《閑話》約束

 グレアム領ウィートル。

 ヘレスツェン王国の北東部にあるその街に、グレアム一家は定期的に滞在している。


 幼い頃、父親たちが仕事をしている間に領民の子どもたちと遊んでいたアンジェリカは、ルカという名の少女と出会う。


 同い年の子どもたちより少し身体が小さくて、華奢で、おどおどしているため男の子たちからいじめられていた。

 一人称が”僕”であったのもまた、からかう口実にされていた。その度にアンジェリカが制裁を下していたのだった。


 ルカはアンジェリカに懐き、雛鳥のようについてまわっていた。


 そんなある日、2人で野に出て花を摘んで遊んでいると、アンジェリカが花の棘で怪我をした。


「アンジェリカさま、いたそうだよ」

「これくらいちいさなけがならだいじょうぶよ」


 ルカは怪我を見て、満月のような色の瞳からポロポロと涙を流した。

 アンジェリカが宥めていると、突然光に包まれる。傷の痛みが和らぎ、見ると傷口が塞がっていた。


 ルカの光属性の魔法が発現したのだ。

 以来、彼女が光属性の魔法を発現したことは街中に広まった。


「ああ、なんてこと。せめて私と同じ風属性だったら良かったのに」


 彼女の母親は途方に暮れた。

 この独り言を知る者はいない。


 光属性の魔法を持つ者とその家族にはそれなりの覚悟が必要なのである。この母親にとってはことさら、必要だった。


 やがて、ルカはその力を活かすようになった。

 母親と2人で生活していた彼女は、街の人たちから治療の依頼を受けて家計を助けていた。

 人々から感謝される一方で、光属性であるため狙われるようになってしまった。


 事件が起こったのは、アンジェリカと2人で郊外を散歩している時の事。


 黒づくめの集団が現れてルカを捕まえた。

 アンジェリカが助け出そうとして犯人に立ち向かうも、一緒に連れ去られてしまった。


 2人は誘拐犯たちがアジトにしている家の地下牢に閉じ込められていた。窓がないためどれくらい時間が経っているのかわからず、不安だった。


 アンジェリカは泣き虫のルカを励まし続けた。ウィートルの民謡を歌って聞かせることもあった。


 2人はずっと、寄り添い合っていた。


 このままではいけないと思ったアンジェリカは、脱出を試みて犯人の男が食事を持って入った隙に体当たりした。


「このクソガキ!」


 激昴した男が振りかざしたナイフが、アンジェリカの腕に赤い筋を作る。


 怯えたルカが泣きだしたその時、扉の外で怒声が聞こえた。幾つもの足音や剣が交わる音が聞こえてくる。


 バンっと音を立てて勢いよく扉が開いた。


 姿を現したのは、当時宮廷騎士団に所属していたロルフ・ツァールマン。現近衛騎士隊隊長だ。


 彼は華麗な剣さばきで誘拐犯打ちのめし、アンジェリカとルカを助け出した。2人をそっと抱きかかえて、優しく声をかけながら外に連れ出してくれた。


「勇敢なレディー、よく頑張ったね」


 腕の怪我を見たロルフはアンジェリカの手を取ると、恭しくキスをした。

 彼の雄姿と紳士的な振る舞いに、アンジェリカは魅了された。


 強さはもちろん、戦いの場であっても紳士としての心がけを忘れない余裕を兼ね揃えた騎士。

 この時、アンジェリカにとって、彼は理想であると同時に崇拝すべき人物となった。


 そして決めたのだ。

 彼のような騎士になる、と。


 アンジェリカは前にも増して稽古に力を入れた。


 剣術に打ち込み、令息のような振る舞いをするようになった彼女の姿を見て心配した両親は淑女教育に気を向けさそうとしたが、彼女はブレることなく研磨を重ねた。


「大丈夫かしら……日に日にあの子を一目見ようと集まるご令嬢が増えてきているわ」

「アンジーもまだ幼い。そのうち紳士のように振舞うのもやめるだろう」


 両親はこの日々が黒歴史になってくれるだろうと思い、深入りしなかった。


 しかし彼らの思惑は大幅に外れ、ヘレスツェン王立学園に入学する頃には通り行く令嬢の視線を奪うほどの貴公子に仕上がったのであった。


 そんな彼女だが、ロルフに憧れたのにはもう1つ別の理由があった。

 もともと凛々しい顔立ちで周りにいる少年よりもカッコよく、当時から剣の腕が立つため令嬢たちからモテていたのだが、それが災いして一番最初の婚約者に婚約を破棄されて悩んでいたのだ。


「こんなおとこみたいなやつはいやだ」


 相手の令息が目の前で駄々をこねているのを、幼いアンジェリカは傷つきながら見ていた。


 当時の彼女は令嬢としての身だしなみや振る舞いに気を遣っていたが、そんなことをしても自分はお花やお砂糖菓子のような少女にはなれないのだと悲観してしまった。


 自分には令嬢のような可憐さは持ち合わせていないし柄でもない。

 それなら、他の令嬢たちが求めてくるカッコいい騎士を貫いた方が合っているのかもしれない、と考えるようになった。


(だって、わたしにはにあわないんだもの)


 決意した彼女は鏡の前に立ち、長かった髪を、自分で切った。

 バサリと、金糸のような髪が床に落ちる。


 鏡に映るのは少年のような外見の自分。


「やっぱり、こっちのほうがわたしらしい」


 小さく呟いた少女は、宝石のような瞳に強い決意を宿した。


 

 ◇



 ロルフのような騎士になると宣言すると、ルカは喜んで応援してくれた。


「でも、おとうさまたちははんたいするんだ。おんなのこらしくしなきゃいけないのかな?」

「そんなことないよ。ぼくはかっこいいアンジェリカさまがすきだよ」

「ほんとう?」

「うん。だから、つよくてカッコよくてしんしてきな、きしになってね?」


 ルカはぎゅっと抱きつく。


「きしになって、ぼくとのやくそくまもってね?」


 そう言ったルカの瞳が微かに翳ったのを、アンジェリカは知らない。

 彼女はルカの言葉に安心していたのだ。このままの自分で良いと言ってくれて嬉しかったのである。


「うん。ぜったいにまもるよ」


 彼らがもう1つ約束を交わしたのは、それは誘拐から助け出された日のこと。

 

 騎士団の馬車の中でルカに傷を治してもらったアンジェリカはそのお礼に、約束をしたのだ。


「ルカ、またゆうかいされたらわたしがたすけにいくからね!」

「あぶないよぉ」

「つよいきしになるからだいじょうぶ!」


 そう言って抱きしめると、ルカは彼女に頬ずりして、甘えるように顔を埋めた。


 皮肉にも、その約束をしたアンジェリカを試すかのように、ルカはまた誘拐されて姿を消した。


 残されたルカの母親は、戻ってこない我が子を待つうちに精神を壊して衰弱し、帰らない人となったという。

 その訃報を聞いて、アンジェリカは心を痛めた。


(待ってて、ルカ。必ず助け出すから……!)


 奴隷商による誘拐事件の捜査に出るたびに、彼女はルカの姿を追っている。

 幼い日の約束を果たすために。

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