第4話.勧誘


「青春の闇って名前はダサくない?」


「口に出てるぞ」


 おっと、余りの事態に思考と口が直結してしまったか。……いやでも『青春の闇』って名前はダサいと、切実に思う。

 この名前を付けた奴はネーミングセンスが腐乱死してるな。


「……あれはカモフラージュだ」


「なるほど」


 まぁそうか……こんな如何にもな雰囲気を漂わせたBARに『青春の闇』なんていう、ふざけた名称……誰も公的機関だとは思わないし、少し変わった名前なだけで、数多ある飲み屋の一つとしか思わないだろう。


「それで? 政府の秘密組織が一般高校生の俺になんの用だ? 殺人の罪で警察にでも引き渡すつもりか?」


「そんな事をするつもりはない……ただ、君を勧誘したい」


「おばさ​​──お姉さん、俺は別に超能力者ではないが?」


 この眼力が無駄に強いお姉さんは何を考えてんだ……確かに俺は人を殺したし、それがコイツらの追う〝裏切り者〟とやらだったらしいが……それ以外はただの高校生で、雨森と違って超能力も持たない俺が政府に何か貢献できるとでも?


「そこは問題ではない、問題なのは君が既に​​──能力者を一人・・・・・・殺している・・・・・ところだ」


「……」


「君は能力者を知らない様に振る舞ってはいるが……実は前から知ってただろう?」


「……」


 ​テーブルに置かれたお菓子に手を伸ばす……やはり長年愛されているだけあって、ルマ〇ドは美味しい……マスターが出してくれたお茶とも合うな。うん。

 昼食から大分経ったし、そろそろ腹も減ってきたなぁ……お菓子だけじゃ腹は膨れないし、どうするか。


「我々は秘密を知った一般人を放っておくことはできないし、能力者を単独で仕留める程の人間を野放しにするつもりもない」


「……」


「第一、少なくとも君は一つの組織を敵に回した……仲間を殺された裏切り者の仲間は君を放ってはおかないだろう。……だったら君も組織の後ろ盾を得てはみないか?」


 さて、どうするか……こんな状況を作り出した雨森本人はだらしない顔をしながら俺の髪を弄ってて使い物にならんし、目の前の女ボス以外の奴らは遠巻きに観察しているだけだし。

 ……まぁ一人では限界・・・・・・も見えてきた・・・・・・ところだし、丁度よくはあるのか?


「……それに我々は君の手伝い・・・・・をする事もできるが?」


「……へぇ、意味分かって言ってんの?」


「さてな……ただ一般人である君が能力者を殺すんだ……それなりの理由と目的があるのだろう?」


「どうかな」


「まぁ無理に言わなくても良いがな」


 まぁそうだよな、言わばこの状況は雨森の暴走が突発的に作り出したものであって、コイツらが計画した事じゃない……俺の身辺を調べるにしてもこれからだろう。……何故か雨森は色々知ってたけど。

 それよりもコイツら組織の目的が判然としない……少なくとも雨森の様な超能力者が所属している政府直轄の組織……工作員か何かか?


「で? 俺を勧誘して何をさせたいんだよ?」


「フゥ〜……君は聖書を読むか?」


「……は?」


 聖書だぁ? いきなり何を言ってんだこのおばさんは……日本政府の公的機関が宗教的な単語を口に出すとか、相当珍しいんじゃないか?

 今さら煙に巻こうって訳でもないんだろうし……超能力と宗教の繋がりが分からん。あれか? 神に祈れば聖人よろしく奇跡が扱えるとか、そんな事を言うつもりか?


「あ〜、旧約と新訳も読んだ事くらいはあるが……内容は殆ど覚えてないな。第一、日本人で読む奴自体が少ないだろ?」


「そうだな、日本は別にキリスト文化圏でも無いしな」


 確か日本のキリスト教徒の割合は2%前後だったはずだ……宗教自体に馴染みが無いのに、聖書を読む奴なんか希少種だろ。……俺は読書好きだから、たまたま読んでただけだけど。


「その聖書が政府の公的機関となんの関係があるんだよ?」


 イスラム教やヒンドゥー教程じゃないが、日本人にあまり馴染みのない宗教であるのには変わりはない……精々が歴史の授業で天草一揆や踏み絵とかで習うくらいか? 一般的にはそんなものだろう……それが政府となんの関係が​──


「ある日、天使が降臨した」


「は?」


「天使は秘密裏に各国の首脳に向けて神の言葉を代弁した」


「は?」


 ​──このババァ頭大丈夫か? 『神は死んだ』というニーチェ先生の言葉を知らんのか? ……いやまぁ、あれは言葉そのままの意味じゃないけども……馬鹿じゃないのか? あれか? 渋谷の女子高生の『マジ神!』『可愛すぎて天使なんだけど!』……みたいなニュアンスで言ってる?


「曰く、〝最後の審判〟の時が来たと」


「……」


「次の〝ノアの一族〟を決めるとな」


「……」


 ……あぁそうか、これマジ・・で言ってんのか……本当に天使が降臨してそんな事をほざきやがったのか……偉く上から目線だな? 何様のつもりだよ……って、神様か。

 それに最後の審判やらノアの一族やら……なんか不穏な連想をさせる単語だな? おい。


「神曰く、もっとも優秀な国と民を選定するらしい」


「……方法は? 相手を滅ぼせば良いなら、核保有国ばかりになりそうだが?」


「神や天使が争いを認める訳がないだろう」


「そりゃそうか」


 でも誰だって生き残りたいし、自ら争いの種を撒いてる気がするんだが……まぁあの宗教の神は悪魔よりも人を殺してるし、自分の信者の信仰心を証明する為にサタンに敬虔な信徒を売った事もある奴だからなぁ……人間の常識では計り知れんか。

 ……そもそもガチガチの選民思想の持ち主だし。

 問題はどんな基準で選定するのかだが……何をさせたいんだ? 多分この組織の目的はそれに関わる事だろうし。


「選定する基準は……如何に主の​──神の御心に沿うか、らしい」


「……ちょっと意味が分からないですね」


 流石にアバウト過ぎる……本元のキリスト教でさえ色んな宗派に分裂してんのに、神の御心に沿う事なんか完璧には出来ないだろう。


「フゥ〜……神の御心に沿う事が出来た人間は〝ノア〟として覚醒する。最終的に十三の〝ノア〟が生まれ、もっとも多くの〝ノア〟を輩出した国と民が選ばれるらしい」


「……なるほど? しかしそれじゃキリスト教文化圏の国の方が有利じゃないか?」


 特に日本、中国、インド辺りなんかは不利にも程があると思うがな……神は平等ではないのか?

 イスラム教辺りは……どうなんだろうな? 元は同じ神と言うし、「ヤハウェではなく、アラー」だと抗弁する事もできる、か?


「まぁここで話が終わりならな」


「まだあんのか」


 さてさて、どんな救済策が用意されているのやら……願わくば、ちゃんとした具体的なものが良いねぇ……神の御心に沿うなんていうフワッとしたものじゃなくて。


「天使が降臨した同時期に、悪魔もまた現れてな」


 ……まぁ天使が居るなら悪魔も居るか。


「フゥ〜……『お前達が生き残れるように手を貸そう』……との事らしい」


「胡散臭っ」


「ふふ、同感だ」


 絶対にこれ死後に魂とか抜かれるやつじゃないか? 何を考えてるのかは知らんが、不気味ではあるな。


「ただまぁ​──我々からしたら神も悪魔もどっちも変わらんだろう?」


「その通りだな」


「だから日本政府は秘密裏に悪魔の手を借りる事にした」


「……正気か?」


 別に悪魔の力を借りても借りなくても、結局は日本が不利な事に変わりはないと思うがな……少ないながらにも、キリスト教徒が居ない訳ではないんだし。


「あぁ、我々は悪魔の力を借りて​──他国の〝ノア〟を殺害する」


「……悪魔の力が無いとダメなのか?」


「あぁ、ノアとして覚醒した人間は神の加護が宿るらしくてな……悪魔の力で干渉しないと害せない」


「つまり他国のノアを殺し、日本からノアが誕生するまで枠を確保しておこうって事か」


「その通りだ」


 つまり、だ……突然に神を名乗る輩の言葉を代弁した天使が降臨し、人類を〝選別〟すると言う……その選定基準は神の御心に沿うかという曖昧なもので、これにクリアした人間は次代の〝ノア〟となる。

 この〝ノア〟をもっとも多く輩出した国と民が〝ノアの一族〟として、新世界を生きる事を許されるらしい。

 この〝ノア〟に覚醒した人間は神の加護が宿り、無敵に近いらしいが、悪魔の力で干渉する事で殺害が可能……日本は悪魔の力を借りて他国の〝ノア〟を殺し、自国からもっとも多く輩出できる様に調整する道を選んだと……。


「……当然、他の国が黙ってる訳がねぇよな?」


「あぁ、その通りだ……日本は既に一人の〝ノア〟を殺害されている」


「殺られてんじゃねぇか」


「日本も五人ほど殺しているから、お互い様さ」


 五人殺して一人が殺されたなら、割と良いのか? いや十三の枠の内の一つ……それも日本と欧米とじゃ、価値が違うか。


「まぁなんにせよ、だ……超能力は悪魔の力だったって訳だ」


「その通りだな、君に合わせて能力者と言ったが、我々は〝修道士〟と読んでいる」


「……なんでだよ、そこは契約者とか悪魔使いで良いだろ」


 むしろ修道士はあれだろ、天使とかそっち方面だろ? 天使の力を借りてるんなら分からなくも無いが……ちょっと怒られそうだな。関係ないけど。


「そりゃ大っぴらに『悪魔と契約しています』なんて言える訳がないし、天使に目を付けられても面倒だからな……普段は敬虔な信徒を装うのさ」


「……あぁ、各国が裏で秘密協定でも結んでんのか」


「一を知って十を知る男は好きだよ」


「そりゃどうも」


 日本じゃなくても同じ手は思い付くだろうし、キリスト文化圏の最大のライバルはキリスト文化圏だ……当然出し抜こうとするだろうし、お互いに『悪魔だ!』と言い合えば必然的に天使に目を付けられ、共倒れ……なら暗黙の了解にするのが賢い選択だろう。……全知全能らしい神が把握しているのかどうかは脇に置いておいて。


「ちなみに天使に目を付けられるとどうなる?」


「天罰が降る……今のところは悪魔と契約した個人にしか及んでいないらしいが……何が起こるか分からんし、警戒して備えておくことに越した事はないだろう」


 なるほど、ね……つまり俺は悪魔使い​──修道士を殺した訳か……〝ノア〟と違って、なんの力も持たない一般人でも殺そうと思えば殺せるのは最高だな。


「我々の仕事は天使と他国の修道士の目を掻い潜り、他国の〝ノア〟を殺害すること、自国の〝ノア〟を発見次第、保護すること……大まかにはこの二つだな」


「ノアの判別方法は?」


「……身体の何処かに〝聖痕〟が現れる事と、不思議な力に目覚める事くらいだな……〝ノア〟に選ばれる選別基準も曖昧だ」


 そうか、それはら自国の〝ノア〟を殺されてしまうのも無理ないな……護衛がしづらい。むしろ他国のを五人も殺してるのは凄いんじゃないか?

 要は敵よりも早く〝ノア〟を発見し、他国に所属しているのなら殺害、自国に所属しているのなら保護……だな。


「……それで? 俺がお前らの組織に加入したら悪魔と契約して力を貰えるんだよな?」


「あぁ、基本的に悪魔と契約できない人間は居ないし、先約があったら無理という事もない。……数に限界はあるが」


「複数の悪魔と契約している奴も居るってことね……まぁいいや」


 今そんな会った事もない脅威の事を考えても仕方がない……重要なのは俺も超常な力に対抗できる、同じく超常の力を手に出来るって事だ……。


「フゥ〜……最後に聞こう」


「なんだ?」


 灰皿に煙草を押し付けながら足を組み直し、俺を真っ直ぐと見詰める目の前の女に向き直る。……今さら何を聞くと言うのか……国の公的機関なら後で身辺調査くらい、幾らでもすれば良いだろうに。


「なに、簡単な質問だ……神と悪魔についてどう思う?」


「どっちも胡散臭いし、気に入らない」


「そうか……人はできるだけ正しい方に立ちたいと思うが? 悪魔と契約し、神と敵対する事に迷いはないか?」


 ……あぁなるほど、コイツは俺を覚悟を問うているのか……神という上位存在と半ば敵対する事に恐怖は無いのか、と……馬鹿馬鹿しい。……第一俺は特定の宗教は信仰していない。


「異教の神は​──」


 だったらさ、分かるだろう? 神だろうが悪魔だろうが​──


「​​──ただの悪魔」


 ​──利用する道具に過ぎないのだと。


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