06.華の騎士の園
王都のメインストリートは集う人々で賑わっていた。
今日は”愛を囁かれたい騎士番付”の3位、令嬢たちの憧れの騎士グレアム嬢の第一騎士団任命式があるのだ。
ついに彼女が第一騎士団に配属されることとなった知らせは瞬く間に王都中を駆け巡り、令嬢たちは任命式を心待ちにしていた。その情報の出どころは言わずもがな、ギルベルトである。
騎士たちに、王宮の官僚たちに、そして家の繋がりがある貴族たちに、ここぞとばかりに彼女の宣伝をしたのである。
騎士団の任命式は通常では王城内で執り行われるのだが、第一騎士団は一般公開している。新たな騎士が仲間に加わる場面もまた、国民を魅せるドラマチックな瞬間で良い演出になるという思惑があるのだ。
アンジェリカは任命式前の準備をしに、王宮にある騎士団の詰所に赴いた。歴代の騎士団の面々が使ってきた由緒ある建物で、重厚感のある外観だ。
中に入るとすぐに、騎士団の雑務をしてくれてる初老の男ベンノが出てきて声をかけてきた。細い銀縁眼鏡をかけた小柄な男で、いつも柔和な微笑みを浮かべている。
「ついに今日からだね。昇進おめでとう」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
若い騎士たちにとっては父親のような存在で、いつもみんなを気にかけてくれている。入団後に強さを求めて剣の鍛錬に明け暮れるアンジェリカには何度も、焦りすぎて身体を壊さないようにと注意していた。
「こんな喜ばしい日に言い出しにくいんだけど、また届いていたよ。今朝ここに来たら置いてあったんだ」
「例の黒薔薇ですね?」
「ああ。今回も手紙がついている」
入団した時、第二騎士団に昇進した時、任務で手柄を立てた時、必ず届く贈り物がある。黒い薔薇の花束と手紙だ。
差出人は書かれていないためわからないが、彼女への賛辞や執着を滲ませる言葉が書かれているので、アンジェリカを実の子どものように見てきたベンノとしては心配でならない。
ベンノに手渡されて、アンジェリカはその黒い薔薇の花束を受け取った。
真っ黒な薔薇の花。
こんな色の薔薇、貰うまで見たことがなかった。一体どうやって手に入れているんだろうかと感心してしまう。花に添えられているのは、無地の簡素で小さなカードだ。
『アンジェリカへ
あなたが私の騎士になる日を心待ちにしているよ。』
力強くも美しい文字だが、全く見覚えのない筆跡だ。
「こうも続くと不安だよ。気をつけなさいね」
「大丈夫ですよ。こうやって私の昇進を祝ってくれている方なので襲ってきたりはしないはずです」
「あらぁ? 早くも
美しい声が突然耳元で言葉を紡いでくる。コルネリアが後ろから腰に腕を回して抱きついてきたのだ。
アンジェリカの寿命が少なくとも1週間は縮まった。
黒薔薇の話をする前から彼らの様子を見ていたコルネリア。元黄昏小隊にいたため、気配と足音を消すなど朝飯前だ。
「アーベライン卿?! いつから後ろに?」
「ふふっ、な・い・しょ・よ」
「ちょっとォ! 準備があるんだから小娘は離れなさいっ!」
ジュールが鬼のような形相で現れると、アンジェリカをコルネリアからベリッと引き離して連れていく。
第一騎士団にあてられた広い談話室に来ると、中にはギルベルトを始めとする第一騎士団の面々が集まっていた。その中にはファーガスの姿もあった。目が合うと、柔らかく微笑んで手を振ってくる。
ギルベルトが踊るような軽やかな足取りで目の前に現れた。
「待っていたぞ、グレアム卿! ――おや、不思議な花束を貰っているね。君の
「いえ、誰が贈ってくれたのかわからないんです」
「ふむ、いいねぇ。正体不明の差出人から黒薔薇を受け取る騎士か。良い物語になりそうだ」
(この人はまた何かよからぬ企てを考えてるんじゃないか?)
目を閉じて恍惚とした表情で演出に思考を巡らせるギルベルトを見て、身の危険を感じるのであった。
「さて、主役が登場したから始めようか。ザックス卿、頼むよ」
ギルベルトはアンジェリカから花束とカードを取り上げると机の上に置いた。
「わかったわ。――我らが園に迎える新たな華の騎士に、白き英雄の衣を与えよ!」
ジュールが人差し指を振ると、アンジェリカの周りを旋風が巻き起こり、彼女の服が変わった。風が止むと、ふぁさりと長い裾が落ちる。
アンジェリカは自分の服を見た。
白地に赤い差し色がある騎士服。金色の釦や縁取る金糸が輝いている。
「赤い色ということは、私は――「そうだ、お前は黎明小隊に配属になる。俺は小隊長のヴォルフガング・デーゼナーだ」
ヴォルフガングが彼女の前に立って声をかける。
最も危険な任務に部下を引き連れる『烈火の大獅子』。その通り名にふさわしい逞しい声で、頼もしさがある。
「は。よろしくお願いいたします」
アンジェリカは胸に手を当てて、まっすぐに彼の瞳を見た。相手もまた彼女を見つめ返す。彼らの間には、微かに張り詰めた空気があった。
彼女は目を逸らさないでいたのだが、はぁ~、と気の抜けた声が聞こえてきて振り向くと、緩く癖のある金褐色の髪を揺らして溜息をつく男が、黄緑色の瞳で恨めし気にヴォルフガングを見ている。
白地に緑色の差し色が合わせられた騎士服を身に纏う、甘く優婉な顔立ちの男だ。
「
そう言って唇を尖らせている男の名はギード・チェルハ。綺羅星小隊の小隊長で、通り名は『お騒がせ流れ星』。
ヴォルフガングより年若く、軽い口調と人の好い笑みで親しみやすさがあり、社交的な性格も相まって常に人々の注目を集めている。
「あら、それならウチも欲しかったんよ? ラオホルの森ではどえらい魔法を使いはったんやって聞いてますもん。ぜひ一緒に戦いたかったわぁ」
ゆったりと上品な口調で話す可憐な容姿の女性がギードを宥めた。
夕日色のふんわりとした髪に珊瑚色の瞳を持っており、優美な顔立ちだ。
彼女の名前はフィリーネ・カロッサ。
ギードよりも若い彼女は月輪小隊の小隊長で、通り名は『惑わす花の歌声』。
身に纏う騎士服は白地に黄色が合わせてある。
「おやおや、人気ですね。そういう僕も、幼い頃から剣術に長けていると耳にしていたからグレアム卿が欲しかったんですけどね。今度ぜひ手合わせをよろしく頼みますよ」
爽やかな声で話しかけてくるのは蒼穹小隊の小隊長、リーヌス・ドレヴァンツ。
紺色の髪に橙色の瞳を持つ男は丁寧な物腰で紳士的だ。ヴォルフガングやギード、そしてフィリーネたちより年上である。
端正な顔立ちで落ち着きがあり、第一騎士団では”みんなのお兄さん”として頼られているのだが、通り名は『双剣の覇者』だ。
これには所以があるのだが、それはまた後ほど知ることになる。
彼は白地に青色の差し色の騎士服を着ている。
「……おい、もういいか? 立ちっぱなしもダリぃからさっさと出ようぜ」
低く気だるげな声の男が溜息をついた。
顔を向けると、葉巻を咥えて煙を燻らせている人物がギルベルトに声をかけていた。
褐色の肌に銀色の髪の男で、髪は頭の後ろで無造作にひっつめている。青色の瞳は覇気がなく、全体的に無気力感が漂う。
彼の名はバルナバス・ダールベルク。黄昏小隊の小隊長だ。小隊長たちの中では一番年かさで、通り名は『哀愁の紫煙使い』。
白地に紫色の差し色の騎士服が、葉巻の煙の合間から見え隠れしている。
彼の無気力感を哀愁に置き換えたのは上手いもんだとアンジェリカは感心した。
「ふむ、早くグレアム卿をお披露目したくてたまらないんだね? 私もだ!」
「……ちげぇよ。話聞いてたか?」
バルナバスはさも面倒くさいものを目にしたかの如く眉を潜めて溜息をついた。それに合わせて葉巻の煙が揺れる。
「団長がこの状態やと何を言っても上手いこと翻訳されてしまいますやん。諦めなあきまへんわ」
フィリーネはコロコロと愉しそうに笑った。
「さあさあ諸君、グレアム卿とファーガス殿を迎えた新生第一騎士団のお披露目といこうではないか!!」
「「「「は!」」」」
煌めく華の騎士たちはギルベルトの後に続き、城門を出て行った。
彼らを早く見たくて押しかけてきた国民たちからの、拍手と声援に迎えられて。
◇
第一騎士団の行進は中央広場を目指して続く。
沿道は見物客でごった返しており、騎士たちの通り名が次々と叫ばれてゆく。
「ご覧なさい! アンジェリカ様が黎明小隊の服を召されているわ!」
「ああっ! 尊いっ!! 危険な任務に赴く姿を想像しただけで震えますわね!」
「あの勇姿! 一段と輝いていましてよ!」
金糸雀の乙女たちは今にも倒れそうなほど興奮して、『ア・ン・ジェ・リ・カ』と書かれた扇をバサバサと振っている。
アンジェリカが手を振れば、数名が笑顔に中てられてその場に倒れた。今日のために沿道に配置された他の部隊の治癒師たちが駆けつける。
「まったく、どうして第一騎士団の任命式の警備を俺たち第二騎士団がするんだよ?! グレアムの晴れ舞台だからわざわざ出てやったけどよぉ」
治癒師たちが慌ただしくしている中、押し合う観客たちを誘導しているレオンがボヤいていたのをアンジェリカは知らない。
煌びやかな一行が中央広場にたどり着くと、ギルベルトが拡声魔法を使って話し始めた。
「お集まりいただいた紳士淑女諸君! 我々、宮廷第一騎士団は本日より新しい華の騎士を迎える!」
広場は熱気に包まれる。視線を一心に受けたアンジェリカは背筋を伸ばした。詰所での打ち合わせによると、この後はギルベルトの言葉に答えて宣誓する。
彼と視線が交わり、口を開くのを待っていたその時、2人の間にヴォルフガングが現れた。
「団長! 折り入ってお願いがあるッス!」
彼は声を張り上げた。
「言いたまえ。聞こうではないか」
人々の視線が赤褐色の髪の美丈夫に集まる。彼は手袋を脱ぎ、アンジェリカの方に投げた。
(なにっ?!)
アンジェリカは足元に落ちた白い布を見た。
手袋を投げつけられたということは、彼の願いは1つしかない。
「自分は今ここで、グレアム嬢と手合わせ願いたいッス!」
鞘から抜かれた白銀の剣先が向けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます