第9話.ラブレター


「おい吉野」


「……なんだよ」


 俺がちょっと話し掛けただけなのにクラスメイトにめっちゃ警戒した目で見られた件について。

 いやまぁ、コイツは俺のせいで放課後が潰れたらしいからこの対応も仕方ない気もするけど。


「あ、そういう態度を取るんだ……雨森を紹介しようと思ったのになぁ〜」


「わんわん!」


「……俺が言うのも何だけどさ、吉野はそれで良いの?」


 さっきまで警戒して睨み付けていた相手に対してその変わり身の速さはすごいな、素直に称賛するに値すると思う。

 俺なら舌を噛み切って自決を選ぶね。


「バカ野郎! この灰色の青春に美少女と会話する事で少しでも彩りを与える為ならこれくらいするわ!」


「お、おう……」


「あのイケ好かねぇイケメンの錦戸ですらまだ話せていない雨森さんと先んじて会話できるなんて……くぅ!」


 いや確かに? 雨森の見てくれは百点満点中百二十点を叩き出すであろう容姿をしているけど、中身を知っているとな……あれの何処が良いのやらさっぱりだ。

 あれだぞ? アイツの中身って絶対に悪魔だよ? 多分契約した時に身体を乗っ取られてると思う。

 じゃなきゃ普通の人間があんな狂気を持って社会に馴染める訳がない。……多分。


「そうか、なら放課後にこの白紙の紙を学校中の掲示板に貼り付けておいてくれ」


「またお前は俺に奇行をさせようとする……」


 胡乱気な目で見られるが、そもそもお前は外聞も気にせず犬になる様な奴だから今さらだろう。


「大丈夫大丈夫、放課後だから人通りは少ないし雨森にも同じ作業をさせるから終わるまで二人きりだぞ」


「この身は貴方様の犬でございます」


「お手」


「わん!」


 これを奇行と言わずして何と言おう。


「じゃあ俺は帰るわ。雨森にもお前の事は伝えてあるが、そこから仲良くなれるかはお前次第だからな」


「ありがたき幸せ」


「……」


 いや、もう吉野の奴は大分手遅れだろうなこれ……本当に大丈夫だろうか? ちゃんと人間に戻れるのだろうか?

 あと多分雨森はお前の事をガン無視すると思うけど、それは言わないでおく。


「麗しき雨森様、今御身の下へと馳せ参じます!」


 駆け去る吉野の背中を見ながら思う……やっぱりアイツは手遅れだと。


…………

……


「……あん?」


 さて帰るかと下駄箱を開けたところで何か紙の様な物が落ちてくる……それを拾い上げてから宛名なんかを確認してみるも何も書いていない。

 ただご丁寧な事に香水が振りかけられているのか少し良い匂いがするし、真っ白い便箋を留めているのはハート型の封蝋である。

 ……コッテコテ過ぎて少し感心してしまった。


「これは……ラブレター、か……?」


 いやいや、どう考えても罠だろうと考えながらも一応は中身を確認しない事には何も判断は出来ないと封を開けて文字を目で追う​──


『​拝啓。

 行く春を惜しむ間もなく、久遠志貴様におかれましては日々多忙のことと存じます。

 そのような中、先日は、私の愛の告白を受託・・・・・・・してくださり感謝いたしております。

 さて、ところで早速ですが本題に入りたいと思います。

 もう久遠志貴様ご自身も要件は分かっているとは思いますが、ハッキリと申し上げます。

あの女・・・は誰ですか? 私という者がありながら、なぜあのような性悪女に靡いているのでしょう?

 確かに彼女の方が私よりも少しばかり若いかも知れません……ですが、それはたった一年の差でしかなく、私の貴方様へと向ける寵愛を蔑ろにする理由にはなっていないものと考えます。

 もう一度問います。

あの女・・・は誰ですか? 貴方様の新しい恋人か何かでしょうか?

 いえ、別に貴方様の行動を縛ろうとは考えておりませんが、せめて第一夫人である私に何の相談もなく、しかもあのような性悪女を選んだ事について言いたい事が幾つか​──』


 全てを読み終わる前に速攻でゴミ箱に投げ捨てた。


「……スゥゥゥ」


 ……おかしい、俺に恋人なんて居たっけか? そもそも告白を受諾?

 いやいやいや、俺が告白を受けたのなんて雨森くらいで……じゃああのふざけたラブレターは雨森からか? いいや違うよな? 私よりも一歳程度若いとか書いてあったもんな?

 雨森よりも一歳下って事は中三程度だ……そんな年齢の女子に知り合いなんて俺は居ないぞ。

 おかしいな、雨森以外の新人類といったい何時会敵してしまったと言うんだ……全く身に覚えが無さすぎで怖いんだが???


「多分同年代だとは思うが……」


 多分だが、性悪女とは雨森の事を指しているとは思う……そもそも差し出す相手を間違えたとかなら良いんだけど、ハッキリと『久遠志貴様』って書いてあるもんな。

 まだクソダサ覆面ボキャ貧マンを殺せてねぇってのに、これ以上の狂人の相手は疲れるから嫌だぞ。


「……よし、名前を吉野に変えてアイツの下駄箱に入れるか」


 そうしよう、もう全部アイツに投げてしまおう。

 そうと決まればゴミ箱から手紙を拾い直してから、『久遠志貴様』の所を『吉野悟様』に書き直してっと……後は吉野の下駄箱の中に入れれば雨森にこっ酷くフラれたアイツがこれを見て意気揚々と指定された場所に向かうだろう。

 そして俺は明日にでも誰が手紙の差し出し人だったかを聞けば万事OKだろう……さすがに現場を覗きに行くのは少し怖い​──リスクが高いからな。


「今度お祓いに行ってみようかな」


 いや、悪魔を召喚して契約しようって奴がお祓いとか行っちゃダメか。


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