妖精の種
音崎 琳
妖精の種
おや、
妖精燈について、お知りになりたい?
あるランプ売りの噂を、ご存じですかな。頭巾のついた長い外套を被っていて、いつもたそがれ時にやってくる。それが妖精燈のランプ売りです。はっきりと顔を見た者はおりませんが、背格好や声から、どうも若い娘のようだということでした。
うす青い闇のなか、手押し車に薄紅のランプを幾つも積んでくる様は、眠りよりもひと足先に訪れる夢のようだといいます。
妖精燈というのは、火を灯したり油をやったりする手間がない。日が落ちると、ひとりでに輝きだすのです。もっとも、ものを書いたり針を使ったりにはちょっと暗いものだし、半月ほどしかもちません。ランプ売りのほうでも、それでもいいか、きっちり念を押してから売るそうです。ですが、このやわらかい光が、なんともほっとするでしょう。小鳥を買ったり花を買ったりするように、ぽつぽつと求めるひとがあったようです。
ランプ売りがどこから来るのか、次はどこへ行くのか、誰も知りません。どうも旅の商人のようだが、宿を取ることもない。売りに来るのは決まって夕刻だというのに、あたりが真っ暗になって星が瞬く頃にはもう、姿が見えなくなっているのです。そして、一度訪れた村で、二度商売することもない。あとを追いかけていた噂はそのうち、どこでも先回りするようになりました。
するとね、ランプ売りが来たという話がぱったり聞かれなくなったのです。やがて噂も下火になり、もう誰の口にも上らなくなって皆が忘れかけた頃、また薄紅の灯りを積んだ娘がどこぞの村にやってくる。そしてふと、あれが噂のランプ売りかと思い当たるときには、とうにいなくなっている。
そうやって、現れたと思うといなくなり、噂になってはまた忘れられ、いつの間にか月日が経ち、ランプ売りの噂は噂というより、お伽話と言える類の話になりました。不思議なことに、話に聞くランプ売りの姿はいつになっても、若い娘のままでした。
え、わたしはそのランプ売りに会ったことがあるんじゃないのかって? たしかにこれは、そのランプ売りが売り歩いている妖精燈です。ですがこれは、知人から譲られたものなのですよ。だからわたし自身は、そのランプ売りに、じかに会ったことはないのです。
ああ、風が冷たくなってきましたね。星の数もずいぶんと増えた。あなたのお顔がよく見えないと思ったらもう、こんなに暗くなっていたんですね。
妖精燈が、今にも消えそうだ。ええ、これはもう、寿命です。
妖精燈の最後を、ご存じですか。いつの間にやら灯りが点かなくなっていたというのが多いんですがね、何人かは、最後を目にしたことがあるようで。それがなかなか信じられないような話ばかりで……ああ、でも、今から見ることができそうですね。一緒に見守っていただけますかな。
光が、ゆらゆら揺れていますね。だんだん、小さくなっていく。
おや、光が、動いている? あ、透きとおった羽が……。
何ということだ……さっきまで、たしかに硝子の
……行ってしまいましたね。薄紅色の、あれは、光で出来た蝶だったのでしょうか。もしもあれが蝶なら、野に放たれたそのあとは、どうするのでしょう。
あなた、今、笑いましたか。笑っていますね。え? あれ、あれは。
薄紅色の光が、もう一つ……。
妖精の種 音崎 琳 @otosakilin
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