第3話 ごみ捨て穴

「へえ。あんた、変わってるわねえ」イーナはイチジクをちびちび食べながら言った。


「術が使えてしかも術破りができるなんてさ。そんな人初めて見たよ」


2人が腰掛けてるのは広大な森林の中。丁度良い切り株が2つあったので、腰掛けて昼食にする事にした。

 ベイクは何も欲しく無かったので水を飲んだ。


 「第六感とか感性を使うのが術(スペル)だろ?五感を極限まで鍛えて術に対抗するのが術破り(スペル・ブレイク)。なんで両極端な性質が1人の人間にあるんだい」イーナはイチジクの皮を女性らしく綺麗に畳んでいる。


 「そういう訓練をしたからな。それに俺が使う神聖術は天の聖なる力を借りて...」


「天!」イーナが吹き出した。


 気まずい沈黙。目を細めるベイクの顔を直視出来ない。


 「ところで」イーナは話を変えることにした。「昔、何処で何してたんだい?」


「王宮で神聖騎士団の団長をしていた」ベイクはあっさり答えた。もう恥じない。自分の過去まで呪ったりしない。


 「知らないねえ」


真剣に言っているのか、とベイクは驚くしか無かった。神聖騎士団を知らないと言うことは、今の王様の名前や王都が何処にあるか知らないって事、くらいの事だぞ。


 「なんで辞めたの?」と、イーナ。


 「金属アレルギーが悪化したから」


「なんで剣が使えないの?まさか」


「金属アレルギーだから」


 けたたましい高笑いが森をこだました。ベイクはよく喋って明るい女性は苦手じゃないのだが、彼女には気が挫けそうになった。


 「呪いで、金属アレルギーを酷くされたんだ」


「金属に触れるとどうなるの?」イーナの頬はすでに膨らんでいた。


 「のたうちまわって、心臓発作が起きる」


木々の合間を、枝を避けながら歩いていて、イーナは久しぶりに笑った気がした。それもお腹を抱えて笑った。こんなに笑ったのはアカデミーでクラスメートと以来だっけ。集落に帰ってからは絶対無い。


 「雨が降るな」ベイクが前を歩きながら呟いた。


 「こんなに晴れているのに?」イーナは信じていなかった。


 「気圧が変わった」


「あんたのスペル・ブレイクは正確なの?」


「あそこの穴まで行こう」


ベイクの五感は正確だった。あっという間に辺りが雲で覆われ、にわか雨が森を濡らしはじめた。2人は人が立つのがやっとくらいの穴蔵に収まり、雨粒が森林を叩きつける音に耳を済ませた。


 「やだわ。進めやしない」イーナは長い、ウェーブがかった黒い髪を結え直した。


 「おい、見ろ」ベイクは穴の奥からイーナを遠ざけた。「汗。緊張した汗の渇いた匂だ」ベイクが指刺した暗がり、石の影に、なにやら銀色に光る物が見えた。


 警戒して、這いつくばって近づく。もうベイクの瞳孔は暗闇に慣れていた。そういう訓練もされた。


 「いやだ...人?」イーナにも暗がりが少しづつ見えてきた。


 「いや。刀剣と甲冑、の一部、か。おい待て。かなりの量だ。何やらここに投げ込まれたみたいに散らばっているぞ」


 中は入り口よりも広くなっていて、向こう5メートルくらいで行き止まりとなっている。くらいというのは、奥に人が身に付ける物が押し込まれていて、正確には分かりかねるのだ。色々な種類の衣服や甲冑、半ば埋まっている物や、経年劣化した物、男のと女の。大人のと子供の物。様々な色の衣類がグロテスクに地面に積まれていて、まるで何かの巣に迷い込んだみたいだった。


 「なによこれ」イーナは身の毛がよだつ思いがした。中には老人の物と思しき物もあるのだ。


 「投げ込んだんだ。ここは捨て場だ。我々が追うものと関係ありそうな気がする」


イーナがはっと、息を飲んだ。それがベイクにまで聞こえた。


 「どうした」


「これは、私が出て行った街の衛兵の制服よ。ここからかなり離れているわ」


ベイクの不安は強まった。想像以上の被害者の数、行動範囲、手口、数。どれも想像以上で、頭痛がしそうになった。

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