがってくれる。お父さんとお母さんのお墓は切り開いた裏の丘陵にあり、そこらはお花を持って行かなくても良いくらいに、一面花畑になる。

 そんな自分の故郷が、悪魔狩りだとかで、皆が騒めき、魔物に脅かされるなんて、とてもじゃ無いけど我慢出来ない。

 

「私も行くわ!」


うん、そう来るなとベイクは思った。そういう顔をしていたもの。


 「支度しなよ。その代わり死んでも知らんから」


 ベイクは念を押したが、あの気の強そうなギョロリとした目を見ると無駄だと分かっていた。あの手の女は混沌を好む。

 イーナはベイクと自分のバックパックに詰められるだけ食料と、ランタンやナイフや着火剤などの野宿用品を詰め始めた。ベイクは来た時と同じ白装束だったが、イーナはなめし皮の胸当てにブーツ、腕には肩まであるミトンを付けた。そして頭には皮のヘッドギアを付けて、寝室の奥から埃まみれの槍を取り出してきた。


 「心得があるのか?」


 ベイクは見開いて言った。


 「街にはアカデミーに入る目的で行ったのよ。就職は治癒術が使えるからって診療所に入ったけど。女性クラスでは武芸は主席よ」


「錆び付いてなきゃいいが」


「あなた、獲物は持ち歩かないの?」イーナはまじまじとベイクを見た。


 「俺は金属が駄目でな。その代わりこれさ」ベイクが肘から上を上げると、袖からナイフより少し長い、鋭利な石の刃が出てきた。


 「石のダガーね。すぐに折れそうだわ」


「使い捨てみたいなもんさ。何個かあるが、作るのが大変でな」いつもいい形の石があればバックパックにストックするので重くなるのだ。


 「金属が駄目って変わってるわね。坊さんでも武装するわよ。まあいいわ。早く出ましょう。小さい集落だから誰かに見られれば噂されて面倒くさいわ」


表はまだ、人の往来は無かった。農夫が起き出して水やりや餌やりをし始めるまでは、まだ少しあった。2人は静かに、遠足に行くかのように集落を出た。


 自警団団長サーベは、それを自宅の窓からじっと見ていた。

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