第3話.お宅訪問


「そう、ですか……残念ですが仕方ありませんね……」


「あ、あぁ……」


 残念そうに呟く彼女に​生返事を返しながら、そっと彼女の胸から手を離し、数歩後ずさる……なぜ俺の『お友達からでお願いします』という要求が通ったのかは分からないが、依然として俺は丸腰で、奴は死体有機物包丁無機物を真水に変えるなんていう超常の力を持っている。

 この場の力関係は明白であり、今の俺は米軍に占領された敗戦間もない日本と同じである。


「あ、そうだ! でしたこの後私の家に遊びに来ませんか?」


「……いきなり異性を部屋に招くのはどうなんだ?」


「? お友達を部屋に招くのは普通ですよね?」


「……そうだな」


 そう言われては何も言い返せない……いや、言い返す事はできるだろうが、一回正論じみた反論を貰ってしまえば、俺に言い返す力は無いというのが正しい。

 俺は常に丸腰のまま筋骨隆々で、武装した軍人と交渉している様なものだ……向こうには俺にはない武力というカードが切れる。


「でしたら決まりですね! 今日の放課後に一緒に帰りましょう!」


「……そうだな」


 こんなに目立つ美人と下校したらクラスの奴らから色々と言われるぞだとか、丸腰のまま監視付きで武器を調達できずに敵地に赴くのかだとか、嫌な想像が脳裏を短距離走しているが……喉元にナイフを突き付けられている状態の俺に、拒否権など無い。

 ……あるのは、せめてもの抵抗として、迂遠な否を伝えるくらいか。


「それでは放課後までしばしの別れですね! ……あぁ、寂しいです。早くこの長い時間が過ぎ去れば良いのに」


 あぁ、億劫だ。遅くこの短い時間が引き伸ばされれば良いのに。

 足取り重く、自らのクラスへと向かう為にこの旧校舎から一年の校舎へと向かう奴を​──雨森を見送りながら溜息を吐く。


▼▼▼▼▼▼▼


「ここが私のお家です!」


「なんだ、ここ……」


 放課後、クラスメイトの好奇の目線と、何故か凄い形相でコチラを睨んでくる委員長からの視線を努めて無視し、雨森と共に彼女の自宅を目指していたはずなんだが……………………なぜ半地下の、アウトローな雰囲気が漂う酒場の入口に来ているんだ?

 ここ、未成年が来て良い場所じゃねぇだろ……電光掲示板のパステルカラーの光が目に痛いし、もう帰りたいんだが?


「正確にはバイト先兼従業員寮なんですけどね!」


「……」


 そういや、バイト先の寮に住んでるとか言ってたな……今さらだが、無関係な奴がお邪魔しても良い場所だったのか? 仮に大丈夫だったとしても、こんなヤバめな雰囲気の場所にはあまり近寄りたくないんだが?

 一体どんなバイトをしてるんだ……まさか未成年略取とかじゃないだろうな?

 ……いや、でもコイツ自分で自分は処女とか言ってたし、違うか? いや処女である事は矛盾しないか……やっぱヤベぇじゃねぇか。


「……お金に困ってないとか言ってたな?」


「? そうですね、ここのバイトって給料が高いんですよ!」


 やっぱアウトじゃねぇか、完全に反社会的勢力です。どうもありがとうございました。

 雨森の言葉を信じるならだけど、本番無しとは言え、未成年をそういう店で働かせるってどうなんだ? それに美人でもコイツは有機物と無機物を問わず水溜まりに変えちまう様なクレイジーガールだぜ? 客は本当に欲情できんの?


「……言っておきますけど、えっちなバイトじゃないですからね? 先輩以外にそういう事はしませんからね?」


「何を言ってるんだ? 友達を疑う訳ないだろう?」


「アハハ、先輩ったら〜! 私が先輩の事を理解できない訳ないじゃないですか〜!」


「……」


 どうやらコチラのくだらない思考もお見通しであるらしい……まぁ怒っていないとはいえ、確かに現実逃避でしてい良い勘繰りの類では無かったな。反省。

 だが当たり前の様に俺の思考を読まないで欲しい……何を考えているのか、思考だけは人間が一番自由であり、秘匿されるべき場所だと俺は考えている。


「まぁ、先輩の顔に出てただけですけどね」


「…………とりあえず、ここでグダグダしていても仕方がない。……さっさと入ろう」


「そうですね、案内しますよ」


 丸腰の今、何かあったら徒手空拳で凌ぎきれるのか……とても不安だが、それを目に痛い電光掲示板を横目で見ることで紛らわす。……『秘密結社:青春の闇』ってなんだよ、意味が分からない。

 そもそもそんな目立つ電光掲示板で主張しておいて秘密も何もねぇだろ……確かに目の前の後輩は闇そのものみてぇな狂気だし、ガチ超能力者だけども……。


「雨森、ただいま戻りました」


「戻ったか雨森。早速で悪いが報告を​──誰だそいつ?」


 扉を開け、さらに打ちっぱなしの壁沿いに階段を降りればすぐ目の前にオシャレなBARといった風情の空間が現れる。

 天井には大きなファンが回っており、多種多様な酒類が並べられたカウンター席に、手前には柔らかそうなソファー席……カウンターの向こう側には厨房も覗き見える。

 完全に未成年が来て良い場所じゃない雰囲気の場所に、今の時代にまだ存在したこと自体が驚きの、太い葉巻を吸っていた……強面の女性が俺を鋭い眼光で睨む。……完全にアウトローでアウェーだよ。


「……」


 ほら見て! 目の前の女性を見て! めっちゃ睨んでんじゃん! お前がなんのバイトをしてるか知らんけれども、絶対に偉い立場の人だろ? 怒らせても良いの?

 てか本当に部外者である俺が入って来ても大丈夫だったの? 未成年だから酒も飲めないし、客でもないぞ? 現に入って来た時からめっちゃ睨まれてるが……?


「フゥ〜……雨森、そいつが例の〝裏切り者〟の一人か?」


「? 違いますけど?」


「……じゃあ〝裏切り者〟の協力者だったりするのか?」


「? それも違いますけど?」


「……」


「? ……??」


 え、なにこれ……めっちゃ気まずいんですけど……まず〝裏切り者〟ってなに? 協力者ってなに? ただのBARに不似合いな単語ですよね?

 言葉の響きから歓迎されるような人物ではない事は容易に想像つくし、そんな輩と勘違いされていたから睨まれていたのは分かった……だけど、その後の『じゃあこいつ誰?』っていう空気が痛いんですが? やっぱり関係者以外立ち入り禁止だったんじゃないですかねぇ? 雨森さぁん?


「コホン……雨森君、では君の方から彼の紹介をしてくれるかな?」


「……っ!」


 ナイスだ! ナイスだマスター! ずっと眉尻を下げながら『いつまでコップを磨いてんだこいつ……』とか思っててすいませんでした!

 ……てか、あれだな……BARのマスターっぽい人だけじゃなく、厨房の方からは巨人の如きコックが覗き見てるし、一昔前のヤンキーみたいな兄ちゃんからは超ガン飛ばされるし……もう帰りたいわ。殺人の証拠ももう無いし、帰っても平気でしょ。


「私の彼​──「友人です」」


「『……』」


「……そうですね、今はまだ・・・・友人ですね」


「ちょっと黙ってて」


 どうやら新人類は空気を吸わないどころか、読む必要もないらしい……できれば我々旧人類に合わせて欲しいものである。

 我々旧人類は君のような新人類のようにスペックは高くないのでね、空気を吸ったり読んだりしてくれないと困るのだよ。


「ははっ……いやー、あのですね? こちらの彼女と今日友人関係になりまして……そうしましたところ、早速自分の家に遊びに来てくださいと言われたものですから……彼女、寮暮らしらしいですね? ハハハ……」


「『……』」


「私が告白したら『お友達からお願いします』って……これはもう時間の問題ですよね?」


「ちょっと黙ってて」


 お前に脈ねぇから! どうやったらサイコパス超能力者に恋するんだよ! やっぱ頭炊き込まれてるんだろ? えぇ?

 それに見てみろよ、お前の上司や同僚達の顔を……先ほどまで裏切り者がどうのって言ってたのに、話が予想外の方向に飛んだものだから固まってるぞ。


「……じゃああれか? 雨森は無関係の奴を連れて来ただけってぇのか?」


「チンピラは話し掛けないでください」


「誰がチンピラだゴラァ?!」


 いやどう見てもチンピラでしょ、なにその無駄に長いリーゼントと襟足は……マスターはまぁいぶし銀で格好いいから良いとして、目の前の女性は怖いし、コックは巨人じゃねぇかってくらいデケェし……こんな奴らに睨まてるんだよ? どうすれば良いの? 殺す?


「それに完全に無関係って訳じゃないですよ?」


「そうなのか?」


「? 俺BARのバイトなんてした事ないんだけど?」


 ちょっと雨森さん? 俺この人達と初対面だし、BARのバイトとかした事ないよ? 君の気持ち悪い情報収集能力ならそんな事は知ってる筈だよね? つうかなんで俺の事をあんなに知ってたんだよ、ストーカー系能力者とか怖すぎだろ。


「……詳しく話せ」


「いや、詳しくもなにも……だって先輩​​──」


 『詳しく話せ』って……なに? なんなの? もうバイトの面接が勝手に始まっちゃってる感じ? 確かに生活は厳しいけど、物理的にこれ以上バイトを増やす事はできないぞ。

 ていうか、目の前の上司……多分店長とかそこら辺だろう女性も、なに普通にその気になってんだよ?


「​──〝裏切り者〟の一人を殺してましたし」


「……………………何を言ってるのかなこの娘は? 善良な一般人が人を殺す訳ないだろ? そもそも証拠はないだろ? ビックリさせんなよ、まったく……」


 いきなりぶっ込んで来てんじゃねぇよ……ていうかコイツ自身が超能力で包丁と死体を真水に変えてくれてて良かったぜ……ハッ! 馬鹿め! お前自身が消したからもうこの世に証拠どころか、殺人事件自体が無いんだよ……死体が見つからなけらばただの失踪事件だ。


「? 凶器は死体と一緒に水にしたじゃないですか?」


「いっけね! バイトの時間だわ! じゃあな雨森!」


「逃げるな逃げるな」


 ​チンピラに肩を掴まれて帰れない……まさか雨森が普通に超能力を語るとは……いよいよもってして、表の『秘密結社:青春の闇』というクソ看板が笑えなくなって来たな​──


「……あっ! 言うの忘れてましたけど、私の職場って政府直轄の秘密組織なんですよ」


「……」


 ​──『青春の闇』って名前はダサくない?


▼▼▼▼▼▼▼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る