悪魔狩り 〜ギュスタヴ・サーガ〜

山野陽平

第1話 集落の悪魔狩り

 ベイクが藪の中でバラバラになった狩人を見ても、さほど胸が悪くならなかったのは、彼の経歴のせいかも知れない。彼は元軍人で、こういう風景は見慣れている。

 何か遺品はないかと見渡していると、変わった形の帽子を見つけた。もし、この先人里にたどり着いたなら、それを届けてやろう。帽子をバックパックに詰めると、ベイクは狩人を集めて土に入れてやった。


 そして、やや歩いていると綺麗に澄んだ小川にでた。彼はほっと一息ついて水をすすり、バックパックから石を研いでこさえた剃刀を取り出し、伸びきった坊主頭から、眉毛以外を剃り落とし、軽く水浴びをした。垢だらけの身体が綺麗になると、前に旅の修道士から貰った白装束を身につけ、また歩き出す。


 すると遠くに煙が見え、藪が開けてきた。

 そこは村とも集落とも言える人里で、周りを木の柵で囲い、高床の木造の家が軒を連ねていた。どこも一階部分は物置になっている。


 砂利の集落の真ん中を走る通りを歩いていると、車を引いた老婆が繁々と見てきた。気にも止めず歩いていると、2つ、高床ではない石造りの建物があり、片方は庭に沢山の馬を繋いでいて、軒先に刀や槍が立て掛けてある。大方、自警団の詰所といったところか。


 もう一方は扉の上に擦れ多文字で(イーナ診療所)とある。


 それを見てい手振り向くと、通りを立ち塞ぐように無骨な漢が立っている。皮の胸当てに脛当て。農夫には見えず、あらかた自警団の者といったところか。


 「なんだ、あんた。旅の坊さんかい?」


 男は見定めるように繁々と、歓迎しない様子で訊いた。


 「まあ、そうだな。坊さんみたいなもんさ」


 ベイクは考えながら答えた。髪は剃り上げていて丸腰で、金を持ってなくて白い服を着てるなら坊さんだ。信心も...まあまあだな。


 「ん。まあ、いい。人に化けてるみたいでは無さそうだな」


 男はベイクの横をふいっと歩いて行き、詰め所に入って、ドアをバタンと閉めた。


 「あんた、お坊さんじゃあないみたいね」


また不意に左側から話しかけられた。この集落の人間はいきなり話しかけるのが好きなのか。

 診療所のドアに背をついて、黒髪の30前半の女が立っていた。どうやら診療所の者らしいが、服は褪せた緑のワンピースに黒い上っ張りを着ていて、肌は日焼けしていて医者には見えない。顔は目鼻立ちのはっきりした顔だった。


 「あんた、術の使い手だね。様子でわかるよ。私はイーナ。ここに書いてる名さ」


 イーナはニヤニヤして言った。笑っているのではない。女は人を小馬鹿にした様子で喋るのが、癖みたいだ。


 「一晩泊まれる場所はないかな。イーナ。旅籠の様な物はここには無いか」


 ベイクは尋ねた。


 「ん、そうさね。ここは農家しかないからね。村長に訊いてみな。馬小屋を貸してくれるかもね。無理ならウチの鶏小屋を貸してあげるよ。今一つ空だからね」


馬小屋か鶏小屋か。まあ、草むらよりは少しいい。


 「長の家は?」


「真っ直ぐ。突き当たりの大きな家さ」


「ありがとう」


「何年ぶりかのお。外から人がやって来たのは。あんたは坊さんか?」


 村長は80くらいの爺さんでふがふが喋った。高床の家の中は意外と調度品で溢れ、しっかりしていて、部屋割りもある。長の娘と思われる女性がハーブティーを出してくれて、それを頂いた。


 「どこか、一晩過ごせる所はありませんか」


「そうじゃな。今は馬小屋も鶏小屋も一杯でなあ。豚小屋なら空いているんじゃが」


 コツコツとノック。


 「はい。なんだ。あんたかい?馬小屋は一杯かい?」


 イーナが出てきた。


 「ああ。豚小屋しかないらしい」


「はいんな」


 イーナは招き入れてくれた。

 幸い小川で水浴びをしていたので、飯を食べて寝るだけで良かった。イーナはベイクを術士と見てとったせいか、集落の人間と気が合わないのか、ベイクにたわいもない話をずーっとし続けた。まるで、倍も歳を取ったおばさんみたいだな、とベイクは思った。

 そうしていると、日も暮れて、イーナは夕食を作りながら喋った。


 まあまあ聞いてはいたが、両親が早くに亡くなった事、街に一度出て働いたが流産した事、それをきっかけに故郷に帰り、街で働いていた診療所を開いた事等。治癒術は、血行促進や殺菌、あとは風邪を治すくらいは出来るらしい。それを作物や肉と交換でしているという。食べる物には困らないそうだ。


 「あんたはどんな術を使うんだい?」


 ニーナは所狭しと並んだ料理の合間に両肘を付けて、目を輝かせで乗り出して訊いた。 

 献立は、イナゴの塩漬け、バターパン、手製のスモモジャム、馬肉の干し肉、焼き川魚、生卵。食べきれない程だった。


 「まあ、何というか、浄化みたいな術さ」


 ベイクは説明に困った。


 「エクソシズムみたいな?それとも除霊とか交霊術?」


 なおイーナは乗り出してくる。


 「ちょっと違うな...」


突然、ぴーっとけたたましい笛の音が家の外から聞こえた。それも至近距離、隣の詰め所から聞こえた様だ。

 イーナは急いで家の外に出た。ベイクも何事かわからぬまま続くと、診療所の前から詰所の方へ既に人だかりが出来ていた。イーナはたくましく人だかりをかき分けて行く。ベイクも続いた。

 皆の視線の先には誇らしげに馬に乗って詰所に入って行く昼間の男。それに続く配下達、その後には木のタンカを前後ろで2人の男が運んで続いていた。

 タンカの上の物を見て、皆が騒つく。

 しっかりと縛り付けられて運んで来られた緑の、目の無い、人ならざる人型の死体。長い舌が尖った歯の合間から垂れている。腹をズタズタに引き裂かれて死んでいた。

 皆は喜びを含んだ騒めき。


 「あれは?」


 ベイクはイーナに耳打ちした。


 「最近、人食いが出るんで、自警団が悪魔狩りをしてるのさ。毎晩出掛けてるみたいなんだよ。中身は野蛮な奴らさ。農業も辞めて、皆から年貢を取ってるようなもんだよ。いけ好かないけど、怪物は退治してくるんだ」


ベイクは顎を摩りながら、眉間に皺を寄せて黙った。イーナが見る。


 「どうしたんだい?」


「人食いは頻繁にでるのか?」


「ああ、たまに森で人が食い散らかされてるんだ」


「そうか」


「なんだよ」


「さっきの奴は、人は食わないんだ。目が退化して無かっただろう。地上には出てこない種族なんだよ」


「ん、色んなタイプを狩ってきたね。今まで」

 と、イーナ。


 「...、それはちょっと問題だな」


 ベイクは面倒な事が起こりそうな予感がした。

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