八方塞がり
南木
蒔いた種が生える
「さらばだ、憎き勇者の子孫よ!! 永久の闇に飲まれるがよい!!」
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――」
吾輩の超最強闇魔法によって生み出されたブラックホールが、剣を持った一人の若い男を丸ごと飲み込み、消滅した。
ついに――ついに……! 吾輩は成し遂げたのだっ……!
「見たか、矮小なる人間どもよ!! 勇者は永遠の闇へと消えた!! もはや貴様らに勝ち目はない、大人しくこの魔王に頭を垂れよ!!」
眼下では、勇者の子孫が敗北したことで、人間の戦士どもがショックで膝をついている。実にいい気味だ……!
思い起こせば100年前、あの勇者とか名乗る人間に肉体を滅ぼされ、魂のみで冥界を彷徨い、ようやくここまで力を取り戻した。
そして今や! 吾輩を打ち滅ぼした勇者の子孫は、吾輩の手で逆に滅びたのだ!
もはや人間どもに吾輩を討てる者はおるまい!!
吾輩は勝利を確信し、恐怖を植え付けるように人間どもの上空で高らかに笑って見せた!
「フハハハハハハハ!! 絶望せよ、人間ども! もはや吾輩を討てる者はおらんのだからなぁ!!」
「ここにいるぞっ!!」
「ぬぅっ! 何者だっ!」
くそっ、勝利の余韻を浸る吾輩の気分をぶち壊す命知らずがいたとは!
吾輩が西の方を見れば、馬に乗った人間の援軍が駆けつけてきていた。しかも、先頭にいる若い女騎士に見覚えがあるぞ!
「我らはアストラル騎士王国精鋭、白薔薇騎士団! 何を隠そう、私も勇者の血脈の一人! この神槍で貴様を討ち滅ぼす!」
「さては女、100年前勇者とともに我に歯向かった女戦士の末裔か!」
なんということだ! 勇者は人間の王国の姫を娶ったとしか聞いていなかったが、仲間とも二股をしていたとは! 真面目で熱血そうに見えて、なんという不誠実な奴だ!
と、吾輩が苛立っていたところに、東の方からジャーンジャーンと鳴り物の音が聞こえた。
振り返ってみれば、そこには見るのも嫌になる白一色で統一された神官兵士がずらりと並び、その先頭にはやはり見覚えのある聖女が立っているではないか!
「メルキア神聖同盟、参陣いたしました。私も勇者の血脈の一人として、神の名のもとに裁きを下しましょう」
「ぐっ……勇者め、仲間の戦士だけでは飽き足らず、あの神官まで手籠めにしていたとは……度し難い男だ!」
二股どころか三股だと!! ふざけるな!! しかも相手は神官とは!!
吾輩だってなぁ! 妻は一人しか持たなかったのだぞ!! それなのにあやつはっっ!!
頭に血が登っていく吾輩をあざ笑うかのように、今度は南からパパパパパウワードドンという嫌なラッパの音が鳴り響いた!
「我らウェルリスタン魔道学院自治領、魔王復活と聞いてワープして参った。祖先より受け継がれし勇者の血脈と大魔道の術、とくと味わうがよい」
わが魔族軍団以上に怪しげな、三角帽子を被った集団がぶつぶつと詠唱をはじめ、その先頭にはやはり見覚えのある恐ろしい杖を持った女魔術師がいる……
いやいやいやいやまてまてまてまて!!!!
勇者に同行していた最後の4人目は、男の魔術師だったはずだ!!
吾輩はある意味大いに焦ったが…………おそらく魔術師の姉か妹に手を出した結果なのだろう……。確かめるすべはないが、そう信じたい。
しかし……子孫とはいえ、さすがに3人を相手するとなると、さすがの吾輩でもややきついものがある。
だが、これ以上は増えることはさすがに無いだろう、そう思っているところに…………南西から一本の矢が飛んできて、吾輩の頬をかすめた。
「くそっ、今度はなんだ!?」
「ふっ、待たせたわねっ!! 私たちエルフ森林連合が、
エルフ族……だと……!?
そういえば勇者どもは、吾輩の配下が支配しようとしたエルフ族の里に反撃してきたことがあった……………さてはその時にっ!
まさか亜人にまで仕込んでいるとは、悪魔よりも悪魔らしい勇者め!!
吾輩が落ち着く間もなく、次は北西から鬨の声が上がる。
「統一ドワーフ主権国一の腕自慢、ただいま参上じゃっ! 魔王よ、小さいからって甘く見ていると、このハンマーでその頭蓋を砕くぞえ!」
「うわ……ドワーフか………マジか……」
勇者よ……つくづく見境のない奴だとは思っていたが、よもや女性が幼女にしか見えないドワーフまで囲っていたとは。
我はなぜあんな奴に負けたのか…………今となってはとても悲しくなる。
あまりの出来事に困惑する吾輩に、さらなる脅威が南東より迫りくる。
「やぁやぁ我こそは、日ノ本の誇り高き侍なり!! 親類縁者の危機と知り、海を渡って参上仕った! 魔王よ、いざ尋常に勝負!!」
「なんだこの物騒な人間ども!?」
ついに、長年生きてきた吾輩の見たこともない、海向こうの人間どもまで現れおった…………いったい勇者は、どれだけの種をばらまいたのだろう?
先頭に立つ珍しい黒髪の女剣士の後ろに、鬼のように殺気立った剣士どもがいる。一体全体どの島の蛮族だよ…………
もはや呆れるほかない状況だが、この上さらに北東からグオオォンと地響きのする雄叫びが響き渡った。
「ふふっ、はじめまして魔王様。私たち独立竜族都市国家ドラグネア、人間に助太刀いたします。私の愛した勇者様が滅ぼせし魔王――――姿を消した彼の代わりに、私が討ち果たします」
「おお、もう………」
とうとう竜族まで…………しかもこの人の姿をした雌の竜は…………子孫ではなく、勇者の愛人を自称しているではないか。雌竜は自身より強い雄にしか惹かれないはずではなかったのか? あんなあっちこっちにボコジャカ子供を作る軟派な勇者の愛人でいいのか? 小一時間問い詰めたい。
しかし、こうも囲まれてしまっては吾輩とて勝ち目は薄い。
ここは一旦戦略的撤退をするほかあるまい。
「ふんっ! 姑息な人間どもよ! 今日はこの辺で勘弁してやる!」
とりあえず最後に威厳たっぷりに威圧しておいて…………北の方に残してある孫が率いる魔族の陣営へと退却を試みる。
――――――が
「おじいさま、ごめんなさいっ!!」
「ぐふぉっ!?」
突如、孫娘と魔族たちが、吾輩に向かって攻撃してきたではないか!!
まさか………まさか……っ!!
「優しかったお父様は、人間たちの迫害から私たち魔族を守って下さいました………。私たちはもうこれ以上争いたくないのです。だからおじいさま……」
「こんなの嘘だろ………なぜなんだ…………」
生き残ったはずの最愛の娘が………勇者に…………
血の気が引き――頭が真っ白になってゆく――――
そんな吾輩の目の前で、ブラックホールを閉じた空間に切れ目ができた。
そして、吾輩が生涯で最後に見た光景は、空間の切れ目から飛び出してきた空飛ぶ鋼鉄の塊と、鋼鉄から放たれた筒状の何かが吾輩の身体に命中した大爆発――――
こうして、復活した吾輩の復讐は……絶望とともに終わったのだった。
×××
魔王は倒れた。
各国の勇者の子孫が武器を構え、包囲していたその目の前で、空間の裂け目から現れた鳥のような鋼鉄機械によって一瞬で爆殺された。
どんな武器魔法よりも強大な威力の一撃で、魔王は魂ごと消し飛ばされたのだ。
ブラックホールに呑み込まれた王子は、命を落としたかと思われたが、実ははるか科学が進んだ時代に転生し、コウクウジエイタイという空の戦士となって、この世界に帰ってきたのだった。
魔王を倒した王子は瞬く間に王国を復興すると、魔王討伐のために駆け付けてきた8人の女性と結婚。
人間、亜人、竜族、魔族、すべて分け隔てなく交流が進み、数百年の地まで世界は戦のない平和な時代を謳歌したという。
勇者の蒔いた種…………それは「平和」という名の種だったのかもしれない。
おしまい☆
八方塞がり 南木 @sanbousoutyou-ju88
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