第10話.吉野くん頑張る
「い、いや〜! 良い天気だね雨森ちゃん!」
「……」
はぁ、先輩……先輩が居ない。
どうして先輩が居なくて代わりにこのモブ男が私の隣に居るのでしょう……はぁ、先輩……先輩先輩、先輩、先輩先輩先輩先輩、先輩先輩、先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩──
「あ、雨森ちゃん……? ちゃんと貼れてないよ……?」
「──ハッ!」
……いけませんね、せっかく先輩が私を頼ってくれたというのに当の私本人がその期待を裏切ら様な真似をしてしまうなんて……自分の不甲斐なさに舌を噛み切りそうです。
しかもその自分の失敗を指摘したのがこのモブ男だなんて……非常に不本意です。
「あ、雨森ちゃんは何か好きな食べ物とかある?」
好きな食べ物と言えば先輩ですよ。
先輩の腕って何であんなに美味しそうな見た目をしているのでしょうか……ガッシリと鍛えられたその上腕に絞め落とされたいです。
先輩だって私の首を絞めると言いますか、締められている顔が好きらしいですからね……頼んだらしてくれないでしょうか?
先輩の体臭や体温に包まれながら意識を落とされるって、それはもう素敵な眠りに就けると思うんですよね。
あぁ、先輩……今すぐ先輩の腕に抱かれて永眠したい──
「た、食べ物がダメなら好きな場所とかはある、かな……?」
好きな場所と言えば先輩ですよ。
先輩の胸板って何であんなに飛び付きたい見た目をしているのでしょうか……ガッシリと鍛えられたその胸板に飛び込んで頭を打ちたいです。
先輩だって私の容姿と言いますか、身体のスタイルや顔の出来は認めているらしいですからね……頼んだらさせてくれないでしょうか?
先輩の体臭や体温に包まれながら意識を落とすのって、それはもう素敵な眠りに就けると思うんですよね。
あぁ、先輩……今すぐ先輩の胸板に頭を打ち付けて永眠したい──
「あ、あぁ〜、なら好きな番組とか? 僕は名探偵アンジュ・カトリーナが好きで」
好きな番組と言えば先輩ですよ。
先輩って何であんなに動作一つ取っても素敵な絵面として映えるのでしょうか……たまにTwitterで面白い投稿を見付けて吹き出す先輩MADとか作りたいです。
先輩だって褒められると言いますか、自分の顔や表情が素敵と言われて嫌な気分はしないでしょう……頼んだら作らせてくれないでしょうか?
普段は一瞬で終わる先輩の瞬きや呼吸の一つ一つを切り取ってじっくりと鑑賞しながら布団に入り、ループ再生すればそれはもう素敵な眠りに就けると思うんですよね。
あぁ、先輩……今すぐ先輩の咳や鼻を啜った時の音声を聴きながら永眠したい──
「あ、もしかして知らない話題だったかな……じ、じゃあ! 好きな休日の過ごし方とか!」
好きな休日の過ごし方と言えば先輩ですよ。
先輩って何であんなに素敵なのでしょうか……休日はもっぱら先輩だけを視界に収めて生きています。
先輩って多数のバイトを掛け持ちしていますからね、早朝の三時に起きては先輩の家の前にスタンバイし、先輩が出てきて新聞配達を始めた時からはいよぉーいスタートです。
先輩を尾行には敏感ですからね、たまたますれ違った風を装って横を通り過ぎるのです。
予め重ね着していた服をその都度一枚ずつ脱いでいき、時には素顔を晒して、時にはサングラスや眼鏡などの小道具を使用して、時には目深く帽子を被って印象を変えるのです。
そうして朝一番の先輩を堪能したら次は飲食店のバイトです。
朝の仕込みを一緒になって手伝う先輩のプロ顔負けの手さばきをお金を握らせた店主の案内による絶好のスポットから覗き見る──見守るのです。
そして昼間は──
「あ、あ〜……その、あれだね! 久遠って変わってるよね──」
「──分かりますか?! 先輩のあのそこらの凡人とは違う尊さを!」
「え、あ、う、うん……うん?」
何と、ただのモブ男かと思っていましたがまさか先輩の良さを理解できる希少で得難い存在であったとは……先輩はただの凡人ではありません。
凡人ではないからこそ、そこいらの一般人には先輩の良さを理解できないのです……嘆かわしい。
まぁ? その先輩の良さを私だけが理解しているという優越感に浸るのも悪くはありませんでしたが……できる限り先輩の良さが分かる人が増え、尚且つその時には既に先輩の隣には私しか居ないという状況になれば最高です。濡れます。
「ん? あれ? もしかしてだけど……雨森ちゃんって、久遠の事が好きなの?」
「はい、私は先輩の事を世界で一番愛しています……三界の何よりも先輩が一番です」
「──」
私に先輩への愛を問われたのならこう答えるしかないでしょう。
先輩の事と、先輩への愛を想って……心の底から溢れ出る友愛、恋愛、性愛、親愛、敬愛、純愛、母性愛、恵愛、慈愛、博愛……色んな愛の気持ちを込めて……その自分の感情に言われるがままに答えます。
先輩への想いが溢れ出て思わず普段はしない柔らかな笑みを零してしまうのはご愛嬌というものです。
「そ、そっかぁ〜、上手くいくと良いね!」
「はい、絶対に既成事実を作ってみせますね」
ふふふ、このモブ男改め吉……よ、吉……? …………吉田さん! 吉田さんに応援されてしまいましたからね。
同じ先輩の魅力が分かるこの方から応援されるという事は、傍から見ても私と先輩はお似合いという事ですよね!
……くふふ、あぁ私の処女はどうやって先輩に頂かれてしまうのでしょう?
今から妄想が止まりません。濡れます。
「じ、じゃあ僕は向こうに行くね! 手分けした方が早く終わるだろうし!」
「? 貴方がそれで良いのなら構いませんよ?」
「うん、じゃあね」
足早に去っていく吉田さんに返事をしながら貼り付け作業に戻ります。
元々先輩から『協力した見返りに紹介する事になったからよろしく』って、私の同意なしに勝手に決められた事ですからね。
吉田さん本人が良いならそれで良いのです。……話も大半が詰まらなかったですし。
「うふっ、まったく先輩ってば強引なんですから……」
まるで既に私が自分の所有物かのように扱ってくるんですから、堪りません。
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「はぁ、はぁ…………や、ヤバかった……」
急いで雨森ちゃんから離れた僕は胸を……心臓の上を手で抑え込みながら蹲る。
「いや、あの表情は反則だって……」
なに? なんなのあの慈愛の女神の微笑みも霞むレベルのアルカイックスマイルは……思わず見蕩れてしまったし、ガチで心臓が止まるかと思ったじゃん。
不意打ちであの微笑みは人が死ねる……それくらいの威力があった。
「……でも、あの表情を浮かべるのは久遠に対して何だよなぁ」
はぁ……最初は美少女と話せるぜ! って軽い邪な気持ちから紹介を頼んだだけなのに……それなのに本気で惚れてしまった。
「そして直ぐに失恋するという……」
所詮俺は久遠の犬さ、犬がご主人様の女に横恋慕するのは罪深いってか……クソ野郎。
「……あぁ、クソッ!」
──あんな笑みを魅せられたら諦めきれねぇよなぁ。
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