第2話.お友達からでお願いします


「先輩、終わりましたよ?」


「……」


 語尾に音符マークが付きそうなくらいに機嫌が良さそうな女が改めてコチラに向き直る……彼女の真横に広がる真水が元々は人体だったとは、誰も思い付かないだろうし、言っても信じては貰えないだろう。

 彼女は当初言っていた通り、完全に五十五kgの肉塊を処理してしまったのだ……後は俺の手に持つ包丁さえどうにかできれば完全犯罪だ。


「……先輩?」


 さて、どうしようか……本当に証拠隠滅をしてくれたからと言って、最初の頭おかしい告白が事実である可能性が高くなった訳じゃない……。

 突然に場にそぐわない言動を取って俺の注意を惹き付け、即座に排除という浅慮な行動を制限し、警戒心を高めさせ、嫌でも俺の注目を集めたところでの超能力という異常のお披露目……何を要求するつもりなのかは知らんが、計算され尽くした行動だとしたら、怖いな。


「……あぁ、なんだ?」


「それで……どうでしょうか?」


「……何がだ?」


 何がどうでしょうか、なんだ……一体なにを要求するつもりなんだこの女は? 何か言うことを聞かせたいなら、それこそ先ほどの超能力とやらで脅迫すれば良いだろうに……理解が及ばん。

 それともあれか? 迂遠な脅迫なのか? 内容を話す前から、とりあえず頷けと……そういう事なのか?


「で、ですから……先輩の事が好きです。付き合ってください」


「​──」


「な、何回も言わせるだなんて……恥ずかしいです!」


 恥ずかしげに内腿を擦り合わせ、何気ない仕草でもみあげを耳に掛けながら赤面し、まるで恋する乙女かの様にコチラを上目遣いに見上げる彼女に……一瞬だけ思考が停止する。

 それではまるで……最初の空気が読めない、頭のおかしい告白が真実であるみたいじゃないか……意味が分からない。


「……ふざけてるのか?」


「? ……??」


「俺はお前を知らない……学年が違うから当たり前だ。プライベートでも接点はない」


 落ち着け、奴の真意を探りながら時間を稼げ……この問答で真実を話してくれるとも思えないが、奴に注意を向けつつ、この場から早急に離脱する方法を探せ。

 こんな狂人の超能力者という、非常識の二乗の様な奴と一緒に居られるか。


「お前みたいな美人なら、学年が違っても噂になってそうだが……」


「ふふっ、美人だなんて……」


「残念ながらお前の事と思われる噂なんて聞いた事もない……そして俺の噂なんて流れているはずもない」


 当初とは立ち位置が逆で、俺の方が扉には近い……このまま走れば直ぐにこの部屋からは出られるだろう。

 だがこの得体の知れない女に背後を向けるのは本能的な恐怖が勝る……背を向けたら最後​──俺も水溜まりになっていてもおかしくはない。


「つまり俺もお前もお互いの事を知る機会なんてなく、お前が俺に告白する理由なんて無い」


「噂云々は分かりませんが、私はつい最近この学校に転入して来たので知らないのも無理はありません」


「……だったら尚さらお前が俺を好きになるタイミングなんて無かったはずだ……それもずっと前から・・・・・・、なんてのはありえない」


 どうする? 奴の能力は腕を翳さなければ発動しないのか、それとも距離に関係なく発動できるのか……そこら辺の情報がまったく無いのが致命的だ。

 なにせ超能力等という超常現象に備えている奴なんて、痛い奴しか居ない。そいつらだって正しい知識を持っている訳ではないだろう。


「そんなの簡単な事ですよ……私がこの学校に転入する前から先輩の事が好きだったからですね」


「……意味が分からないな」


「先輩が覚えてないだなんて悲しいですが……まぁ、私は先輩の事を覚えているので大丈夫です」


「……意味が分からないな」


 手に持つ包丁を投げるか……奴に向かって放り投げ、意識がそちらに向いてる内に全力ダッシュで無断早退、そのまま交番まで駆け込むか?

 死体は奴が消してくれたし、包丁は……まぁその時はその時だが、こんな頭のおかしい女に付き纏われるよりかは幾分かマシだろう。


「だから……お付き合いしませんか?」


「お互いの事を何も知らないのにか? それに俺は殺人鬼だぞ?」


 クッソ……全然コチラから目を離してくれないし、油断も隙もないな……いつあの超能力とやらを向けられるかも分かったもんじゃない……そんな奴と交際しろだと? なんの罰ゲームだ?

 確かに見てくれだけは百点満点中百二十点の様な女だが……狂った中身と、超能力なんていう異常のせいで余裕で赤点だろ。死ね。


「いいえ? 私は先輩の事をたくさん知っています」


「ハッ! そんな見え透いた嘘を​──」


「​──氏名は久遠くとう志貴しき。生年月日は西暦2019年の零和元年8月15日午前3時14分8.07秒生まれ。獅子座、血液型はO型RH-、両利き。身長172.8cm、体重62.5kg。好きな食べ物はいちごミルク、嫌いな食べ物はトマト、毎朝練乳を直飲みする悪癖あり。これといった交友関係はなく、休み時間もいつも一人で過ごしている姿が度々目撃される。今現在は一人暮らしであり、複数のバイトを掛け持ちしているが常に金欠に喘いでいる。趣味は読書で、部屋に置き場が無くなった為に電書派へと桑替え、以降は気に入った本以外は手元に置かないようにしている。常時右手首に包帯を巻いている為、一時期は中二病ではないかとの噂が立ったが、本人の普段の態度が何も変わった所はなく、普通である為に自然とたち消えていった……先輩、怪我でもしているんですか? 私心配です。……おっほん、髪は特に整える事はなく、放置された癖毛がワイルドでカッコよく、寝不足で生じた濃ゆい隈が猫背と相まってミステリアスで素敵。地頭は良いはずですが、テスト等ではわざと手を抜いている節が見受けられる。特にその事について幼馴染みが​──」


「​──もういい!」


「……そうですか?」


 ……………………なんだ、これ? 人間か? 当初の空気の読めない、頭のおかしい告白が事実である事は理解したが……今度は別の問題が生じたんだが? こんな気持ち悪い超能力者に言い寄られているという、悪夢が顕現しているんだが?

 交番にストーカー系能力者に言い寄られていて困ってるんです! とか言って駆け込めと? 地獄か?


「……お前、何者だ?」


「? ……あぁ、今度は先輩が私を知る番ですね!」


「あぁ、待て待て! 違う​──」


「​──氏名は雨森あまもり小夜さよ。生年月日は西暦2020年の零和2年12月26日午前9時38分14.57秒生まれ。山羊座、血液型はAB型RH+、右利き。身長162.8cm、体重49.1kg。スリーサイズは上からB86cm、W58cm、H88cm。好きな食べ物はいちごミルク、嫌いな食べ物はトマト、毎朝練乳を直飲みする悪癖あり。先輩と同じですね♪ 転入したばかりなのでこれといった交友関係はありませんし、もちろん男性とお付き合いした事のない処女です。今現在は一人暮らしですが……バイト先の寮に暮らしているので厳密には違うかも知れません。お金にも困ってないので、好きな物を買ってあげれます。趣味は人間観察かっこ先輩に限るかっことじ。右手首に包帯は巻いていませんが、先輩が女の人と話す度にリスカしているので左手首には巻いています。ペアルックみたいで照れますね? 髪型はストレートの長髪です。これは誰にも好みの女性のタイプを漏らさない先輩とお付き合いを始めた時に、即座に先輩好みの髪型へとチェンジするためで​──」


「​──もういいって!」


「……そうですか?」


 あ、頭痛い……当初の予想より十倍くらい狂ってやがる……神様は俺にどうしろって言うんだ?

 殺人現場に居合わせたにも関わらず、空気の読めない告白をし、死体を真水に変える超能力を行使し、照れながら自分と俺の超個人的な情報をノンブレスで捲し立てるコイツはなんだ? どうしたらいい?

 ただの狂人なら殺せばそれで済む……だがコイツは超能力なんて、意味不明な力を行使する化け物だぞ……対応を見誤れば、今度は俺が階下に雨漏りする事になるだろう。


「……本気で俺と交際したいだけか?」


「いいえ?」


 ……やはりそうか、そうだよな……こんな奴がただ俺と交際するのだけが目的な訳じゃないよな? 何か別に目的があり、むしろそちらが本命だと見るべきで​──


「先輩とお付き合いしたらもうそれだけでも凄く嬉しいんですけど、やっぱり付き合ってはい終わりなんて寂しいですよね。やはりここはデートして、手を繋いで、キスをしたいです。お互いに将来について語り合ってムードを高めたところで先輩の家にお持ち帰りされちゃって……先輩の普段使ってるベッドの上で先輩の匂いに包まれながら初体験を終えちゃうんです。……あ、もちろん先輩がそっちの方が好みだって言うんなら今この場で後ろから無理やり貫かれて、無残に膜を散らしても構いませんよ? ……って何を言わせるんですか! キャッー! 先輩のドスケベ絶倫淫乱男子高校生! ……おっほん、それでですね? そうやって甘い初体験を終えた後は先輩の腕枕の中でお互いに何かを語る事もなく見詰めあっちゃって……そのまま何気なくキスをしたところから二回戦が始まっちゃって……これが原因で妊娠するんです。学生妊婦さんです。JKを孕ませるなんて先輩はなんて頼もしい人なんでしょう……はぁ、素敵。学生出産&学生結婚ですよ? 新妻JKですよ? 私、先輩との子どもは何人でも欲しいです。……あ、でも女の子は先輩が取られそうで嫌なので男の子だけが良いですね。もちろん先輩が女の子も欲しいって言うなら産みますが​……」


「​──」


 ​──本命も何もあったもんじゃない……なんだコイツ、止まらねぇ新幹線女か? ついに人類は呼吸を克服したのか? 酸素無しで生きていけるのか? 無呼吸を体得した新人類なのか? 我々旧人類は支配されてしまうのか?


「……って、私だけ盛り上がって恥ずかしいですね」


「恥の塊みたいな女め」


 今さら普通の女子の様に照れても遅いんだよ、アホが……もうお前が脳ミソ炊き込みご飯の新人類だって事はバレてんだよ、いい加減にしろ。

 俺がお前みたいな奴に告白されてOKするとでも思ったのか? するわけねぇだろ。死ね。


「……やっぱり先輩は今ここでシたいですか? ……は、恥ずかしいですけど……先輩になら、良いです……」


 そう言ってイカレ女は顔を真っ赤にしながら制服のブラウスのボタンを外し、スカートを捲りあげる……上下の揃った純白のレース下着が、それよりも白いと錯覚しそうになるほど綺麗な肌を包んでいるのが見える。


「​──死ね」


 そんな空気が読めないどころの騒ぎじゃない、勝手に空気を捏造してはさらにそれを誤読するDNAのバグみたいな女の、純白のブラに包まれた胸に向かって持っていた包丁を突き立ててやる。

 今の奴は恥ずかしさから伏し目がちであり、弱点たる胸を晒しているにも関わらず、その両手はスカートを捲りあげる事に使われているため塞がれている……そんな自ら隙を晒しまくった頭炊き込みご飯の新人類女の心臓に向かって最速で包丁を突き込む​──


「それで先輩? 返事を頂けませんか?」


 ​──突き込んだはずの包丁が真水に変わり、いつの間にか俺の右手は不自然に濡れて、透けたブラに包まれた奴の胸を掴んでいる

 ……そんな俺の手に掴まれた自身の左胸を恥ずかしげに見下ろし、奴は先ほどと何の変化もなく、間抜けな表情をしているであろう俺の顔を上目遣いで覗き込みながら、そんなことを宣う。


「……お友達からでお願いします」


 丸腰になった俺はそんな返事を返すので精一杯だった。


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