第一幕~ヘレスツェンの紅い宝石~
01.その騎士、美形につき
王都メインストリートの中央広場前に差し掛かると、前を歩く同僚が立ち止まり、アンジェリカたちも歩みを止めた。
「そろそろ例のアレが始まるみてぇだな」
「毎回あの演出のせいで出発するのに時間かかるんだよなぁ」
同僚たちが口々に話している。
彼らの視線の先、中央広場では、アンジェリカたちとは異なった騎士服を着た集団が現れた。
宮廷第一騎士団。
剣の腕良し、魔法の力量良し、見目良しを兼ね揃えた先鋭騎士たちが集う花形部隊。
所属する騎士ら1人1人が国民たちから通り名をつけられており、親しみを込めて呼ばれている。凱旋パレードがあれば、民たちは各々が贔屓にしている騎士を通り名で呼んで労う。
数年前に突如として編成され煌びやかな集団で、今や老若男女問わず国民の心を掴んでいるが、結成当初は他の騎士団とは一線を画した華美な制服や派手な演出を交えた戦闘に、見る者は度肝を抜かれたという。
これでは騎士団ではなく、まるで劇団ではないかと批判が多かったが、団長ギルベルト・ハイムゼート侯爵率いる騎士たちの活躍により今では憧れの的となった。
華麗に魅せる一方で、死と隣り合わせの危険な任務を担当している。騎士としての力量が証明され、批判を鎮静化した経緯がある。
「あんな真っ白服を着て討伐だなんてふざけてやがるぜ」
先輩のレオンは悪態をついた。紫色の短髪に銀色の瞳のこの男は、王国に3つある公爵家の内の1つ、ハイムゼート家の三男で先輩にあたる。
由緒正しい公爵家の令息で容姿はそれなりに品があるのだが、いかんせん口が悪くガラが悪い。それでも面倒見は良く、アンジェリカを自分の弟のように可愛がっている。
彼の言う通り、アンジェリカたち第二騎士団と第三騎士団の騎士服が黒を基調とするのに対して、第一騎士団だけが非常に汚れが目立ちやすい白を基調とした騎士服を身に纏っているのだ。
白と黒。その明度差ははっきりとしており、彼らの存在感が強まる。
集まった白い騎士服の集団は、同じ第一騎士団でも微妙に服の配色が異なる。白い地色に合わす差し色(持ち色)が異なっているのだ。所属する小隊を区別するためである。
武器の扱いに長けた「蒼穹小隊」
派手な演出を追及して盛り上げる「綺羅星小隊」
魔法との合わせ技が得意で知的な「月輪小隊」
隠密系任務を主とする「黄昏小隊」
最も危険な任務に赴く「黎明小隊」
全部で5つの小隊で第一騎士団は構成されているのだ。
いずれも小隊でありながら他の第二、第三騎士団と同じくらいの力量だ。王国では第一騎士団から第三騎士団まであり、実力が高いと第一、その次が第二、残りが第三に配属されるのである。
「あ、先輩の兄君が出てきましたよ」
「ゲッ」
彼らの視線の先にいるのは、レオンの兄で『氷の大剣』と呼ばれている男。紫色の長い髪を結わえて肩に流しており、彼が動けばそれに合わせてしなやかに揺れた。口元は微笑みを讃えているが、水色の双眸は鋭く光っている。
ちなみに、この男が”愛を囁かれたい騎士番付”の首位だ。”凛々しさ”で人気のアンジェリカとは違う担当分野、”妖しい色気”で人気を呼んでいる。
第一騎士団の騎士たちは整列して、団長であるギルベルトに視線を向けた。
「
ギルベルトが剣を地面に突き立て、第一騎士団出動前のお決まりの口上を声高らかに述べる。
第一騎士団の騎士たちはそれに合わせて剣を抜き地面に突き立てると、装束の裾をはためかせてその場に跪いた。心地よいほど揃う剣の音や足音に、その場に居合わせた者たちは息を飲む。
「「「「我らが剣は王国の盾! 我らが剣と忠誠を王国に捧ぐ!」」」」
騎士たちが一斉に口にすれば、割れんばかりの拍手に空気を裂くような歓声が沸き上がる。市民たちは口々に己の贔屓する騎士たちの名前を叫んだ。
これは第一騎士団だけが出動の前にするお決まりの儀式。
華やかな面々を一目見ようと、彼らの出動前はいつも王都民たちが
「きゃ~っ! ハイムゼートさま~!!!」
「氷の大剣~!」
令嬢たちの声に振り向けば、ギルベルトがにこやかに手を振っている。
その様子を見守っているとギルベルトと目が合った。アンジェリカは胸に手を当てて礼をとり、やり過ごす。
ヘレスツェン王国の騎士式の、上官への挨拶だ。
ただ目が合っただけなのにもかかわらず、タラタラと冷や汗をかいた。
(なぜだ。こんなに人がいるのになぜ目が合う?)
いつから始まったのか忘れてしまったが、アンジェリカは時おり彼の刺さるような視線を感じることがある。表面上では微笑みを向けてくれているのだが、なぜか凄みに似たものを感じる。
「さすが宮廷演劇団。毎度こんな演出して本当にスカしてんな」
「令嬢たちに睨まれますよ」
宮廷演劇団とは、第一騎士団を揶揄する蔑称である。魅せるを使命にしている彼らの演出に不満を持つ者たちがつけた。
「そーいえば、お前が第一騎士団に呼ばれる日も近いって噂だな?」
「私は異動しませんよ。やりたい任務ができなくなるので」
「誘拐された友人を探しているんだっけ……見つかるまでずっと探すつもりなのか?」
「ええ、友人とそう約束したんです」
ルカが誘拐されたのは、彼女が光属性であるからだ。
この世界の魔法は、基本魔法の他に7つの属性に特化したものがある。人には生まれつきそのうちの1属性が備わっており、意思を流し込み自在に操ることができる。
属性は火、水、土、風、雷の他に光と闇がある。
光とは治癒魔法に特化した属性。治癒師となると重宝されるため確固とした地位を築けるが、その存在が稀少ゆえに誘拐されることも多い。
一番珍しい属性が闇。伝承では過去に何人か居たらしいが、今はもう途絶えた属性とされている。
高難易度の作戦しか受けない第一騎士団に所属すれば、奴隷商の捜査に参加できない。そのそのため、もし昇進の声がかかっても断るつもりだ。
宮廷騎士団の任務にはそれぞれ等級がつけられており、高難易度から順に
第二騎士団は
奴隷商の捜査は
ちなみに
ルカとの約束を思い出し表情が曇るアンジェリカを、ローエンが気遣うように覗き込む。彼女は微笑んでローエンの頬を撫でてやった。
中央広場から歓声が上がる。
第一騎士団の面々の
「あーあー、第一騎士団様たちはちやほやされてうらましいぜチクショウ」
「はいはい、私たちも行きますよ先輩」
次いでアンジェリカたちもまた
ローエンは翼を大きく動かし、グングンと上昇スピードを上げてゆく。あっという間に空の上に辿り着いてスピードが落ちた。緩やかな飛行になって下を向くと、街が小さく見える。
彼女たちの下では、幌馬車組が城門から出て目的地に向けて走り出した。
「団長、またグレアム嬢を見ていらっしゃるんスか?」
アンジェリカたちのさらに上空で、ギルベルトは彼女の様子を見守っていた。そんな彼に、精悍な顔立ちをした赤褐色の髪の美丈夫が近づいてきて声をかける。
第一騎士団黎明小隊の小隊長ヴォルフガングで、”愛を囁かれたい騎士番付”の2位の騎士だ。
以前から恋焦がれるようにアンジェリカを見つめる視線に気づいており、グローリア王女殿下という婚約者がいるというのに、どうしたものかと呆れていた。
「ああ、思わず目で追っちゃってね。どうにかして手に入れたいんだけど、どうしたものかね?」
「婚約者がいるのにその発言はいただけないッスね」
「ノンノン。デーゼナー卿、これは恋とはちょっと違うのさ!」
だったら何だ、と言わんばかりにジト目を向けられるが、彼は気にも留めずに不敵に笑う。
彼女を初めて見た時の衝撃は今も忘れない。
婚約者を助け出してくれた彼女。自分が駆けつけた時にはすでに誘拐犯を相手取っていた。
身のこなしは華麗で、凛とした表情で制裁を下す。
目が離せなかった。求めているものをすべて持っていた逸材を見つけた歓喜で震えあがった。これはまさしく――
「所有欲?」
「もっと危ないッスよ?!」
この討伐中は近づけないようにしよう。そう誓ったのがフラグになってしまったのを、ヴォルフガングは知らない。
◇
目的地のラオホルの森の前に着くとアンジェリカたちは
王国西部にあるこの森には数週間前に魔物の群れが住み着き、森に入った住民が行方不明になるのが相次いだため近くの街の傭兵団が出動したところ、亡骸が大量に見つかったのだという。
人間や動物、そして魔獣が餌食になっていたそうだ。傭兵団では太刀打ちできず、それどころか犠牲者が出たため騎士団に出動要請がかかったのだ。
「グレアム、交代だ」
「ありがとうございます」
野営地では交代で起きて見張りをしており、アンジェリカは当番を終えてローウェンの元に行った。
静かな夜。
空気が張り詰めている。
騎士たちも魔物たちも、お互いの出方を窺っているようだ。
(昼間話したからだろうか。ルカのことを考えてしまって落ち着かないな)
誘拐された友人ルカとの約束を思い出してしまって眠れそうになかったため、気分転換のために相棒の元へ行ったのだ。
ローウェンの黒く艶やかな鱗は星灯りを受けている。もたれかかり、満天の星空を仰いだ。夜空に手を伸ばして、宙を掴む。
(初めて魔物を斬ったのが遥か昔のようだ)
魔物との戦いは体力も精神も削られる。
凶暴で、そして得体の知れない闇が見え隠れしてこちらの意識を蝕もうとしてくるのだ。初めてそれを前にしたとき、震える前に飛び込んで剣を振った。
相手が人間であろうと魔物であろうと、弱さを、怯えを、見せまい。恐れを知らない自分を演じている内にその通りになった。
戦闘前夜のこの静けさにも、今はそれほど恐れを抱かない。慣れはしないが。
(それなのに私はまだ、ルカを見つけられていない。騎士になってもう2年も経っているというのに……)
焦燥に駆られている。
この手で守ると約束した友人を守れないでいる自分が許せないのだ。守れない剣でいたくない。無意味な力はただの暴力。それは、美しくない。騎士家系に生まれ幼い頃より剣を握ってきた彼女はそう思っている。
チカ、とランプの眩い灯りが視界に飛び込んできた。目を細めて姿を確かめると、ギルベルトが彼女を見ていたのだ。
どうしてここに、と訝しかく思いつつも背筋を伸ばして胸に手を当てた。
「グレアム卿、何を求めて星に手を伸ばしていたのかい?」
「守るべきものを守るための力です」
「そうか……明日からは休みたくとも休めなくなるぞ。今のうちに横になりたまえ」
「……はい。失礼します」
アンジェリカはローウェンに挨拶のキスをしてから天幕に戻った。
「守るべきものを守るための力、か。ふふふっ……いいねぇ。純粋で綺麗な志だ。単なる綺麗事で済ませてしまわないか見ものだよ、グレアム卿」
ギルベルトはその所作1つ1つを、取りこぼすことなく見つめている。
ここに来たのは、アンジェリカと話すためだった。どうしても気になってしまい、彼女の後をつけてきたのだ。
違う部隊にいる彼女と話す機会はなかったが、いざ言葉を交わしてみて、漠然とした欲望が確実に形になっていった。
彼女をこの手で変えてしまいたい。その凛とした眼差しも、純粋な志も、自分の手でどう変わっていくのか見ていきたい。その好奇心をや欲望を掻き立てられてしまう。
「やはりそそられる。どうやって手に入れようか?」
闇夜に溶けるは思惑。
不敵な笑みを浮かべて彼女の背を見送った。
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